第37話 I'll be back ②

(ヘレナが戻って来る前に、サクタロウ達を連れて安全な所に逃げるぞ!)


 ずっと空中にいた俺は地上に降りると、サクタロウ達と合流したクロエ達のもとへと向かう。


 その途中、背後にあった六枚の闇の翼が静かに消えた。


 正直、どうやって消せばいいのかわからなくて困っていたところだ。



「あ、リオン様。」


「…お前達、急いでここから―」


 ここからとんずらする旨を伝えようとするのを阻む様に、どこからか大きな音が町中に響き渡る。


『…っ!?』


(な、なんだ!?)


 大きな音がした方を見る。


 音の発生源は、遠くからでも見える程大きく美しい、ジャホン国内で最も目立つ建造物、『ヒミカ城』からであった。


 城の屋根の一部分が高く飛び上がり、上空で砕けて散っていた。


 さらに、何度もヒミカ城から太鼓を叩いた様な大きな音が聞こえ、その度に城の所々が破壊されていく。


(ヒミカが、レシン達と戦っているんだ…)


 ヒミカは、イシダの魔法で魔力のほとんどを封じられてしまった。


 そんな状態で、俺を逃がすために残った魔力をかなり使っている。


 きっとヒミカは今、あの城の中で苦戦を強いられているのだろう。


(う~ん…)


 リオンの中身が偽物だと知り、俺を魔王軍幹部どもに引き渡そうとた奴だが、レシン達から逃がして助けようとしてくれた。


 その命の恩人が不利な状況で戦っているのを、放っておくは何か忍びないのだが…


(…って、こっちも他人を気にしてられる状況じゃない。早くこの場から離れないと!)


 ヒミカには心の中で謝り、ここから逃げる事を選択して踵を返そうとすると、


 ―グイッ グイッ


(ん?)


 スボンの裾が控えめに引っ張られる。


 足下を見ると、


「シャウ~…」


 いつの間にか近づいて来たカラカサ君が、何かを訴える様な目で俺を見上げる。


(どうしたんだろ?)


「この子、もしかしてリオン様にヒミカ様を助けてほしいんじゃないでしょうか~?」


(は?)


「シャウゥ~」


 クロエが代弁した通りの様で、カラカサ君がつぶらな瞳を潤ませながら俺を見る。


(え、いや、しかし…)


「シャウゥ~」


(俺が行ったところで、どうにも…)


「シャウゥゥ~」


(………うっ)


―どうする~? 俺~。


(…………………~ッ)


「……わかった。助けに行こう。」


 カラカサ君の潤んだつぶらな瞳に負けてしまった。


(カラカサ君には、イシダから助けられた恩義があるからな。無下に断れない…ガックシ)


「シャウゥ~!シャウ~!」


「よかったですね~、ヘビさん。」


「リオン様が行くのでしたら、ヒミカ様はもう助かったも同然でしょう。」


 嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるカラカサ君を微笑ましく見るクロエ達。


(まあ…、クロエとロノウァもいるし、何とかなるだろ。)


「…よし、クロエ、ロノウァ。ヒミカ城に行くぞ!」


「うっ…」


「ぐっ…」


 クロエとロノウァ、二人が同時に短い呻き声を上げて膝をつく。


(え?)


「申し訳ありません、リオン様。どうやら、勇者との戦いで負ったダメージが酷く、私達はこれ以上は戦えそうにありません。うっ…!」


(は!?)


「ヒミカ様を助けに行きたいのですが、どうやら私達はここまでの様です。リオン様、私達に構わず、どうかヒミカ様を助けに行ってください!ぐっ…!」


(お前ら、さっきまで元気だったじゃん!)


 え、まさか俺一人で行くの?


( サクタロウ、せめてお前だけでも―って、サクタロウいねえ! )


 サクタロウの姿が見えず、辺りをキョロキョロする。


 すると、少し離れた所で何かを拾い上げているサクタロウを見つける。


(あそこは、確かメイラがいた所。何をしてるんだ?)


「サクタロウ、一緒にヒミカを助けに行くぞ!」


「すまんが、リオンさん。ワシは負傷した家老さんらを守らんといかんから、一緒には行けん。」


(ええ…、そんな~)


「それに、魔力をリオンさんにほとんど渡したき、戦えないぜよ。」


(そういえば、そうだった…)


 やばい。マジで、俺一人で行く流れか。


(何てこったい…)


 一気にが気が重くなった状態で背中の翼を広げる。


「…じゃあ、行って来る。」


「リオン様、ご武運を~!」


「我が君の帰りを、お待ちしております。」


「シャウ~!」


『い、行ってらっしゃいませ、リオン様!』


 クロエ、ロノウァ、カラカサ君、家老達に見送られながら、翼を羽ばたかせて飛び上がる。


(はあ~…、どうしよう…)


「リオンさん、受けとれー!」


 サクタロウはそう叫んで、けっこうな速度で何かを俺に投げてきた。


(うわっ、 危ねえ!…って、これは)


 キャッチした物を見る。


「きっと、必要になるはずじゃ!持っていくぜよ!」


(おお、役に立ちそうなアイテムをゲット!)


