第一章 VS ヒグマ 02

この悪魔がついに人肉の味を覚えたのが2週間前。襲われたのはまだ若い女性。無論、抵抗する術などない。悲鳴を聞きつけ近隣の住民が駆け付けた時には、すでに惨劇の後だった。猟師であった亡き連れ合いの銃を撃たんとしたのだろう。猟銃が、血に染まった床に転がっていた。気になるのは、引き金がひかれた形跡があったこと、、そして弾が見つからなかったこと。そして女性以外の血、すなわちヒグマの血も残っていたこと。そう、弾は命中したのだ。しかしヒグマを止めることはできなかった。


猟銃とは言え銃は対象となる獲物のサイズに合わせて作ってある。当たり前のことだ。そうでなければ取り回しに苦労する。隣町に行くのに飛行機は要らない。同じように、その銃も普通の熊を狩るためのものだった。


そして今回は、その獲物となるサイズを絶望的なほど上回っていた。


このことから言える事実は二つ。一つ、このヒグマは人肉の味を覚えた。二つ、ヒグマは手傷を負わされて怒りの頂点にいる。


ヒグマは執着心が強いことでも知られている。こうして人肉で飢えを満たすことを覚えた悪魔に対して、人間は自衛しなくてはならない。だが、何ができる?何と言ってもサイズが桁違いだ。通常のヒグマは最大でも500キログラムほど。それを仕留めるのさえも並大抵のことではないのだ。今回、その体格は3倍。この、悪ふざけとしか思えないでたらめさに、人間は蹂躙されるままなのだろうか…。


マスメディアは連日このニュースを全国に流し続けた。銃弾を受けて怒り狂ったヒグマ。ある新聞社が不謹慎にも名前を募集。応募は殺到した。それほど、この事件に対する関心は高かった。その中で選ばれたもの。以後、「鉛玉」との通称が用いられた。


鉛玉の犠牲者は既に20人。老いも若きも、男女も問わず。奴の前に立った不幸な人間は、鉛玉にとっては温かい肉でしかない。飢えれば襲う。飢えが満たされれば山の奥深くに帰っていく。あきれるほど自然の摂理に忠実に、鉛玉は犠牲者を重ねた。


人間も手をこまねいていたわけではない。直ちに対策本部が作られた。しかし、相手が悪すぎる。10や20、いや100人200人態勢での山狩りも、人肉を土産に持っていくようなものだ。そもそも、量を集めれば勝てるのか?何人用意したって、圧倒的な暴力の前では鉛玉の腹を満たすだけだ。議論は紛糾していた。

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