第38話 黒鉄の武神

 ――『禁忌の魔法』。


 人間が圧倒的な力を持つ高位の魔族達に対抗すべく創り出されたとされる魔法である。


 使用すれば、どんな高レベルの魔法よりも強力で摩訶不思議な効力を起こし、如何なる敵に対しても、術者に勝利をもたらすとされ、先の人間軍と魔王軍の戦争にてこの禁忌の魔法によって人間軍は魔王軍に勝利する事が出来たと言われている。


 そんな魔王軍幹部をも倒し得る数ある『禁忌の魔法』の一つ…、


黒鉄くろがね】。


 発動すれば術者自身を強固な鋼鉄、若しくは柔らかな砂鉄に変え、さらには、あらゆる鉄の物体を作り出すことが出来る。


 …らしい。




 —―― ヒミカ城 最上階 —――


 俺が放った【終焉の闇】により屋根の半分が消滅し、半分だけオープンテラスの様に開け放った空間と化した城の最上階で——


 大量のが砂荒しの様に巻き上がり、凄まじい魔力を手にした一人の武人の元へと集う。


「おおッ…」


 溢れ出す大きな力をその身に抑え込めようとするかのように、拳を握りしめて呻くレシン。


 膨れ上がる内なる魔力にレシンの体が一回り大きくなり、着ていた草色のコートを破いて鍛え上げられた上半身が露になる。


 さらに、巻き上がっていた大量の黒い砂鉄がレシンの元へと収束し、レシンの全身が黒く光沢のある鉄へと変わる。


(レシンの姿が変わっていく…。なんだ、あの姿は!?)


 ヒミカの魔力を封じ込めた、イシダの『封魔札』。


 その封魔札からヒミカの魔力を取り込んだレシンは、明らかに常人離れした姿に変貌し、異常な筋肥大による屈強な肉体と全身を鋼鉄へと化したその姿はまるで、黒い鋼鉄の金剛力士像の様であった。


「ふっ…、素晴らしい。これが、魔王軍幹部の力か。体の内側から、今までに感じた事の無い強い力を感じるぞ…」


 砂鉄の様な魔力が立ち込める拳を握り締め、己の力を確かめるレシン。


「今まさに俺は武の頂に達した。魔王軍幹部の強大な魔力と禁忌の魔法の力を合わせ持つ、武人を超えた武の神…」


 クワッと目を見開いて、俺達へと眼光を向ける。


「『黒鉄の武神』になったのだッッ!!」


(く、黒鉄の武神…だと)


 …またなんとも厳つい二つ名を。


 だが、強力な魔力を持ち、全身を鉄に変身した武人のあの姿はまさにその名が体を表していた。


「レシンがパワーアップするなんて…。くそう、イシダのあの札魔法は魔力を封じるだけじゃなかったのか!?」


「ははは!驚いたか、偽リオン。 俺の魔法はな、『魔力を封じるだけの冴えないスキルかと思ったら、実は味方に魔力を与える有能な補助魔法』だったのさ!」


 何かの長い小説のタイトルみたいに自分の魔法をドヤ顔で明すイシダ。


(いや、もう補助魔法っていうレベルのパワーアップじゃないぞ…あれ。)


 全身を鋼鉄化&パンプアップしたマッチョな姿になったレシン。


 厳つい見た目とは別に、その身から醸し出されるやばい気配をひしひしと感じる。


 それはまるで、魔王城の会議で魔王軍幹部達と対峙した時と同じ圧力だった。



「…さあ、行くぞ。ヒミカ、偽リオン!」


「来ますよ!」


(く、来る!)


 鋼鉄のマッチョがッッ。


 …めっちゃ怖いんですけど。


【…ふん。如何に力を上げようと関係ない。全てを無に帰す我が闇の魔法、『終焉の闇』を放って、武人を消し去れ。】


(そうだ、今の俺には闇の魔法がある!よし…)


 リオンの記憶から魔法の記憶、『終焉の闇』について読み取る。


(くらえ!最強の闇の魔法ー!)


