第6話 みいことおとや(2)

 コンコン


 軽やかなノックの音に、みいこは思わずぱっと顔をあげた。

 台本を閉じかけ、はたと動きを止める。



 三階にあるこの部屋の窓を叩くものなど以外には考えられないが、そういえば彼は十月三十一日きょうは来られないと言っていなかったか。



(九時……)



 幽霊を信じるタイプではないが、今日は少し不安になる。


 右手ににんにく、左手に懐中電灯を持ち、みいこは勢いよくカーテンを開けた。




 窓の外を照らすと、青白い顔がゆらりと浮かび上がる――




「きゃああああ!?」







 おとやの体をベッドの下に押し込み、駆けつけた寮母と隣人に頭を下げる。

 疲れた顔のみいこは、這い出てきたおとやの前に膨れっ面で座った。


「それで? こんな時間にどうしたのよ」


 吸血鬼おとやは申し訳なさそうに頭をかく。


「いやー、せっかくのハロウィンだしさ。ちょっと楽しませてやろうかと」

「楽しくないわよ!というか、あなたって実はすごいのね。その格好で、警備の目をかいくぐって登ってきたなんて」

「それ、今さら言うのみいこくらいだぜ」


 やや悔しそうに言うおとやに、みいこはうそぶく。




「あら、私の王子様なんだから、壁くらい登れるのは当然でしょう?」




 おとやは一瞬虚をつかれて頬を染めたが、すぐににやりと笑う。


「残念。今日は王子様非番なんだな」


 怪訝な顔で見上げたみいこの肩に手をかけ、ベッドに押し倒した。


「ということで、ドラキュラが飛んで来ちゃいましたー」


 瞳を震わせ、けれど気丈にもみいこはおとやをまっすぐに見つめる。


「何がしたいのかしら?」

「何も?窮屈なドレスを脱がしに来ただけさ」


 意味深にほほえみ、両手を嫌な形にかまえるおとや。

 みいこの全身を嫌な予感が駆けめぐるが、遅かった。



「ちょっと待っ、ひゃあ!?」



 みいこの脇腹に触れたおとやは、そのまま彼女をくすぐる。



「やだ、おとや! ふぁ、ひゃっ」

「ははは! 笑え笑え! みいこは笑顔が一番かわいいぞ!」

「やめっ、きゃ、はは!」



 十秒ほどもそうしていると、再び部屋の戸が鳴った。






 隣人に再三頭を下げて部屋に戻ると、迷惑な吸血鬼はすでに去っている。


「なんだったのよ……」


 呆れながら机に戻ると、端が折られた台本が。いらだった時の、みいこの癖だ。




 むりやりほぐされた表情筋に両手を添え、みいこは力なく笑った。



 本当は、王子様でも吸血鬼でも、なんならゾンビでも人造人間でもかまわないのだ。


「ありがとう」




(あなたの前では、無力な女の子でいさせてね)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る