 これを使えば、ヒミカの力も…


「リオンさん、無茶せんようになー!」


 サクタロウが心配そうにしながらも、地上からそう叫んで手を振る。


(…ほどほどに頑張ってくるよ。)




 そして、しばらく飛んで―


(間も無く城に着いてしまう…やっぱ、引き返そうかな)


 城に近づくにつれ、不安がこみ上げてくる。


 これから敵のいる所に向かっているからというのもあるが、


 空中を飛んで移動してる間、ジャホン国のあちこちから戦闘による爆発音が聞こえ、それがさらに不安を掻き立てる。


(リオン、もう一回出て来ないかな~…)


 そして、今すぐ俺と代われ。


【…俺を、呼んだか?】


(ぎゃああ!頭の中に声が!?)


 突然脳内に流れた声に、驚く。


(リ、リオンか?)


【…狼狽えるな。俺は今、意識の一部を起こしてお前と話している。】


 なんだそれ、器用だな。


【意識の一部故、自分で自分の体を動かす事は出来ない。いつまで起きていられるかもわからないから、俺の意識がある内にこの戦いを終わらせるぞ。】


(でもどうやって…戦うにも俺、魔法の使い方とかわからないんだが)


【俺の記憶を覗け。魔法についての記憶が見えるはずだ。】


 言われた通りにリオンの脳内検索をすると、今まで見れなかったリオンの魔法に関するの記憶が少し見れるようになっていた。


(『終焉の闇』、『死の庭園』…さっきリオンが使っていた魔法か)


【…これでお前も、俺の力を使えるようになった。あとは指示する。俺の言う通りに動け。】


(わ、わかった。)


【…さあ、ヒミカ城に着くぞ。魔力を手に集中させろ。】


(お、おう!)


 初の魔法使用に緊張しながらも、手から漆黒の魔力を出す。


 そしてリオンの記憶を読み、魔力の流れと魔法をイメージする。


【…今だ、放て。】


 漆黒の魔力を手の内に集中させ、押し出す様に掌を前に向ける。


 すると、手から黒煙の様な漆黒の魔力が放たれ、闇が広がった。



 ―――――― ヒ ミ カ 城 内 ――――――


 ジャホン国内で最も大きく、美しい建物だったヒミカ城。


 しかし、激しい戦闘によってその白く美しい外壁は崩れ、室内は打撃痕と思われる凹みや壊れた物が散乱して、痛ましく荒れ果てていた。


「…はあ…はあ」


「ヒミカよ…そろそろその命、討ち取らせてもらおう。」


「ふふ…それは、困りましたね。」


 廃墟同然で荒れ果てた城の中で、最強の武人を前にヒミカが立ち尽くす。


 ほとんどの魔力は顔に貼り付けられた札に封印され、今では下級位の魔族と変わらぬまでに力を失っていた。


(このざまでは、偽リオンさんの事を言えたものでは無いですね。)


 ヒミカはふぅ…とため息を吐いて、天を仰ぐ。


 すっかり崩れ、もはや天井として機能していない天井から空を見上げる。


(…ここまでですか。)


 自分の終わりを悟ったヒミカは目を閉じ、遠い昔の記憶に思いを馳せる。


(かつて遠い昔、このジャホン国を治めていた女王がいました。幼き頃に、この国を一度訪れた私は、その女王にお会いしました。)


 遥か遠い昔……


 第一次、魔王軍と人間軍の戦い。


 先代の魔王軍幹部達と戦った、当時の人間達。


 その中で、先の魔王軍を苦しめた人間の一人、ジャホン国の女王。


(彼女は敵である人間でしたが、その凛々しさと、不利な戦いであっても決して退かずに覚悟を持って戦う姿に、幼き私は憧れを抱きました。そして、魔王軍の幹部になってからは、その方の様になりたいと思い、その方とを名乗る事にしました。)


『ヒミカ』と。


 そしてヒミカは幼き頃の憧れに近づくため、その人間の女王が治めていた国を今度は自分がその国の女王として君臨しようとした。


(…今にして思えば、あの方も『喚ばれし者』だったのかもしれませんね。…確か、『ヤマタイ国』という聞いた事の無い国から来たとおっしゃってましたし。)


 憧れた人が喚ばれし者で、最後は別の喚ばれし者に倒されるとは何と皮肉かと、ヒミカは思う。


「ふふ…やはり、喚ばれし者に関わると、ろくな事がありませんね。」


「遺言はそれでいいのか?…では、今度こそその命、取るぞ!」


 ―ダンッ


 地面を蹴って加速したレシンが、貫手を構えてヒミカへと近づく。


(……そういえば、あの偽リオンさんは、無事に逃げれたのでしょうか?)