 手に漆黒の魔力を集中させ、思いっきり押し出す様に一気に闇を放つ。


 俺の手から放たれた闇は、眼前の景色を黒く塗り潰しながらレシンとイシダへと押し寄せ、周囲の床や壁を漆黒で覆い尽くして最上階の一画を丸ごと消滅させた。


 晴れていくように闇が明け、終焉の闇によって消滅した場所に二人の姿が無い事を視認する。


「やったか!?」


 さすが、(リオン自称)最強の魔法。一撃で戦いを終わらせ…—



「…今のが、万物を呑み込んで消し去るという闇の魔法か。」



(…っ!?)


 横から聞こえた声に弾かれた様に首を回して顔を向けると…


 イシダを脇に抱えたレシンが俺とヒミカの間に立っていた。


「なっ!?いったい」


「いつの間に…」


 レシンが近づいていた事に気づかなったヒミカが驚きを漏らす。


「まともにくらえば、そこで終わるか。なるほど、これが三傑の一人であるリオンの力か。」


「ええ!?なんだよそれ、闇の魔法エげつな!」


 レシンに抱えられているイシダが、跡形もなく消滅した城の一画を見て、「チートだ、チート!」とバタバタ騒ぐ。


(くそ、ならばもう一度闇を放つ!)


 俺は再び手に漆黒の魔力を集中させる。


 だが、それより早く動いたヒミカが拳を振り上げる。


 しかし、それよりも速くレシンが動いていた。


 脇に抱えていたイシダをその場に離して床に落ちるまでの刹那の間、レシンは高速の打撃を俺とヒミカに当てた。


「ぶっ!?」


「ぐ…っ!」


 俺は顔面を打たれて仰け反り、ヒミカは腹に受けてたたらを踏む。


 レシンが俺との間合いを詰める。


「げっ、―ぶひッ!?」


 顔を前に向けなおした俺の顔面に、レシンの拳がまたしてもヒット。


「反応が遅いぞ!」


 バッ、バッ、バッっと目にも止まらない拳打と蹴りの連撃が、俺の体に撃ち込まれる。


「ぶへっ―、ぶほっ―、ひでぶっ!」


 重く硬い打撃が体を圧し潰し、一撃一撃の衝撃が内臓を突き抜けていく。


【…ふん、これが東の国最強の武人か。なるほど…見事な体術だ!】


(敵を褒めてる場合か!―ぐはっ、痛い!)


 リオン絶賛の見事な体術の連続コンボでよろける俺に間髪入れず、


「はッ!!」


 レシンの上段回し蹴りが、顔の側面に直撃。


「ぐへっ!」


 鋼鉄の蹴りにより、その場で風車みたいに体が回転して床に落ちる。


 ぐるりと回る視界の中で、レシンを背後から殴りかかるヒミカが見えた。


「ふっんっ!!」


 振り返ったレシンの胸に、ヒミカの拳が直撃する。


 地面にクレーターを作る程の威力を持つ剛拳。


 鈍い打撃音と同時にバキャァッという甲高い金属音が鳴り響いて、鉄と化したレシンの体を砕く。


「ぐぅおおッ!」


 拳が胸に深くめり込み、鉄の破片が飛び散る。


(ヒミカのパンチをまともにくらった!パワーアップしたレシンといえど、ただでは済まないはず!)


「…ふっ」


 しかし、大ダメージを受けたはずのレシンが笑みを浮かべる。


 飛び散った鉄の破片が細かい砂鉄に変わり、レシンの損傷した箇所に集まって肉体を修復していく。


(あっと言う間に、体が元に!?)


