第33話 後日談

 希望の丘には一つの光のまゆがある。

 その中に眠っているのは八神輝星くん。

 わたしが大好きな彼。

 フラれちゃったけど、わたしは彼に希望を与えられた。

 そして広めて欲しいと言われた。

 わたしには分からなかった。一番愛している八神くんが一番傷ついているのだから。

 ずっとそうだった。彼は一人で抱え込んで、一人で解決してしまった。

 わたしの助けなど必要なかったの。

 ずっと助けたくて、昔みたいに明るい顔で、笑顔の彼をみたかった。でももう会えない。

 ついに笑顔を見ることはできなかった。

 彼はすべてを抱え込んでこの光の繭になってしまった。

 様々な専門家が訪れ、研究しているけど、これがなんなのか、分からなかった。

 わたしにも分からないけど、目の前で光に包まれる姿を見た。

 輝星きあ

 その名前にふさわしく光り輝く一番星になった。

 わたしの中では一等星だよ。

 だからその中から出てきて何事もなかったかのように笑顔を見せて欲しい。

 わたしの王子様。

 あのあと、輝星くんの父親と兄に出会った。二人ともいい人だった。少しすれてはいたけど、彼らも泣いていた。輝星くんがもう戻らないと聞いて、泣いていた。

 もう会えないのだと知って輝星くんは〝希望の丘〟にきたのだろう。

 そしてわたしに託した。たくさんの想いを胸に。

 わたしには無理だよ。輝星くんみたいに強くなれない。

 どうして。

 どうしてわたしを置いていったの?

 分からない。

 わたしのことを好きではないらしい。

 ならなんで一緒にいるのが嬉しかったの。なんでそばにいてくれてありがとうなの?

 分からない。そこまで応えが出ているのに、なんで否定するの。

 受け入れられないの。

 みんな泣いていた。

 高校のクラスメイトはただの傍観者が多かった。誰も助けようとしなかった。そんな彼らに復讐をしなくていいの?

 本当に応えを出せたの?

 どうしてみんなを置いて一人旅だったの?

 分からない。分からないよ。

 なんでそんな簡単に自分の気持ちを消せるの。

 ずっと見てきた。陰惨ないじめを受けてきたのに、それでも最後は彼らを許してしまえるなんて。

 バカだよ。大バカだよ。

 わたしがずっとそばにいて幸せにしてあげたのに。

 その手をとろうとはしなかった。

 なのに、わたしには想いを託した。

 そして光の繭になった。

 わたしには分からないよ。

 好きだから託したんじゃないの? 愛しているから託すんじゃないの?

 わたしとの会話はすべて無駄だったの?

 最初からこの気持ちは届いていなかったの?

 歌を聴いたとき、顔が和らいだのを覚えているよ。

 復讐の中でしか生きられなくなった輝星くん。平和を求める気持ちは一緒だったのに。

 どうしてわたしとあなたの道は交わらなかったの。

 輝星くんは力を使って世界を平和にしようとしている。

 もし、それが実現できたとしても、輝星くんの幸せはどこにあるの。

 罪を背負い傷ついてそれでも闘い続ける。

 そんな輝星くんの生き方がどうしても悲しく思えるよ。

 自分の中にある幸せを他者と共有し、その輪を広げていくのが本当の平和につながると、わたしは信じています。

 だから輝星くんも自分の幸せを見つけてほしいよ。

 そうであってほしいよ。

 じゃなきゃ、わたしの気持ちが救われない。

 わたし、輝星くんからたくさんのことを学んだよ。

 それでもまだ学び足りないよ。

 何を考えてあんなに人助けを必死になっていたのか。分からないもの。

 そうであってほしいと望んだ世界に、自分の居場所がないことに気がついている?

 気がついていないから、わたしを置き去りにしたんだよね。

 分からないなら、分からないでいいんだよ。

 応えを出す必要なんてないんだよ。

 長い寿命の中でゆっくりと探していいんだよ。

 なのに、たった十七の子どもが全部を背負わなくていいんだよ。

 世界を変える必要があるの?

 自分を守れるならそれでいいじゃない?

