Episode1 2/3


ふと、思う時がある。


明日の朝このまま。

ベッドの上で目を覚ますことなく、そのまま死んじゃうんじゃないかって。


当たり前だけど両親にも、友達も言ったことがない。

間違いなくおかしなひと認定されてしまうだろう。

でも実の所、こんなことばかり考えておいて別に他人に知って欲しい訳では無い。


ただずーっと心のどこかで、あの浴槽の汚れみたいに残り続けている。


僕が僕である理由。

それを探してる。ただそれを探しているだけ


目覚まし時計がなった。


「…んぅ、うるさ…」


震えるボタンを抑えた。

止まった。


1度息を深く吐いて、ひと息で体を起こした。

カーテンは閉じたまま。

昨日のままだった。








「今日の3時間目の保健は男女別です

男子は多目的室、女子は講義室で﹣﹣」


どうにも僕は朝に強くなれそうにない。

あくびを噛み殺し、早口で喋る担任の先生の声を右から左に聞き流していた。


ひとしきり話し終わったかと思うと、日直の子に日誌を渡して教室を去っていった。

それと同時に、朝の教室はクラスのみんなの声でいっぱいになる。


そこからは早い。


面倒だなぁ。教科書で隠す欠伸。

縦書きの国語のノートの端に落書き、一時間目。


段々昇る陽の光、窓のすぐ近くの木々がざわめくとそれに呼応して教科書の上には細かな影。

過去の惨劇も今は過ぎ去った平和のあしあと、二時間目。


「前の黒板に座席表あるからそれ通りに座ってー」

ざわざわ授業前の講義室はいつもより大勢だった。

それもそのはず、今日の朝担任の先生が言っていたように、今日の保健体育はいつもと違う。

3クラスほど集まっているのだろうか。

1度も同じクラスになったことないが、見たことがある女子が沢山だ。


あ、1番後ろだ。

僕は二冊、3年間一緒の教科書と資料集を持って座席表通りの席に、チャイムと同時、腰を下ろした。


「今日は男女別です。ま、大事なお話なのでね、50分しっかり聞いてくれればと思います。

じゃ、教科書26ページーーー」


ゆっくり、恐る恐る開いたページ。

一面インパクトのある絵面だ。

さっきまでのおしゃべりはどこへやら、ひとしきりページをめくる音が止むと、先生のチョークが黒板を走る音だけが講義室に残った。

なんだかいけないことをしている気分だった。

周りの子の顔が何となく気になった。

僕はきれいなシャー芯を1度出して、意味もなく戻した。視界の端で裸体を見た。


いや何も、別に新しい経験でも発見でもなかった。ここにいるみんなもそうであるはずだ。

小学生の時、同じような経験をした。

ただやはり、小学生と中学生ではまったく違う。

気恥しさひとつ、ありもしない視線が気になる。


「今回、男女別に集まってもらったのはこの単元をやるからですね。ええ、まぁみんなもう分かってることが多いと思いますのでね。

復習、とまでは言いませんが」


保健の先生。

絵が上手だ。先生が両手を広げた子宮の一部分を指示棒で指した。


「子宮です。これが赤ちゃんの部屋ですね。

ここが卵管で、ここに卵巣で。

みんなのような女子にはみんなあります」


聞いた話。

淡々と配られた穴埋め形式のプリントにオレンジペンで板書をうつした。


「でですね、今日はここからが重要なんですよ、はい、皆さん手あげなくていいですよ。

初潮迎えてるひと、いますね」


僕の心、何かがうごめく。


「えー、色んな事思うひといると思います。

恥ずかしいなとか、嫌だとか、面倒なことだとか、分かります。」


僕らにに背を向けて先生はチョークを走らせながら、流れるように言った。


「でも大切な事なんです。

しっかり自分のことを理解して、上手く付き合っていきましょうね。

じゃあプリント続きーーーー」


どうしても逃れられないんだと思った。

元々分かってたこと。落ち着いてる。


静かにゆっくり、突っ伏した。


やっぱり、現実に追われてる。

僕はやっぱり、僕じゃないんだと、うごうごと、外に出せと身をよじる不快感。

正直になれよと、ちゃんと認めろと言われてる。


外見を変えても、振る舞いを変えても、変われないものを確かに感じた。

内側から、僕は変われないんだと、僕のさけびが聞こえた。


「東雲さん、寝ないでー」


「…はぃ」


それはそうだ。人の心は読めない。

大きな鏡の前で睨まれてる気がした。


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楠の木町の塾長ちゃん 夏瀬縁 @aiuenisi8

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