「禁忌の魔法【黒鉄】により、我が体は硬い鋼鉄にも柔らかな砂鉄にも形を変え、壊されようが何度でも肉体を修復する事が出来る。」


 その言葉の通り、損傷したレシンの胸が完全に元通りに治る。


「故に、魔力が戻ったとはいえ、貴様の攻撃は俺には効か―」


「洒落臭いですわ!」


 ヒミカの問答無用のストレートパンチがレシンの頭を、文字通り打ち砕く。


 粉々になった頭の破片が空中に飛び散り、細かな砂鉄に変わる。


「おらぁー!!」


 ヒミカが容赦ないパンチのラッシュで攻める。


 さすがに体全部を砕かれては堪らないのか、頭部を失った鋼鉄の体がガードを固める。


「愚かな!」


 砕かれず残ったレシンの口がそう言うと、鋼鉄の体が素早く半身で大きく前に踏み出して中段の突きをヒミカに打ち込む。


「かはっ!」


 鋼鉄の突きでヒミカが後方へふっ飛ばされて壁にめり込む。


 追撃をかけるレシンの体から大量の砂鉄が空中に広がる。


 何か所かに収束した砂鉄が固まって数本の鉄の柱を作り出し、それらが一斉に集中してヒミカへと降り落とされる。


「ヒミカ!」


(鉄の柱…レシンが攻撃魔法を使った!?)


 禁忌の魔法『黒鉄』の力か。


(近接戦闘に加え、あんな遠距離攻撃まで使うのか)


 大量の砂鉄が空中に広がってうごめく。


 先程と同じくそれらが収束して固まり、何本もの大きな鉄柱に変わる。


 鉄の柱たちの矛先が、俺に向けられる。


(まずい!)


 どんなものも圧し潰せそうな大きな鉄柱が、ミサイルの様に発射される。


(つ、潰される!)


【…ふん、くだらん。暗黑の門を開けて、闇の深淵へとあの鉄屑どもを堕とせ。】


(─!?)


 リオンのよくわからん指示と共に、瞬時に脳内に魔法の記憶が浮かぶ。


 それを読み取って漆黒の魔力を纏う手を前に向けると、前方に黒煙の様な闇で作られた円い空間が出現する。


 こっちに向かっていた鉄柱は俺の前に出現した闇の空間へと入っていき、その深奥へと消えていった。


(今の、闇の盾みたいなものか!?)


 メイラ戦では見せなかった闇の防御系魔法。


 リオンは暗黒の門がどうと言ってたが、入った物を消滅させる魔法のようだ。


「どうやら、闇の魔法の使い手には遠距離での攻撃魔法は通用しないようだ。」


 空中を蠢く大量の砂鉄がレシンの元へと集まり、ヒミカに砕かれた頭部が修復する。


(くそ、あの不死身鉄人ファイター、どうやって倒せばいいんだ!?)


【…落ち着け。敵が不死身であろうと、あらゆる存在と魔法を消し去る闇の魔法ならば、禁忌の魔法諸共奴を倒す事ができる。】


 闇の魔法は、あのメイラのどんな攻撃魔法をも全て消し去った、まさに最強の魔法。


 当たれば、魔法をも消し去る闇の魔法ならば禁忌の魔法も例外じゃない。


(当てさえすれば…)


 手の内に漆黒の魔力を集中させ、レシン目掛けて終焉の闇を放とうとする。


 しかし、


のろすぎる!」


 一瞬で間合いを詰めたレシンが、闇を放とうとしていた俺の手を蹴り上げた。


「あ」


 手を上に向けられ、放たれた闇が残り半分だった城の屋根を消滅させる。


「その闇の魔法は確かに脅威だが、放つ前に逸らせば無問題モーマンタイだ。」


(こいつ、動きが速すぎる!)


 いつ動いたのかもわからん。


 さらにレシンが鋭く前へと踏み込む。


「ごおおおおおおおー!!」


 雄たけびと共に握りこんだ両拳を躍動させ、目にも止まらない疾風の如き拳打で俺を打つ。


「あぷっ、ぶぺっ、ぺぷしっ、あぶぶぶぶ―」


(強風の中を鈍器で殴られてる様で、息も出来ない!)


