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結局、一夜限りの新宿捜索劇は不透明さを残したまま幕を閉じた。 季人の本心を正確に表すなら、閉じてしまったと言うべきか。
メディアでは、失踪者たちが次々と家路に着いたと大きなテロップを前面に押し出して放送している。 新聞の記事も同様の反応だ。
「聞いてるの季人?」
ぼぅっとテレビを見ているようで別の事を考えていた季人が御伽の声で我に返る。
「あ、ああ。 大変だったなお前も。 小遣いは大丈夫か?」
「うん。 それは何とかね。 けど、本当に覚えてないのよね……」
御伽に改めてその時の事を聞いてみたが、やはりよく覚えておらず、どういうわけか父親に説教を受けたと季人に散々愚痴ってきた。
「音楽を聴いた後に急に眠くなったのは何となく覚えてる……。 でもそこから先がね~。 友達とか先生の方がビックリしてた。 私自身は、そんな事があったんだって思ったくらいね」
「それはお前の肝が据わりすぎ」
実際は気味が悪いなんてものじゃないだろう。 自分の知覚の外で体を好き放題されているのだから、女性としては耐えがたいものがあると思うのだが……。
「あ、でも……夢は見た気がする」
「夢か……どんな?」
「爽快……とはまた違うかな。 雲は一つも無かった。 それで、大草原を延々と歩いた気がする。 ずっと……どこまでも歩いてた」
不思議そうに、しかしどこか懐かしいものを思い出すような表情で言う御伽。
「そうか……」
もしかしたら自分も覚えていないだけで、似たようなものを無意識化に、夢の中で見ているのかもしれない。
それがどのような作用と直結して人を操るのかは分らないが、それならそれで、夢のあるメルヘンな能力じゃないか。 人を夢の世界へと誘い、深層世界から人を操るなんて。
「それで、さ……季人」
フライパンを返しながら、御伽が声だけを向けてくる。
「何だ?」
「その、色々、迷惑かけちゃったみたいだね」
父親から話を聞いたのか。 妙に歯切れが悪いのは、申し訳なさの表れだろうと季人は思った。 自分としては勝手に好きでやった事であり、御伽が責任を感じる必要性など全くない。
だが、彼女がそれを気にしてしまう性格なのは長い付き合いから分っていた。
「別に気にするな。 実際、俺が動かなくても大事にはならなかっただろうしな」
結果論ではあるが、それが事実だ。
「それでも……ありがとうね」
季人の位置からは御伽の表情は見えない。 だから、とりあえず本心だけは伝えようと思った。
「おう。 その感謝の気持ち、今手に持ってる卵を冷蔵庫に戻すことで受け取ろうじゃないか」
「あ、つい癖で……」
「中々興味深い癖だなそれは。 だがこんなところでドSを発露させんでもいいだろ」
笑いながら盛り付けを行っている御伽を見ながら、季人は溜息をついて、そして再び考える。
実際、本当のところは御伽にしか分らないが、事件に巻き込まれた事に対しては心的外傷は少なそうだ。
もしかしたら、セレンがメンタルケアまでしていたのかもしれない。
彼女の能力ならば、それすらも容易に行使できるだろう。
――そんな事を、毎日考えている。 夢の詳細は覚えていないが、未だに季人はセレンを中心に取り巻く世界から抜け出せずにいた。
だから、季人はそれからも夢の続きを追いかけるように情報を収集し、新宿の街を、都庁前を徘徊し続ける。
その際、どうにも今回の件で煮え切らなかった季人は、もう一度あの時、あの少女に出会った音楽ホールに行ってみた。
しかし、いくら入念に痕跡を探ろうとしても、関係のありそうなものは一つとして見当たらなかった。
結局、何も分らない。
その事実が、再び季人の頭を悩ませることになった。 言うなればふりだしに戻ったようなものなのだから、仕方が無いと言えばそれまでだったが、それを良しとする季人でも無かった。
まるで幻のように消えていったフルート奏者の目撃者は、自分だけしかいない。
間違いなくあの時そこにいた少女の事が、どうにも頭から離れなかった。
どこか達観していて、全てを投げ出してしまったかのような儚さを見せていた少女のことが、まるで手を伸ばしても触れる事が出来ない残響のように……。
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