第12話 海軍指揮官
「何を言うとんじゃ、お前はぁぁ!」
遅れて登場した男性の『迎撃作戦』への参加表明に、家老の一人が吠える。
「せっかくこの国の人間を戦争から遠ざけたというのに、巻き込む様な事を言ってどうする!?」
「まあまあ、落ち着いて。 顔が近いぜよ。」
顔を近づけて問い詰める家老の一人を、手で制止する男性。
「あの方も、家老でしょうか?」
突然現れた男性について、クロエがヒミカに問う。
「いいえ。あの方は、【ジャホン国 人間軍 海軍指揮官】の【サクタロウ】さんです。
ちなみに、海に囲まれたこの国は 外からの敵に対応する事に重きを置いているので、軍は海軍だけなんです。 」
「へえ~、なるほどです。」
「…ふん、なるほど。」
ヒミカの説明を聞きながら、ギャーギャーと家老達に詰められているサクタロウという男性を見る。
「いいか サクタロウ。 この国は、戦争には参加しなくていいのだ! 魔王軍とも、大陸の人間軍とも戦わなくていい! それをわざわざ戦争に首を突っ込む様な真似をして―」
「 今この国は大きな岐路に立っているんじゃ!」
「お、大きな岐路?」
詰められていたサクタロウの放った言葉に、家老達の勢いが止まる。
サクタロウは立ち上がり、カッと目を大きく見開く。
その気迫に、家老達がたじろぐ。
「そうじゃ! この戦いで魔王軍が勝って今のジャホン国の独立を維持するか、
勇者と組んだ東の国が勝ってジャホン国が再び東の国の属国になるか、
この国は今まさに、二つの別れ道に立っちょるんじゃあ!」
『……っっ、』
「この国は元々は東の国の一部やった。 しかし、東の国からは『僻地の島』と呼ばれ蔑まれ、不当な扱いを受けちょった。 そいで、その状況を変えるためにジャホン国は独立したはずじゃ!」
(どうやらジャホン国は、東の国とはいい関係じゃないみたいだな。)
「もし、ヒミカ様達 魔王軍が負けてこの国からいなくなってしもうたら、ジャホン国を国だと認めない東の国に乗っ取られるぜよ!
せっかく独立したのに、また属国に戻ってもいいんか!?」
「し、しかしだな…」
「考えてみるんじゃ。 将来、魔王軍と人間軍の戦争が終わり、人間軍が勝ったとする。
その後、間違いなく東西南北の国は、覇権をかけて戦争を始めるぜよ!」
(なんかとんでもない事言いだしたぞ…)
サクタロウの極端な未来予想に、俺は内心首を傾げる。
(いくら家老達を説得させるためとはいえ、話を飛躍させ過ぎじゃないか?)
「今各国は、魔王軍という共通の敵がいるから同盟を組んで仲良くしちょる様に見えるだけで、元々は長年『パンゲラ大陸』の覇権を賭けて争い続けていたんじゃぞ!
魔王軍がいなくなりゃ、昔みたい国獲り合戦状態に逆戻りじゃ!
そうなりゃ、東の国はこの国の人間を手足の様にこきつかって、戦わせるやろう」
(この世界、そんな殺伐としてたのか!?)
