第14話 母との会話。

 スーパーaoiから帰ると、僕はスマホでネットニュースを見る。

 北海道のいじめ――いや殺人を目にする。

 いじめられていた子と関わった先生、校長、生徒、生徒の保護者。すべてが狂っている。

『彼氏とのデートがあるから』と言って生徒のいじめに耳を貸さなかった担任。

『(加害者にも)未来があるから』と言っていじめを擁護する校長。

『単なるわるふざけ』と言い切る加害者側の保護者。

 ふざけるな。

 こんなの間違っている。

 世界は腐っている。

 この膿を出し切らねば人類に安息の地はない。人類に未来はない。

 未来とは今よりもより良い時間、時代を刺す言葉で刃なかったのか?

 性的暴行も受けていた被害者。

 これを見て過去の人間は喜ぶのだろうか? こんな未来にしたくて身をとしていたのか?

 そうは思えないな。

 人類は歴史を重ねていく存在ではないのか?

 にも関わらず、人類は前に進まずにいる。

 目の前で起きている事件を、事件だとも認識せずに人を殺す。

 それも誇り高き〝死〟ではなく、いじめ抜いた先にある〝死〟。

 この〝死〟にどれほどの人間が納得できるというのか。

 僕は納得できない。

 彼女の〝死〟は丁重に、そして皆の心へ深く刻まなければならない。

 死。

 死ぬのか。

 みんな死んでいく。

 消えていく。

 一人残らず。

 いつかは、訪れる死。

 ならなんのために生きるのか。

 なぜ生きているのか。

 分からない。

 でも復讐は遂げていない。

 僕にはまだやるべきことがある。

 神に選ばれた僕にはその責任と力がある。

 犬星如月。

 魔林久楽の妹、それに母。

 奴らも復讐の対象だ。でなければ、末代まで呪ってやる。

 いじめを認識していない学校側もだ。特に鎌倉先生。

 担任でもあるに関わらず、僕を見捨てたのだ。

 僕は積極的自衛権の行使を行う。それだけだ。

 いじめを受けていた被害者は守られるべきだ。加害者は死すべきだ。

 それが僕の至った結論。

 いじめは人を殺す手段だ。

 それを知らずに振るえば、自身が滅びると知るべきだ。

 僕は怒りを胸に家を出る。

 今夜の夕飯には間に合わせる。

 光の粒子をまとい、姿を消す。

 そのまま高校へと向かっていく。

 高校には生徒名簿がある。通っている生徒の住所が載っている。

 まずは魔林の家族。彼というモンスターを生み出した環境を変えてみせる。なかったことにする。そのための準備だ。

 名簿を見ると全員分の住所が記載されている。

 そのまま持ち出すこともできたかもしれない。

 でも、それでは僕が疑われる可能性が高まる。生徒名簿をなくしたとなれば、誰でも犯罪が行えたことになる。だが、僕はそれを望まない。

 書き写し終えると、名簿は元あった場所に戻す。

 僕はそのまま、家へと戻る。

 今日は全クラスメイトの住所を得られた。

 明日以降、僕は復讐を開始する。

「めしはまだか!」

 怒気をはらんだ声音が響き渡る。

 兄の声だ。

 お腹がすいたらしい。

 久しぶりに聴いた兄の声。

 僕は夕食のカツ丼を作り、兄の部屋に持っていく。

「ここに置いておくよ」

「おせーよ」

 憎まれ口を叩く兄。

 そうだ。

 兄も復讐の対象だ。

 兄がいなければ、問題児家族などと呼ばれなかったのだ。

 色眼鏡で僕を見ることもなかったのだ。

 母も、父も、僕の苦しみに気がつかない。

 スマホが振動する。

 母からの電話だ。

 精神病を患い『子どもへの悪影響』になるから引き離すと決断した裁判官。

 しかし、裁判で発言したのは今まで別居をしていた父だ。僕と兄は見捨てられ続けてきたのだ。

 三年間の父の別居。そして母を見捨てた父。

 母は子どもの頃に虐待を受けていた。そのせいか、精神病を患い、訳が分からなくなってしまった。

 だから母との電話は疲れる。

『なんで、止めてくれなかったのよ。普通なら子どもが止めるべきでしょう?』

 離婚を止めろ、と僕に言う母。

 無理だ。

 僕にはそんな権限なんてないし、耳を貸す人なんていない。

 やはり、子どもは親の所有物なのだ。

 父の一挙手一投足におびえながら暮らすしかない。

 また母のように見捨てられるのか?

