第6話 みいことおとや(2)
コンコン
軽やかなノックの音に、みいこは思わずぱっと顔をあげた。
台本を閉じかけ、はたと動きを止める。
三階にあるこの部屋の窓を叩くものなど彼以外には考えられないが、そういえば彼は
(九時……)
幽霊を信じるタイプではないが、今日は少し不安になる。
右手ににんにく、左手に懐中電灯を持ち、みいこは勢いよくカーテンを開けた。
窓の外を照らすと、青白い顔がゆらりと浮かび上がる――
「きゃああああ!?」
おとやの体をベッドの下に押し込み、駆けつけた寮母と隣人に頭を下げる。
疲れた顔のみいこは、這い出てきたおとやの前に膨れっ面で座った。
「それで? こんな時間にどうしたのよ」
「いやー、せっかくのハロウィンだしさ。ちょっと楽しませてやろうかと」
「楽しくないわよ!というか、あなたって実はすごいのね。その格好で、警備の目をかいくぐって登ってきたなんて」
「それ、今さら言うのみいこくらいだぜ」
やや悔しそうに言うおとやに、みいこはうそぶく。
「あら、私の王子様なんだから、壁くらい登れるのは当然でしょう?」
おとやは一瞬虚をつかれて頬を染めたが、すぐににやりと笑う。
「残念。今日は王子様非番なんだな」
怪訝な顔で見上げたみいこの肩に手をかけ、ベッドに押し倒した。
「ということで、ドラキュラが飛んで来ちゃいましたー」
瞳を震わせ、けれど気丈にもみいこはおとやをまっすぐに見つめる。
「何がしたいのかしら?」
「何も?窮屈なドレスを脱がしに来ただけさ」
意味深にほほえみ、両手を嫌な形にかまえるおとや。
みいこの全身を嫌な予感が駆けめぐるが、遅かった。
「ちょっと待っ、ひゃあ!?」
みいこの脇腹に触れたおとやは、そのまま彼女をくすぐる。
「やだ、おとや! ふぁ、ひゃっ」
「ははは! 笑え笑え! みいこは笑顔が一番かわいいぞ!」
「やめっ、きゃ、はは!」
十秒ほどもそうしていると、再び部屋の戸が鳴った。
隣人に再三頭を下げて部屋に戻ると、迷惑な吸血鬼はすでに去っている。
「なんだったのよ……」
呆れながら机に戻ると、端が折られた台本が。いらだった時の、みいこの癖だ。
むりやりほぐされた表情筋に両手を添え、みいこは力なく笑った。
本当は、王子様でも吸血鬼でも、なんならゾンビでも人造人間でもかまわないのだ。
「ありがとう」
(あなたの前では、無力な女の子でいさせてね)
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