失意からの希望

 最後のプレゼンを終わったところで再び協議が始まった。議論は白熱し、2時間を費やした後で通過する30作品が選定されたが、史恵が推薦した作品は1つも選ばれず、編集者としての自分の未熟さを指摘されているような気分になった。


 選考会終了後、選考委員達は伸びをしたり、肩を回して筋肉を解したりしながらぱらぱらと部屋を後にした。文恵と坂田だけが最後まで残っていた。


「松下さん、今日はお疲れ様でした」


 椅子に座ったまま茫然自失としていた文恵に坂田が声をかけてきた。文恵は慌てて立ち上がる。


「こちらこそありがとうございました! 本当、勉強になることばかりで……。自分がいかに作品を見る目がないかがよくわかりました」文恵が自重気味に笑った。


「いや、そんなことはないと思いますよ。松下さんの選んだ作品はどれも惜しいラインではあったんです。ただ少しの差で選ばれなかっただけで」


「そう言っていただけると有り難いですけど……自分の作品がいい線までいっていたのか、それとも見向きもされなかったのかは、作者には伝わらないわけですよね」


「まぁそうですね。作者に伝わるのは落選したという事実だけですから、選ばれなかった無念さだけが残り、二度と応募してこない人もいるかもしれません」


 坂田が残念そうに頷いた。文恵が心配しているのもそこだった。『朝焼けを迎えて』の原稿を見れば、原田素子がどれほど時間をかけ、念入りに本作を書き上げたかはよくわかる。それだけ手塩をかけた作品があっさりと一次落ちしたとなれば、自分には才能がないのだと落ち込み、執筆から遠ざかろうとするのではないだろうか。彼女の作品を愛し、世に出ることを切望している人間はここにいるというのに――。


「……何だかもどかしいですね。いい作品だってことはわかるのに、それを伝える方法がないなんて」文恵が寂しげに呟いた。


「いや、伝える方法ならあるかもしれませんよ」坂田があっさりと言った。


「え?」


「松下さんは小説投稿サイトをご存知ですか? 自作の小説を投稿し、それを誰でも閲覧できるというものなんですが」


「いえ、知りません。そんなサイトがあるんですか?」


「はい。アマチュア作家の中には、新人賞に落選した作品をそこにアップされる方もいるんですよ。もし、原田素子さんがそうしたサイトを利用されていれば、サイトを通してメッセージを送ることができます。一度探してみてはいかがですか?」


「いいんですか? そんな特別扱いみたいなことして」文恵が目を丸くした。


「個人でメッセージを送る分には問題ありません。あなたがこの原田さんの作品を非常に気に入っておられることは伝わってきましたから、是非とも感想を届けてあげてください。それが彼女の作家への道に繋がるかもしれませんしね」


 坂田はそう言って人の良さそうな笑みを浮かべた。この人は選考委員のプレゼンを聞きながら、自分のことまで気にかけてくれていたのだ。彼の度量の広さに史恵は頭の下がる思いがした。


「ご助言ありがとうございます。サイト、探してみます!」


 史恵は深々と坂田に頭を下げると、そのまま会議室を後にした。彼と話をしたおかげで、消沈していた心が少しずつ浮き上がっていくのを感じる。いい作品を見定めるためには、人間的な懐の深さも大事なのかもしれない。

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