「戦いの素人である貴様の動きは、武人である俺には簡単に予測できる。一撃必殺の魔法を使おうが、貴様が俺に攻撃を当てることは出来んぞ!」


(くっ…、くそう!こいつ隙が無さすぎるだろ!)


【奴をこちらに近づけるのは分が悪い。少ない動きで闇を放って、奴を払い退けろ!】


 俺は攻撃をくらいながらも手に魔力を込め、振り払う様に闇を放つ。


「ぬぅッ!」


 俺の動きにすぐに反応したレシンが、大きく後ろに飛び退いてそれを躱す。


【着地した瞬間を狙え!】


「うおおー!!」


 もう一方の手に魔力を手中させ、押し出す様に闇を放つ。


「くっ…しまっ─」


 焦りの表情を見せるレシンの姿を目で捉え、眼前いっぱいに闇を放つ。


 俺の手から勢いよく放たれた闇がレシンに押し寄せ、その姿を覆い尽くして呑み込む。


 しっかりと姿を狙い、避ける暇を与えない絶妙なタイミングでこれでもかと目一杯に闇を放った。今度こそ当たったはずだ。


「や、やったか!?」


 大分消滅した一画を見て、手応えを得る。



「…ふっ、あまいな。」



(ヘアッ!?)


 あ…これ、やってないな。


 背後から聞き覚えのある声に、背筋が凍る。


(って、いやいや! 確かに当たったはず…)


「貴様が捉えたもの…あれは、残像だ。」


「残像!?」


 どうやら俺が捉えたと思ったレシンの姿は、レシンが高速移動して発生した残像だったらしい。なるほど…—


(…って、そんなアホな!)


 どんだけ高速移動してんだよ。


 振り返って再び闇を放とうとする俺に、レシンは一歩踏み込みながら素早く体を横に反転させてこちらに背を向け、


「おおッッ!」


 背中の体当たりで俺を壁までふっ飛ばす。


「がはっ…!!」


 硬い鉄の背中をぶつけられたのと壁に体を強く打ち付けた事で、体中を押し潰された様な衝撃を受ける。


「うぅ…っ」


 苦痛に耐えながらもよろよろと立ち上がる。


 ― ダンッッ


 と、レシンがその場で床を強く踏み鳴らす。


「!?」


 揺れを感じたと思うと、


 踏み鳴らした足元から木の枝の様な亀裂が急速に広がり、床が下へと落ちて崩れ始めた。


(なぬううー!?)


「ちょっ、レシンさん!?床崩すなら、先に言ってくれ…—ってうわあああああ!」


 ずっと隠れて戦いを見てたイシダがバタバタと慌て出すが、足場が崩れ落ちて瓦礫と共にその場から消える。


(まずい、落ちる!)


 俺の方にも亀裂が走り、足場が崩れて落下する。


 これ以上落ちまいと背中の翼を広げて飛ぼうとするが、


「おおおおおおーッ」


「…っ!! 」


 崩れ落ちる瓦礫を跳んで渡り、稲妻の様な軌道でこちらへと猛スピードで落下しながら向かって来たレシンが、俺の腹に鉄拳を打ち込む。


「ぶふぇッ!!?」


 重さと速さが加わった鉄拳が腹に打ち込まれたまま、俺は城の各階層を次々と突き抜けて下へ落ちる。


「~っっ!!…―」


 そのまま急加速で最下層まで落下して地面に背中を強く打ち付ける。


「がッ…―!!」


 そこから続けて、着地したレシンが密着した鉄拳をさらに俺の体に打ち込む。


(うっ―!)


「ごおぁッ!!」


 ゼロ距離の下段突きから放たれた衝撃が体の内部を貫通。


 俺を通過した威力が地面に伝わり、城を震わせた。


「ぐはああっっ!!」


 俺の口から吹き出た血がレシンの顔を汚す。


 意識が朦朧とする中、俺を見下ろすレシンが静かに拳を引く。


「…ここで果てるがいい、偽リオン。」

































  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る