第10話 宴

 呉羽は後ろ手に持っていたナイフを振りかざす。

「お願い。もう死んで」

 ナイフを振り下ろす。やはり醜い。保身のために僕を殺そうとするなんて。

 醜さ極まり。自分の身を大切にするあまり、僕を殺す。自分たちがしてきた罪も知らずに。

 そう。罪だ。

 重い罪。

 呉羽はその罪から逃れようとしている。僕を殺せば、恐怖はなくなる。もう二度と殺される心配がないからだ。魔林のように、殺されるのを警戒しているのだ。

 事実、僕は二度、呉羽を殺そうとした。

 殺される恐怖により、睡眠がとれていないのだろう。

 呉羽の目にはクマができていた。涙で泣きはらした顔が、そこにはある。

 安定しない精神でここまできたのだろう。

 ナイフもそこらのコンビニで買ってきたような安物だ。僕を殺すのに、その安物で十分と判断したのだろう。

 僕の力がそこまで強くないと信じての行動。

 アホだ。

 この力はそんじょそこらの攻撃では破ることはできない。

 ナイフを受け止めた光の粒子。弾き飛ばされるナイフ。

「なっ!? ど、どうして?」

 驚きのあまり目を丸くする呉羽。

「お前にはとことん失望するよ。呉羽さん」

 僕は呉羽を押し倒すと、睨みつける。

 呉羽に向けて手のひらを広げる。

 光の粒子を集め、集中する。

 手から発せられた熱量が呉羽の心臓を貫く。

「あ、りがと……」

 呉羽がそう呟く。

 僕の頭は真っ白になる。

 なぜ?

 なぜ彼女は僕に感謝を示したのだ?

 分からない。分からずに目を瞬く。

 殺した。殺してしまった。

 ここで殺せば、僕が疑われる。

 マズい。

 僕は呉羽を抱えると、光の粒子で姿をくらます。

 そして跳躍。

 近くの雑木林に呉羽の死体を捨てると、僕はさらに遠くに行く。

 なんだ。この気持ちは。

 復讐を果たしたのに、未だに気持ちがざわつく。

 落ち着いた感じがなく、晴れるものもない。

 苛立ちと、ぞわぞわとした黒い感情がわいてくる。

 まだだ。

 まだ足りないのだ。

 やはり、犬星。傍観者への復讐もしなくてはいけない。

 あそこにいた、クラスメイト全員に復讐をしなければ、僕の気持ちは晴れないのだろう。

 手に着いた血がなかなか落ちない。

 公園の水で洗い流そうとするが、血は固まり、こびりつく。

 呉羽の死体はすぐには見つからないだろう。

 だが、僕にはアリバイが必要だ。

 血を洗い流すと、近くのコンビニに入る。監視カメラの位置を確認し、立ち読みを始める。

 自己啓発本。

 こんなものを読んだところで、事態が好転するわけでもあるまい。

 これで魔林、菟田野、呉羽を殺した。

 復讐心は未だにある。まるでどろりと粘つく腐った豆のように。気持ち悪さがこみ上げてきて、吐き気がする。

 トイレに駆け込むが、吐き出すものはなにもなかった。

 ただただ気持ち悪い。

 なんで僕だけがこんな貧乏くじを引くのだろう? 僕はそんなに悪いことをして来たのだろうか? ならなんでこんな力を与えたんだ。

 神なんて、この世にはいない。

 神は死んだ。

 僕を妨げる者はいない。でも、この力がある。

 もしかして僕は神の代弁者?

 この気持ちを、人としての痛みを知る僕が神?

 この力で罪を断罪していく?

 分からない。

 だが、確実に言えることがある。

 僕はこの力で復讐を成し遂げるということ。

 今まで散々物のように扱ってきた報いを受けなければ、僕は前に進めない。

 過去に縛られたまま生きていくのはごめんだ。

 こんな経験をさせた神は何を求めているのだろう?