戦国時代かよこの世界。
そんな覇権争いやってる中に、魔王軍が追加された感じか。
「しかし、いくら何でも同盟を結んだ国同士がまた戦争なんて‥」
「あり得ない話じゃないですよ。」
サクタロウの話を否定しようとする家老Bに、ヒミカが補足する。
「私達魔族が地上に現れるまで、東西南北の四大国は幾度も繰り返し争いを続けていました。
歴史上、その四大国が手を組んだのは、魔王軍が地上に現れた時のみ。」
最初の魔王軍との戦いで人間軍が勝利した時と、
再び魔王軍が地上に現れた現在。
その二回だけという事になる。
「なので、魔王軍がいなくなった後、再び人間同士で戦争をする可能性は充分にあります。」
「……ぐむむぅ」
ヒミカの話を聞いて、悩ましげな表情になる家老達。
(リオンは、魔王軍は一枚岩ではないと言っていたが、なるほどそれは人間軍も同じか。)
この世界は、単純に魔族と人間の対立だけだと考えていたが、思っていたより複雑な事情があるらしい。
「そこでじゃ!」
サクタロウが大きな声で皆の注目を集める。
「ワシらには、二つの選択肢がある。
このまま傍観しどちらが勝つか運に任せるか、
ジャホン国が魔王軍に協力して勇者と東の国の連中を倒すか…この二択ぜよ!」
サクタロウが指を二つと示す様に、人差し指と中指を立てて説明する。
「まず、このまま傍観するとして、
仮に勇者達が勝てば、先程言うたようにこの国は東の国に乗っ取られる。
勇者達は、魔王軍さえ討てればいいからのう。
後の事は、東の国の預かり事。 ジャホン国が煮られようが焼かれようが関係ないじゃろう。
…だが、しかし!」
中指を折り、人差し指だけを立てる。
「ジャホン国がヒミカ様達に協力して戦争に参加し、勝利すれば良い事ずくめぜよ!」
「な、なんだ?申せ、サクタロウ」
「一つは、ヒミカ様達魔王軍がこの国に残る事。 正直ジャホン国は東の国と比べると遥かに力で劣る。 故にヒミカ様達には、東の国に対する抑止力として、この国に残ってもらにゃいかんのじゃ!
」
(ふむふむ…。)
「二つ目に、魔王軍に恩を売る事が出来るという事じゃ!」
「お、恩を売るだと!?」
「ワシらの活躍で戦争に勝利したとなれば、この国はただの占領地ではなく、魔王軍にとって一つの戦力となる!」
「ただの占領地から戦力に…」
「そうじゃあ! 戦力として認識を改めてくれれば、占領国から魔王軍の同盟国になる!
同盟国…、つまり対等なパートナー関係を結ぶんじゃ!
そいで、より魔王軍に近づいて魔族から魔王軍の知識や技術をからもらい、この国を更に強くするぜよ!」
「へえ~、なるほどです。」
「魔族から多くを吸収して力を蓄えるんじゃ。
そして、大陸の人間軍と魔王軍が戦争で互いを削り合って疲弊していく中、我がジャホン国だけが発展を続ける。
そして最後には魔王軍をも凌ぐ力を持って、」
サクタロウは立てていた人差し指を折って拳を握り、それを高らかに掲げた。
「そして、魔王軍じゃろうと大陸の東西南北の王国じゃろうと戦争で弱りきったところを倒して
この国をどの国よりも強い大国にするぜよ! それが、ワシの野望じゃ!
ワシらはそのために、今は魔王軍に恩を売って売りまくりながら、魔族を利用するんじゃあ!!」
利用するんじゃあ!!
―するんじゃあ!
―じゃあ!
大広間にサクタロウの力説が木霊する。
『…………………………………』
『…………………………………』
(…………………………………)
俺も魔族も家老’sも呆気に取られる中、
「ふふっ。サクタロウさん、そんな事を考えていたんですね。 知りませんでしたわ。」
静まり返った室内に、にっこりと笑顔を浮かべたヒミカの声がサクタロウに向けられる。
「あっ…」
固まるサクタロウ。
「しまった! ワシの野望がヒミカ様に聞かれちょった!」
(うん。ここにいる魔族のみんなも聞いてた。)
利用して、最後は他の国ごと倒すとかなんとか。
「そんな事を考えていたなら、せめてわしらにこっそり話さんかい‥」
頭を抱えて慌てはじめるサクタロウに、呆れた様に言う家老A。
「ふふっ…」
「あがががががが‥」
圧のある笑顔を向けられ、震えるサクタロウ。
(なんていうか…すごい人だな。 いろいろと。)
戦後を見越した国のビジョンを持ち、
占領されている今の国の状態を、逆に魔族を利用して東の国から守られつつ、国を発展させるという大胆な考えと、
今回の勇者との戦いを、恩を売る
このサクタロウっていう人は、着眼大局に優れた人物なのだろう。
(まあ、利用しようとしてる相手に、あっさり野望を暴露してるけど。)
「ふぅ~…」
圧のある笑顔を止め、小さく溜め息をつくヒミカ。
「サクタロウさんが何を考えているのかわかりました。 まあ、いいでしょう。不問とします。」
「え、いいんですか?」
汗を滝の様に流していたサクタロウが拍子抜けする。
「ふふっ、 ええ。」
ヒミカは、再びにっこりと微笑んだ。
「そもそも、私達魔王軍が負けるわけがありませんし。人間軍を倒した後、ジャホン国が私達に謀反を起こそうものなら、叩き潰すだけですわ。」
「……………」
穏やかな笑顔と落ち着いた話方のわりに、思いっきり脅すヒミカさん。
「…ですよね? リオンさん。」
(………ヒッ!?)
