第3話
✻
「――それでは、以上で入学式を終わりとします」
私立星園学園中等部――名の通り、ここは
幼稚園から大学院までエスカレーター方式となっているこの学園からは、毎年優秀な生徒達が卒業し、様々な会社でその実力を発揮しているとのこと。
進学・就職率共に95パーセントを誇る有名な学園として、世間からも広く認知されている。
そんな大規模な企業が関わっている学校となれば、当然そこの一族たちにヘイトが向くことは必然と言える。何しろこの学校には、星園グループの社長令嬢にして現在も様々な経営に尽力している才色兼備の美少女――『星園麟』が在籍することになったのだから。
新入生代表として舞台に立ち、元より一目置かれていた麟の印象は、それを機に更に印象を強めていっていた。
1年2組――入学式を終え、ひと段落つける休憩時間。
それであるにも関わらず、このクラス内だけはどうしても《落ち着き》というものが感じられないでいた。
「……なぁ、あの人じゃないか?」
「あ、あぁ。星園グループの社長令嬢だっていう……」
「き、緊張するな……。あんなに綺麗だとは思ってなかったぞ……!」
「……それにしても、あいつらは何で星園さんと一緒にいるんだ?」
「さぁ……社長同士が仲良いとか、そんな感じなんじゃねぇか?」
「あぁ、付き合いってやつか」
ひそひそ、と在りもしないでたらめな噂がクラス内に飛び交う。
そしてそんな噂は、同じクラスになり、尚且つ、今現在も一緒にいる幼馴染2人の耳にも当然届いていた。
「……小学校の頃と、あまり変わらないね」
「寧ろ増えてんじゃねぇか? お前の在りもしない噂話流す奴ら」
「放って置けばいいです。どうせ、在りもしないこと。どんな
「そ、それ、本当に効果あるの……? 余計に被害が出るんじゃ……」
「大丈夫ですよ、ほのか。自分のことは自分で守れます。それに、噂というのは規模が大きくなりやすいものですから、その内上の耳にも入って、時期消えます」
「なるほどな。小学校の頃と比べたら、拡散力は高いがその分、セキュリティは高いわけだ」
「そういうことです」
星園グループは、今の日本の財政力を立て直しさせた企業として知名度が高く、その分昔よりも圧力がある。下手に危害を加えようものなら、上が黙っていないということだ。
そのようなことを平然のように述べる麟だったが、その表情の奥には、微かな雲行きが漂っていた。
ほのかと結翔もそれに気づきはしたが、特別訊く真似はしなかった。
いつもであれば突っかかりに行くはずの結翔も、黙って聞く側に回っていた。
何しろ2人にはわかっているからだ。麟は2人と違い、影のある世界で生きているということを。
それを向ける矛先を、麟が見誤らないということを。
「まぁでも、もし変な奴がいたら声かけろよ?」
「そうだよ麟ちゃん! 抱え込むの、身体に悪いんだからね?」
「……ありがとうございます、2人共」
後ろを振り返れば、友達が居てくれる。
幾度もなく見てきた関係のはずだが、麟にとって2人は、かけがえのない大切な宝物のように思っているのだろう。たとえ何度喧嘩しても、どれだけほのかに叱られても。それが麟にとっての『大切なひと時』なのだ。
「……では、さしあたっては難ですが――今日の勝負は、私の方が『勝ち』ということでよろしいかしら?」
「――はぁ!?」
唐突に引き戻された今朝の決着と勝敗の有無に、
クラス中が彼の声の方へと視線を動かすが、それに構わず、議論を呈し始めた。
「おい、ちょっと待て!! 何勝手に自分が勝ったことにしようとしてんだよ!!」
「だってそうでしょう。状況的には、確実に私の方が押していたわけですし。現にその右腕に付いた傷跡は、私の剣によって負ったものでしょう? 加えて私は無傷。ここに全ての証明が残っていると思いますが?」
――あぁ。あのとき確か……。
「血も出てねぇ完全に掠っただけだろうが!! それに何だよチタンダ合金って!! お前どんだけの『対価』を支払ったらあんなの生成出来んだよ!! 反則だろあんなの!! こっちは生身だったんだぞ!!」
説明しよう。チタンダ合金とは、かつて星園グループが製造と分析を繰り返した故に発見したとされる、金属と同等、もしくはそれ以上に硬いとされる製造物質である。
つまり――結翔でなければ、相手の拳から衝撃が全身に伝わり、骨折、もしくは骨ごと砕けてしまうため、良い子は真似しないようにしてください。(※そもそも存在しません)
「あら? おかしいですねぇ。私は『本気で行く』と確認を取りました。そしてそれは、結翔だって同じ条件だったはず。それなのに舐めプをして最後の最後まで手加減しようとしたのは、どこの何とかさんだったかしらぁ?」
「ぐっ……!? そ、それはそうだが……!!」
完全な後押しに言葉を詰まらせる結翔は、蒼白な表情を浮かべる。
結果的にはほのかが止めに入ったことで引き分けとはなったが、傷を負った・負わなかった、本気を出した・出さなかったの違いで捉えるなら、敗北者は結翔ということになる。
――ただそれにしたって、随分無茶苦茶な理論ではあるけどね……。
と、ほのかは心の中で苦笑していた。
「はーい、そろそろホームルーム始めますので、みなさん席に着いてくださいね」
そんな折、教室に入って来た担任の先生の声かけによって「これは、一時中断ですね」とやむなく中断にさせざるを得なくなってしまった。
(……2人共、絶対反省してないよなぁ。知ってたけど)
麟と結翔の異なった表情を見比べるほのかは、今朝の出来事が帳消しになっていない事実に思わずため息を溢したのだった。
犬は黙って「ワンッ!」と鳴け。~転生して無力な犬になった元英雄は、孫と第二の人生を歩みたいが、実はその孫最強でした!?~ 四乃森唯奈 @sakurabana0612
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