 それを気にして、気遣いをしながら、応える。

 母とのやりとりはそれこそ神経を使う。

『なんで私をそんなにいじめるんだい?』

 帰ってきた言葉は残酷なものだった。

 いじめている? 僕が?

 そんなバカな。

 僕は必死で生きているだけだ。

 真面目に生きようとしているだけだ。

 なのに、なぜみんな邪魔をするんだ。

 もう僕を放っておいてくれ!

 そう叫びたくなる。

 これ以上話していると言いたくなってしまう。

 ――なんで僕を生んだの? って。

 神経をすり減らし、母の言葉に応える。

「いじめているわけじゃない。ただ事実を伝えているだけ」

『うそよ。そんなのうそに決まっている』

 精神病がここまで厄介とは知らなかった。

 僕の意見など全然聴いていないのだ。常識を知らないのだ。世間一般論が通用しないのだ。

 今でこそ百人に一人という難病だが、そこに至るまで誰も治そうとは思わなかったのか。

 社会から見捨てられた病気。今更ながらに対処している政府が滑稽に見えてくる。

 彼らは現実を知らなさすぎる。

 自分が恵まれた環境で育った。だからこそ、弱者の痛みが分からない。見捨てられた人々の声が届かない。

 やはりこの世界は狂っている。

 ネットで公開されている政治家の話も問題だらけだ。政治家たちの言葉は信用できない。

 文通費や政務活動費の悪用、二重計上などなど。

 この国は本当にどこに向かっているのか。

 どこかの国で国民が政治家を勤め、そのサイクルは極めて高いという。だからほとんどの人が政治に関わりを持ち、その声を反映させている。

 らしい。

 本来、政治というのはそうあるべきなのかもしれない。本当の民主主義とはそう言ったものなのかもしれない。

 政治家だけに政治を任せるからおかしくなるのかもしれない。

 とはいえ、人口は増えすぎた。

 一人一人が政治に携わるのは難しいのかもしれない。

 直接民主主義ではなく、間接民主主義であるがゆえの弊害か。

 あるいは、この政治のあり方か。

 とにもかくにも、政治、経済にはまだまだ改善の余地がある。

 政治も経済も、本来は多くの人を助けるための手段であったはず。それが見捨てる子を、見捨てられた国民を生み出している。

 働き口があるからいい。収入がある人は大丈夫だ。

 そういった偏見からか、収入が低い家庭には支援が行き届いていない。かくゆう、僕の家もそうだ。父の給料はそう高くない。

 そもそも、支援金や補助金は収入で定めていけばいいのだ。なのに、今の政治・経済はおかしな取り決めをしている。

 例えば、18歳未満の子どもがいる家庭に10万円を送る、など。

 どうせなら収入で取り決めをするべきなのだ。

 にも関わらず、世界は弱者に優しくない。

 おばあちゃんは病院に、おじいちゃんは介護施設に預けてある。

 その使用料もバカにならない。そこに加え、僕と兄の生活費・授業料。

 節約してスーパーの安売りを狙わねば食っていけない。

 精神的にも、肉体的にも疲労を覚えるが、外食という選択肢はない。

 他にもお母さんがいない分を僕と父で埋めなくてはいけない。

 兄は引きこもり、日がな一日ゲームをしている。深夜、たまに聞こえてくる「よっしゃー!」の声に何度起こされたのか。

 そんな兄にも、いらついていた。

 本来、高校三年で受験が待っている身だ。

 その兄が疎ましい。

 なんの言葉をかけない父も疎ましい。

 電話でわめくだけの母も疎ましい。

『どうして助けてくれないのよ!』

 母の言葉が耳にこびりつく。

「ごめん。助けられない」

 僕はそう言って母との連絡を閉ざす。

 僕は医者じゃないんだ。母を助けられるわけがない。

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