第15話 地球

 この地球には限度が来ている。

 全人類よ、聴け。

 この地球には限度が来ている。

 誰もが知っている質量保存の法則。それを理解しているなら、分かるはずだ。

 地球にある資源にも限りがある、と。

 にも関わらず、同等により豊かにと限りなく伸ばされる欲望の手。

 自然を大切に、自然に優しい世界。そんなものはどこにも存在しない。ようは生きている人間にとって都合のいいが求められているのだ。

 そこに本当の自然はない。

 最近ではその矛盾点を指摘されてか、SDGsエスディジーンズと呼ばれる再生可能エネルギー、持続可能な世界を目指している。

 だが国民がこのことに耳を傾けることはないだろう。

 なぜならみんな自分が可愛いからだ。自分のためにならない、自分に影響がないと知ると、平気で他人を傷つけられるのだ。それは人に限ったことではない。

 地球に、動物に、植物に。

 自分が傷つかないためなら他のものを犠牲にする。

 自分が犠牲の上に成り立つ存在とも知らない。

 毎日使っている水、食料、雑貨、その他諸々。それらは動植物を犠牲にした結果である。

 むろん、僕も毎日のように動植物を殺している。

 それを分かっている。分かった上で生きている。

 生きている。ということは生きなきゃならない。

 どこかで聴いた言葉だ。

 まだ死ねない。

 ゴミ削減を警告するポスターが、ゴミになるように。

 矛盾はこの世にたくさんある。

 だから矛盾していてでも、声を上げなければならない。

 すべての矛盾を抱え、僕は今日も復讐を行う。

 鎌倉先生。

 この非常時にも関わらず、高校に通い続けている。生徒への心のケアやマスコミへの対応、いじめの有無を調査している。

 だが、先生にはいじめとからかいの違いも分からないゴミどもだ。

 僕は光の粒子をまとい、姿を消す。

 そのまま通い慣れた道を通り、鎌倉先生を見つける。

 僕を見捨てた罰だ。受け取れ。

 光の粒子を右手に集め、発射。

 放たれた光が鎌倉先生の右肩を穿つ。

 さらに発射。左肩を、腹を、頭を穿つ。

「ふ、ふはははははははっはっはははっはっははっははははっは!」

 高笑いを終えると、僕はその場から離れる。

 やった。やってしまった。

 達成感がある。でも、どこか空虚な気持ちがある。

 なんだ? この感覚は……。

 家に帰り、ピザ屋に電話する。

 ピザのトッピングや種類を説明させる。

 これでアリバイは完璧だ。

 光の粒子をまとい走ると、車なみの速度がでる。不可能犯罪のできあがりである。

 ピザは結局注文しなかった。それは僕と会話をしていた人がいる、という証人が必要だからだ。

 これであの光が、がなければ達成できなかった。

 神に感謝しつつ、僕はラーメンをゆでる。昼飯だ。

 あまり食欲は沸かないが、腹に収めておかなければ、力も出ないだろう。

 それに兄がうるさいからな。

 12時ちょうどに料理ができていないと、うるさくなるのだ。

 僕は作り終えたラーメンを兄の部屋まで届ける。

 一階に降り、リビングで一人ラーメンをすする。すするのはあまり得意じゃない。だから箸で口に運ぶ。

 できあがったばかりだからか、口元が熱い。

 ポタポタ。

 瞳からこぼれ落ちる雫。

 なんだ? これ?

 なんで泣いているんだ?

 僕は僕が生きるために必要なことをしてきたはずなのに。

 彼らには鉄槌を与えた。正義の裁判だ。

 いじめがなかったことにしようとする先生たち。その復讐は果たした。

 なら、なぜ哀しむ。なぜ泣く。なぜ?

 なぜ僕は泣いているのだろう。

 哀しい? 悲しい?