 僕にはそれが分からない。でも、僕にはやりたいことがある。

 殺したい相手がいる。

 それを遂げるまで、僕は歩みを止めない。

 コンビニでおにぎりを買い、外の公園で夕食を済ませる。

 兄には外で食べるとは言っていない。

 でも、兄のことだ。自分で買ったカップ麺を食べるだろう。

 僕の料理がまずいから、毎日のようにカップ麺をすすっている。あれでは健康に良くないだろうに。

 そんな兄とはここ半年会話をしていない。もう顔もあやふやだ。

 放任主義の父は「そのうちなんとかなるだろう」と楽観的でしょうがない。

 僕はこんなに頑張っているのに、兄はだらしなく毎日をすごしている。

 日がな一日、パソコンと向き合い、動画を見たり、スポーツ観戦をしている……らしい。

「あれ。なんで涙が……」

 ぽつりぽつりとこぼれ落ちる雫。

 なんで泣いているのかも分からず、身にしみる寒さをこらえる。

 食事も終え、僕はいったん帰ることにした。

 自宅付近には警察が来ていないか、警戒したが杞憂に終わった。

 ニュースを見る限り、呉羽の死体はまだ見つかっていないらしい。

 死体は時間がかかればかかるほど、死亡日時が特定されにくくなる。

 詰めが甘かった。

 あんな激情にかられ、殺してしまうなんて。

 でも、なんで「ありがとう」って言ったんだろう。

 僕には感謝される理由がない。むしろ恨み言の一つでも言うのかと思っていた。

 僕みたいなうすのろまな豚を。

 今日は両親に会いたくないな。

 会うと言ってしまいそうになる。

 なんで僕を産んだの? って。

 僕は生きている価値、あるのだろうか。分からない。

 でもまだドロドロとした熱が腹の中で渦巻いている。

 気持ち悪さと一緒に胸が苦しくなる。心臓が跳ね上がる。

 まるで恋をする乙女じゃないか。

 だが、そんな綺麗なものじゃない。

 僕は人を殺したのだ。

 そうだ。殺した。

 三人も。

 でもそれでいい。

 僕は正義の鉄槌を下したのだ。裁くのは僕の力のお陰だ。

 ここでくじけてしまってはこの世界からの切除ができなくなってしまう。

 悪を裁くのは悪だ。

 僕は悪の力で悪を裁く。

 悪人に成り果てようとも。生き恥を晒そうとも僕は生きていかなければならない。

 そして悪を滅する。

 最後には性格の悪い自分を排除する。

 そこに僕はいらない。

 僕の存在は憧憬の対象でも、正義の味方でもない。ただの一人の人間。どこにでもいる目立たない男子。

 消えても、この世界は回っている。

 変わらない。

 僕が死んでも何も変わらない。

 何も遂げられない。

 感情が揺さぶられることもない。

 人は変わらない。

 どんなに歴史を重ねようとも、いじめはなくならないし、暴力は人の精神を歪ませる。

 助けなどない。

 誰もが暴力を恐れ、そして好む。

 結局、人も動物なのだ。

 力ある者が力なき者を支配する。

 それは権力・金・暴力・地位。すべてに言えたこと。

 経済は弱者のことなど考えてはいない。

 この世界は、この国は、弱者を守りはしない。

 みんな好き放題するために利権を求める。そうしてできあがった国が正しい道を歩むとは思えない。

 エコ活動も、政府は本気で取り組んでいるとは思えない。すべては時代に合わせて、口八丁手八丁でパフォーマンスをするだけだ。

 この世界は終わっている。

 誰も助けないし、誰も許してはくれない。

 誰一人として助けられない。それが僕の力。

 そう。

 破壊するための力。僕に与えられた力は破壊することしかできない。

 そこから何を生み出すのか。

 分からない。

 でも、破壊した中からも何かは生まれる。

「僕はまだ、生きていてもいいんだよね? レオ」

 レオの写真に問いかけるが、応えが帰ってくるはずもなく。

 僕は憂鬱だよ。

 高校の休校はしばらく続く。僕のアリバイ作りに、あのネットカフェにでも行くか。

 僕は家で家事を済ませたあと、ネットカフェに向かう。

 陰鬱になった気分を変えるため、アニメやドラマ、海外ドラマをみる。そうしよう。

 今日は宴だ。

 ついにあの呉羽を殺したんだ。これを祝わなくてどうする。

 ネットカフェにつき、フリータイムで居座る。

 ピザやドリンクを頼み、ドラマを見ながら消費する。

 リベンジポルノ。

 呉羽はそう言っていたか。

 だが、僕には関係ない。

 明日も復讐の続きを始める。

 犬星如月の身辺調査だ。

 今日はもう眠ろう。

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