第9話 次のターゲット
「ちょっといいかね? ここが八神
「は、はい。僕が輝星です」
警官は一瞬訝しげな視線を向けると、警察手帳を取り出す。
「私は
ここで拒否するのも返って怪しまれるだろう。
「はい」
「では、輝星くんは亡くなった
マズい。
核心を突いた話題を直球で言うとは思わなかった。それに口ぶりから察するに、いじめを受けていたのは裏付けがとれているのだろう。ほぼ断言的な物言いだ。
ここで下手に嘘をついた方が問題になる可能性が高い。
「……はい。恨んでました」
眉根をひくっと跳ね上げる望月。
「死者にむち打つようで悪いけど、その……性格が悪かったので、自業自得かと、思います……」
「……そうか。キミ自身はどうだ?」
「え?」
それは僕にも非があるということか。それとも僕の性格が悪い、のか。
「キミ自身は疲れやショックを受けていないか?」
「え、ええと……」
僕を気遣う思わぬ優しさに、言葉に窮する。
「いや、同級生が訳の分からぬ方法で殺害されたんだ。気分が悪いだろう」
その目は憐憫な思いを含んでいるような気がする。
その後も変わったことがないか、友達や両親の調子がどうか、と聞かれて望月警官は去っていった。
どうやら僕が怪しいと睨んできたのではなく、魔林の関係者を訪問している様子だった。
パトカーが去っていくと、ホッと胸をなで下ろしている自分がいる。自分でも驚くほどの緊張感と、不安が積もっていたらしい。
「ははは。なんで僕はこんな弱気になっているんだ……」
クラスメイトに復讐すると誓ったばかりなのに、すでに折れそうになっている。
頭をふって、自分のされたことを思い出す。あれは決して同じ人間にする行為ではない。そして、それを見ているだけの傍観者にも僕の痛みも苦しみもわかるまい。
そんな奴らなんだ。
望月警官の、あの憐れんだような目。きっと僕のしていることは間違いではないのだ。彼らがやってきたことは悪で、僕の方こそが正しいのだ。
久しぶりに、あの光を使わずに歩いている。
ずいぶんと周囲が変わったように思える。灰色だった世界が今はにじんで見える。
どこか悲しげに感じる閑静な住宅街を歩くこと数分。丁字路を曲がる制服を見かける。
「あの制服は、うちの。でもなんでこんな時期に? 学校へ向かうんだろう?」
魔林と菟田野の事件があり、今も学校は封鎖されている。防犯の意味合いも強いが、捜査、在校生への心のケアという意味合いも強い。
同じ学校内ではショックで精神的に病んでしまった人もいるとか。
だからこそ、制服姿で学校へ向かうのはおかしい。学校に行っても最低限の先生しかいないし、報道陣が囲んでいるのだ。そんなところに向かう意味が分からない。
慌てて追いかけ、その腕をとる。
「キミ! なにをやっているんだ!」
「止めないで! わたしには伝えないといけないことがあるの!」
悲鳴に似た甲高い声に、ハッとなる。華奢な腕。ふわりとしたスカート。長い黒髪。ふわりと漂う甘い香り。
女の子であると自覚すると、つかんでいた手をゆるめる。
「……八神、くん?」
「え。あー……
確か同じクラスメイトで、僕のいじめられていた時に写真を撮っていた子だ。
にたりと嗤ったような顔を今でも覚えている。
――こいつも僕を見捨てた
頭が沸騰するように、熱くなり自然と腕に力が入る。
「離して、ください。これから真実を伝えます」
「なにを今更! キミが学校にいったところでなにもできない。なにも変わりはしない。……誰も信じてはくれない!」
「そ、それは……」
間違いなく、それは僕が通ってきた道だ。その道が否定されるのなら僕の人生そのものを否定することになる。
それを軽んじることのできるクラスメイトは今はもういない。魔林が生きていた頃なら話は別だが、いなくなった今となっては否定できる者はいない。
「で、でも。真実を隠すなんて……」
犬星はどこか苦痛な表情を浮かべている。
どんなに願おうと、望もうと、もう魔林はいない。彼女の行為は無意味でしかない。
そして、こいつは僕を見捨てた人間だ。ここで復讐してしまっても、かまわないのかもしれない。
雑踏が聞こえてくる。近くを警戒していたのだろう警官がこちらを見つけると、大きな声を上げる。
「キミたち。ここは危ないから、早く用事をすませて帰りなさい」
「はい。分かりました」「八神くん!」
とがめる声を無視し、僕は犬星さんの背中を押す。そのまま帰宅させるまで見届ける。
そして次のターゲットが決まった。
犬星如月。
僕を嗤い、写真を撮っていた加害者だ。魔林たちと同じように、惨めな僕を笑いものにしていたのだ。それは許されることではない。
だからその元凶を断ち切る。
人間は醜い生き物だから、誰かが導く必要があるんだ。自分の欲望と、快楽のためなら、人を貶めるのもいとわない。それが人という生き物なんだ。
そんなことを考えていると、一軒の家の前で犬星さんが止まる。
ここでは殺せないな。
「わ、わたしの家ここだから……」
「え。ああ」
ここが自宅だったのか。
さすがに近所の目もあるかもしれない。とはいえ、自宅で犬星さんが死んだら、犯人は自宅を知っている者に限定される。なら犬星さんが出かけた直後がいいだろう。
今は立ち去るしかない。
「じゃあ、僕はこれで……」
「あ」
そそくさと帰ろうとする僕を引き留める犬星さん。
何事かと思って立ち止まってみれば、思いもよらぬ言葉が返ってきた。
「送ってくれて、ありがとう」
「……うん」
手を振る彼女の姿が消えるまで、走り続けた。
あの顔は卑怯だ。こちらの気持ちを鈍らせる。こんなんで本当に復讐を果たせるのか?
でも彼女もまた、人を貶めていた自分の一人だ。僕の人生を、命をもてあそんだ一人だ。それを許すわけにはいかない。
必死に自己肯定を重ねていると、自宅までついてしまった。
まだ頭の中がごちゃごちゃしていて、気持ちが落ち着かない。
僕は頑張った。頑張って生きてきた。そして邪魔されてきた。まるで頑張るのが悪いことのように。嘲笑うかのように、現実は僕の努力に報いてくれはしないのだ。
でもあの銀髪の少女は僕に力をくれた。それは復讐のため、世直しのためだ。
自宅に帰ると、
スマホの地図アプリを立ち上げ、犬星さんの自宅から活動範囲と、近くのコンビニ・スーパーに目を通していく。
どんな人間でも食糧は必要になる。そうでなくとも生活必需品というものがある。それらを購入するにはお店に出向く必要がある。
となれば、その往復ルート上で狙うのがやりやすいだろう。
そうは思ったものの、彼女の出かける頻度は分からない。それに彼女の両親が買い物に行く可能性もある。
ただ彼女と公道で出会ったことを考えると、外を出歩く機会はいつかあるのだろう。
「問題は、その時間と方向が分からないということか……」
僕には友だちがいない。というか、魔林にいじめられていたので、周囲も距離を置いていた。僕に触れる人はいなかった。
みんな見下すような目をしていた。
だから連絡をとる相手はいない。
中学に引っ越したこともあり、昔からの友だちは遠い海の先にしかいない。
「だったら、張り込むしかないな……」
さっそく張り込もうと、玄関を開く。そして視界に入る人影。
「ちょっと。八神」
そこに立っていたのは、
後ろ手になにかを隠している。
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