 分からないよ。

 輝星くん。

「なんつーか、寂しいな」

 隣にいる光二くんもそう言う。

 今はクラスのみんなで花束を添えている。

 わたしたちがそこまで追い詰めたから。

 だから彼は光の繭になってしまった。

 みんな救われないじゃない。

 みんな輝星くんの想いを受け止めきれないじゃない。

 優しく素朴な輝星くんがみんな好きだったのに。

 一人高見へ行ってしまったようで、悲しい。寂しい。

 黙祷を終えた人々がやがて散り散りになっていく。

 最後まで残っているのは、父親と兄、それにわたしだけ。

 光二くんも最後まで残っていたかったみたいだけど。でも時間だから。

 わたしもそばに行っていい

 光の繭に寄りかかる。

 倒れる様子もない。

 ふれてみても固く、壊れる気配もない。

 わたしになんの影響も与えない。

 みんなは死んだというけど、わたしは生きていると信じている。

 生きてまたその顔を見せてくれると信じている。

 今度は笑顔で、自分のためにその寿命を消費して。

 世界じゃなくて、わたしを見て欲しい。

 もう人ではなくなっているのかもしれないけど、それでも彼の助けになりたい。

 小学校に戻りたい。

 あの頃に。

 そしてすべてをやり直したい。

 輝星くんを幸せにするためだけに生きたい。

 それじゃ重すぎるかもしれないけど。

 でも輝星くんの笑顔が見たい。最後に見たかった。

 もう会えないのかな。

 もう見られないのかな。

 光の繭を撫でる。

 父親も兄も去っていった。

 もうわたし一人だけになった。

 お兄さんは死んだと断定し、渋面を浮かべていたけど。

 そんなに厳しい兄だったのかな。

 勘違いしていたんじゃないかな。

 人の気持ちを、心を大切にしたい。そう言いながら、それとは最も遠い場所にいったのは輝星くんだよ。

 わたしたちの気持ちから離れてしまった。

 わたしの心をもてあそんだのは輝星くんだよ。

 わたしの気持ちは、心はどうなるの。

 嗚咽を漏らし、泣いて、叫んで。

 それでもまだ想いが溢れてくる。

 この気持ちが恋じゃなくて、愛じゃなくてなんなの。

 これこそが人の心の光じゃないの。

 輝星くんはなんにも分からないまま、光の繭になってしまったのかな。

 そんなの寂しいよ。

 辛いよ。

 悲しいよ。

 なんでそんな自分勝手なの。

 なんでわたしを見てくれないの。

 なんで!

 光の繭を叩き、泣き叫ぶ。

 明日も来るよ。

 その光の繭ごしに、わたしの気持ちを伝えるよ。

 まだ終わりになんてしてあげないんだから。


※※※


 わたしの日常にどれほど輝星くんがいたのか知ることとなった。

 高校での日常に彼の姿はない。

 面影がどこか残っている教室で。

 でもずっと助けられなくて、胸が苦しくなった。ひどく痛んだ。

 いじめはこんなにも人を壊すと知った。

 怖い話だと思う。

 光二くんもどこか寂しそうにしている。

 彼と小学校時代の友人だってこと、忘れていそうだったなー、輝星くん。

 そのことはわたしの心の中にとどめておくにしても。

 着飾らず、純真で、無垢で、そんな輝星くんをみんなが好きになった。

 みんなが彼に味方をするものだから、厄介者に思った魔林くんが目をつけた。そこから始まったいじめ。

 輝星くんは「ノリが悪いから」と言っていたけど、本当は目障りだったから排除したくていじめていたんだと思う。

 それだけ彼が優等生すぎた。

 勉強も、生活態度も。

 水と油な、魔林くんと輝星くん。

 そんな二人の関係を怪しんでいたのはずっと前から。

 輝星くんは他人の悪意に疎いから、気がついていなかったみたいだけど。

 でも魔林くんは間違った。

 きっと一番手をだしちゃいけない人だった。

 だから竹林くんや光二くんに叩かれた。それが魔林くんのプライドをズタズタに引き裂いた。

 そう思う。

 きっと魔林くんは自分よりも優れた者を嫌っていたんだと思う。自分よりも上と認めるのが怖かったんだと思う。

 それなのに。

 そんなことも知らずに、輝星くんは光の繭になってしまった。

 わかり合いたいのに、一番遠い場所にいた。そんな輝星くんがわたしは好き。

 この気持ちは止められない。このまま他の誰かを好きになるなんて難しい。

 今日も光の繭に向かうよ。

 あの〝希望の丘〟に。

 そうしないとわたし、胸が苦しくて辛くて。

 だからわたしは自分を助けてくれた輝星くんを忘れない。

 その気持ちを忘れない。

 ずっと前から好き。

 ずっと忘れない。

 この思いも、これまでの出来事も。

 伝え広めていくよ。

 約束は守るよ。

 それが君の生きてきた意味というなら。

 もうすでにみんな知っているのに。

 みんなその光を目指して歩いていたのに。

 みんなと向いている方向は同じだったんだよ。

 ただ輝星くんが不器用なだけで。

 だから戻ってきてよ。

 帰ってきてよ。

 お願いだから。

 ねぇ。

 聴いているの?

 本当は聞こえているんじゃないの。

 光の繭なんて嘘で、あの見えなくなる光の膜で隠れているんじゃないのかな。

 わたしは光の繭に寄りかかる。


 ――ピキッと光の繭に小さな亀裂が走る。

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僕は神になれない。 夕日ゆうや @PT03wing

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