 違う。これはうれし泣きだ。そうに違いない。

 ぐにゃりと口元を歪め、ラーメンを食べる。

 しょっぱい。タレが濃かったか。今度から気をつけよう。


 食事を終えて、半日が経った。

 今度は夕食の準備だ。

 毎日のように消費されていく動植物。

 僕の罪は重いのかもしれない。

 死にたい。

 死んで楽になりたい。

 どうせ僕のせいでが死ぬのなら、僕が死んだ方がいいに決まっている。

 そうだ。復讐をやり遂げたあと、すべてを遺書にしたため、死のう。

 そうすればすべて丸く収まる。

 犬星に、魔林の母、妹。

 まだやらなければならないことがある。

 そうすれば安らかに眠れる。

 僕はもう疲れた。

 精神世界にいけるのなら、僕は肉体を捨てることもできる。

 身体がついてこないのだ。やりたいことがあってもできない。

 そうだ。これは復讐ではない。断罪だ。

 僕が下す裁判。

 僕が求める世界。

 世界が終わるまで、この世界を見続けていきたい。

 ――シロッコか!

 なるほど。これが世界の傍観者たるゆえん。

 ただ見守るだけで、なにもできない、なにもしない。

 それじゃダメだ。

 生の感情こそ、人らしい生き方。

 なら、僕の感情も大切なのだろう。

 この黒くもやのかかった感情。粘り着くような熱。

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い。

 このほの暗い感情を、ぶつける先はどこにあるのか。

 明日にでも、魔林家をぶっ潰す。

 そうでなくては、この怒りも収まらない。

 いじめられていた頃の記憶が蘇る。

 曇天の空が泣いているようだった。


「最近、雨だね」

 そう言う犬星。

 どうしてこうなった。

 僕は犬星と一緒に買い物をしている。

 ――わたしの家に来て。

 そう言われて、断り切れなかった。でも、いじめを受けていたためか、断るのが難しかった。

 それに片腕を、利き腕を失った彼女は毅然に振る舞っていた。

 まるで僕との確執を、汚れを洗い流そうとするかのうに。

 まだ生きている。

 犬星はにこやかに笑う。

 買い物かごを持った片腕では買い物するのも一苦労だ。

 かごをいったん床に置き、それから野菜や肉を入れていくのだ。

 障害者にしてしまったのは僕のせいでもある。

 どうせなら、ひと思いに殺してやった方が良かったのではないか。

 それもエゴでしかないを知っている。

 犬星を見て嫌悪する人々がいる。奇異の目だ。

 僕がいじめを受けていたときのクラスメイトの目だ。

 人が人を蔑み、見下し、憎むとき、その目はひどく恐ろしいものに変わる。つり上がった目。

 邪魔だ、と目が言っているのだ。

 そこに温かみはない。

 冷たい目が周囲から降り注がれるのだ。

 同じ人間とすら認識していない者もいる。

 まるで孤立した狼だ。

 障害を持っているだけで、疎まれる。

 社会からはみ出した者。

 社会的弱者の、マイノリティの行き着く先は、孤独に震えながら世を呪って死ぬか、世界と闘い続けるか。

 ……闘い続ける?

 生きているだけでも奇異の目を浴びるのに、闘う?

 無理だ。僕は一人では生きていけない。

 寂しいよ。お母さん。

 僕はまだ生きていたい。

 なのに世界は生きてはいけないという。

 溢れてきた感情が涙となってこぼれ落ちる。

 寂しいんだ。

 心が。

 嗚咽を漏らしていると、犬星がハンカチを差し出してくる。

「ごめん」

 それを受け取り、涙を拭う。

 僕はまだ生きていていいのかな?

 分からない。

 でもまだこの歪んだ世界に未練がある。だから死ねない。

 どこかでこの世界に期待しているのだ。

 でなければとっくの昔に自殺している。

 復讐を果たそうとも思わなかった。

「買い物を終えたら、うちにいこ? ね?」

 犬星の目がすーっと細まり、微笑む。

 僕の手をつかみ、立ち上がらせる。

 いつの間にか座り込んでいたらしい。

 気持ちが落ち着くと、僕は買い物の手伝いをする。

 片腕を失った犬星は未だに生きようとしている。

 それでいいのか?

 僕にはよく分からない。

 復讐すべき相手が、神の鉄槌を下す必要がある相手だ。

 僕を見下し、傍観者でいることを決めた者だ。

 高みの見物。

 自分は安全な高台にいて、僕を見下していたのだ。

 それを許せるか?

 否、僕にはできない。

 僕は神じゃない。

 僕は神になれない。

 だからまだ復讐をする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る