 もはや命をあきらめたヒミカがふとそう思い、閉じていた目を開けると、


「うおおーー!」


(…ッ!?)


 突然空から声が聞こえ、その後にが 滝の様にヒミカの前に降りかかってレシンとの間を隔てる。


「ぬぅ!? これは…っ」


 降って来た闇を、直感で危険だと感じたレシンが地面を蹴って後ろへと下がる。


「うわ、なんだあの黒いの!?」


 どこかからか隠れていたイシダが驚いて顔を出す。


「闇の魔法…、この魔法は…まさか!?」


 闇を振り払いながら、上空から漆黒の翼とともに闇の主がヒミカの前に舞い降りる。


「リ、リオンさ―」


「た…、たた助けに、き、来たぞ!」


 闇の主が、若干…というより、かなり不安そうな顔で振りかえる。




「……何だ、あなたでしたか。」


「…すごい残念そうな顔するの、やめてくれない?」


(せっかく助けに来たのに!)


「てっきりリオンさんが目覚めたのかと思いましたよ。偽リオンのままでしたか。」


「一応、俺もリオンさんですよ?」


 中身は違うけど。


「……戻ったか、偽リオンよ。」


「何ぃ!?偽リオン、ノコノコやられにきたのか!」


 俺を見てレシンはニヤリとし、イシダがうざい感じに声を上げる。


 …俺の呼称、偽リオンで定着してるのか。


「先程の黒い魔法、あれが噂に聞く闇の魔法か。リオンの力が使えるようになったとは。…いいぞ、貴様。ただ倒されに来たわけではないということか。」


 目を見開き、嬉しそうに不敵な笑みを浮かべるレシン。


(何喜んでんだ、戦闘マニアめ)


 先程サクタロウから渡された物を取り出し、


「ヒミカ、受け取れ!」


 ヒミカに放って渡す。


「これは…!」


「『メガ・サメール』だ!それを飲めば、体力と魔力が回復する。」


 体力と魔力が回復するポーション、『メガ・サメール』をヒミカが飲む。


 ―ゴクッ…


「むっ!」


 メガ・サメールを飲み干したヒミカの体から、紫色の魔力が一気に噴き出す。


「戦闘おおおお、いっぱああつ!!」


(よっしゃー、ヒミカ復活!)


 これで何とかなるはずだ。たぶん…。


「……ヒミカの力が回復したか」


「まずい!今までヒミカの魔力を封じていた封魔札がキャパオーバー気味で、回復したヒミカの魔力まで封じ込められない!」


 封じられる魔力の容量に限界があるのか、イシダが慌てる。


「ならばイシダよ、こちらは奥の手を使おうぞ!」


「はいよ、レシンさん!…札よ、戻れ!」


 イシダがそう言うと、ヒミカの顔に張り付けられていた封魔札が剥がれる。


 そして、ものすごい速さで空を移動し、レシンの顔に張り付く。


「なんだ、なんだ!?」


「この封魔札はな、魔力を封じるだけでなく、封じ込めた魔力を取り込んで使用することが出来るのだ!」


「なんだと!?」


 イシダは札をレシンの背中に貼り付けるとゴニョゴニョと呪文を唱える。


 そして掌を札に向け、叫ぶ。


解放リリース!!」


 札から解き放たれた魔力がレシンの体へと入っていく。


「ぐ…おおッ」


 両拳を握りしめて呻くレシンの身体が、変化し始める。


「な、なんかやばそうだぞ!」


「私はかなり多くの魔力をあの封魔札に封じられました。その魔力が全て、レシンに取り込まれたとすれば…」


 姿を変えるレシンから目を離さないヒミカの頬に、一粒の汗が流れ落ちる。


「先程飲んだポーションだけでは、実は魔力は完全に回復していません。」


「え、そうなの?」


 マジですか…。


(力を回復させて、ヒミカだけ戦ってもらおうと思ってたのに…)


「辛うじて生きながらえた死にぞこないの魔王軍幹部と、最高位の魔族に憑依しながらも、その力を持て余した喚ばれし者。……果たして、貴様らはどこまでを楽しませてくれるのか。」


 見るからにやばそうな感じに変身をしたレシンが、俺とヒミカの交互に視線を向ける。

 

 ─コキ…コキ


 ヒミカが拳を鳴らす。


「…いいですか?私の魔力をその身に取り込んだレシンはもはや魔王軍幹部クラスと同等だと思ってください。 正直、力が戻り切っていない今の私一人では歯が立ちません。なので…」

 

 真っすぐにヒミカがこちらを見る。


「二人で協力して戦いますよ。」


(ゴクリ…)


 不利な状況でも退かない、覚悟を決めて鋭くなった女王ヒミカの視線がレシンに移る。


「相手は、魔王軍幹部クラス。気合いを入れて行きましょう!」


「お、おう!」

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