クルっと、サクタロウから俺に目が笑っていない笑顔が向けられる。
「…ふん、その通りだ。」
(目が怖いっす、ヒミカさん。)
蛇に睨まれたカエルの気分であったが、ガクブルしない様に腕組みをして筋肉を絞めた。
ヒミカは俺の返事ににっこりと微笑んだ後、サクタロウと家老達に顔を向ける。
『………ヒッ!』
(可哀想に人間サイドも、びびっているよ。)
「それで、『ジャホン国 人間軍』は迎撃作戦には参加するのですか?
私は契約上、物資の支援をお願いできますが、戦闘に協力するようには言えません。 しかし…、
あなた方が、自分から戦いに協力したいと言うなら別ですが。」
「う、う~む…」
「ど、どうします?」
ヒミカの問いに唸る家老達。
家老Aが、サクタロウの方を向く。
「サクタロウよ、 魔王軍に協力すれば 、この国は東の国から守れるのだな?」
「おう! 戦わなきゃ後悔するぜよ!」
「…そうか。」
家老Aは一度深呼吸し、意を決した様に言う。
「…仕方ありませんぬ。私達ジャホン国はヒミカ軍団に協力するため、戦争に参加させて頂きます。 他の者、異議はあるか?」
他の家老達に確認を取る家老Aに、
「まあ、その方がこの国のためになるなら‥」
「 ‥サクタロウの言う事にも一理ある。」
「は、は、はい。 私も賛成で‥」
「…………私も賛成だ。」
他の家老達は少し戸惑いつつも、俺達に協力する事に賛成した。
「おお、ありがとう! 家老さんら!」
「よ、よせ!サクタロウ。 抱き付くな!」
「ふふっ、わかりました。 ではジャホン国の皆さん、 よろしくお願いしますね。」
ヒミカの承諾により、ジャホン国の人間軍の協力を得る事が決まった。
(戦力が増えたのはいいが、そうなると、 人間同士が戦う事になるんだよな‥。なんだかな~)
俺が複雑な心境になっていると、
「それでは次にリオンさん。 リオンさんはどの様な戦法をお考えでしょうか?」
(…ん? )
突然、What?
「リオンさんは、勇者討伐のためにこちらに来られました。 敵の主力の一人が勇者でまず間違いないでしょう。対して、こちらの主力はリオンさんです。
勇者との直接対決に備えて、考えをお聞かせください。」
(………考え…)
「おお、アンタが三傑の一人、リオンさんか! 噂はかねがね聞いちょります。」
俺を認めて、テンションを上げるサクタロウ。
「それで、リオンさん。 どの様にお考えですか?」
「…どの様にお考えか、だと? 」
俺は、思慮深そうに腕を胸の前に組んだまま、目を閉じる。
「…………ゴクリ」
「あの終焉の王の意見が直接聞けるとは‥」
「リオン様の事です。 きっと、我々凡人魔族には思い付かない様な作戦やら戦術を考えてらっしゃる事でしょう。」
『おぉ…』
(ハードル上げるなや…)
家老達と魔族達の視線が俺に集まる。
俺はゆっくり目を開け、周りを見渡す様に皆に視線を向ける。
「っ、なんて鋭い視線‥ッ」
「これが、‥三傑の一人ッ!」
俺に視線を向けられ、ヒミカ軍団の隊長である
袴姿で頭に角の生えた二人の女性が体をビクッとさせる。
(ふっ、俺の視線だけでびっくりするなんて。隊長と言えど可愛い鬼のねえちゃん達だ。…さて、)
俺は天を仰ぎ見る様に天井に顔を向けて、再び目を閉じる。
(…戦術……作戦……お考えか…)
部屋に静寂が訪れる。
(だが当然そんなもんは一切考えていない!!)
しかし、そんな事は口が裂けても言えない。
俺はカッと目を見開き、顔を前に戻す。
『…ッ!?』
少し前のめりになっていた皆が驚いて体を引く。
俺の言葉を待つ皆に、俺はこう言った。
「…ふん、くだらん。」
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