第二章 VS 口裂け女 ~プロローグ~

VS 口裂け女 ~プロローグ~ 01

「わたし、キレイ?」


そう尋ねられて男は足を止めた。そしてゆっくりと振り向く。表情は、帽子のつばに隠れて見えない。しかし、慌てた様子ではないことは確かだ。


振り返った先には女。長い黒髪、真っ赤なコート。真っ赤なハイヒール。真っ赤に血走った眼。


年の頃は20代半ばと言うところか。美人だと言えるであろう容姿である。長身でやや、やせ形。細身でスラリとしている。そこから伸びた手足のバランスも良く、モデル体型と言ったところか。見えている部分だけなら。


見えていない部分。顔の下半分を覆い隠す大きなマスク。いかに新型のウイルスが蔓延している昨今でも、少々大げさと言えるサイズだ。


男は静かに答える。「ええ、綺麗だと思いますよ。」


それを聞いた女は真っ赤な目を少し柔らかくする。そして、マスクの端に手をかけてさらに問う。「これでも?」

そこには、文字通り耳まで避けた、口。人間のものとは思えない鋭い歯をのぞかせている。


「ワン、ワンワン!」

奇妙な声がする。女は犬を連れていた。どうして今まで気が付かなかったのか?こんな大きな犬に。女の腰辺りまである。ドーベルマンのような、しなやかな体つき。如何にも闘いに特化した筋肉。

…、違う。普通ではないのは、頭部。そこには中年男性のそれが付いている。しかも、3つ。似ている、という程度ではない。完全に人間の頭がそこにあった。

それぞれの頭がそれぞれ吠え狂っている。顔は人間だが、その目に知性の輝きはない。口から涎を垂らし、泡を吹きながら唸る。


ここまであっても男はまだ逃げ出さない。恐怖で麻痺しているのか?違う。男はただ立っている。右の中指で眼鏡を押し上げ、呟く。「ポマード、ポマード、ポマード。」

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