第2話

 2人の声を聞いて放心状態のほのかには見向きもせず、りんは小さく『』と呟くと、地面を勢いよく蹴り、結翔ゆうととの距離を一瞬にしてゼロにしてきた。そのまま回し蹴りが結翔の腰に直撃……したかのように思えたが、何ともないような顔をして受け止めていた。


 余裕そうにニヤっと微笑む結翔から麟はすぐさま距離を取るが、その僅かな隙を結翔は見逃さない。

 結翔は麟の頭上へと跳躍し、落下の勢いを利用した右ストレートを嚙まそうとした。



「『トレード』」



 だがその瞬間、何もない空間から鋭く切れ心地抜群そうな剣が麟の手元に現れ、渾身の結翔の一撃をギリギリのところで受け止めたのだ。



(……、使ったのかな? 本気で行くとか言ってたし何となくそうじゃないかとか思ってはいたけども……)



 結翔は負荷を加えつつ、びくともしない剣に対し苛立ちをつのらせた。


「おっまえさぁ!! 生成するのはわかってたけど、その頑丈込みは反則だろうが!!」


「あらら……そんな余裕、あると思ってるのかしらぁ……!!」


「……くっ、っ!!」


 力強く言い放ち、麟は力限りに押し返す。

 押し返された結翔は、すぐさま距離を取って体勢を立て直す。


 ふぅ、と一息吐きながら立ち上がった麟ちゃんの手元に露わになった剣は、チタンダ合金でも使われているのかと疑いたくなるように輝かしく、まるで昔お爺ちゃんが話してくれた『異世界の英雄たち』に出てくる剣の英雄みたいな……って、どんな話だったっけ。


 思い返すかと思えば、すぐに記憶から除外される。

 ほのかの記憶は、誰かに操作されてるような……そんな違和感さえ感じれるほど不自然だ。


「あっぶねぇ……。あそこで引かなきゃ、ぜってぇ斬られてたな」


「おっしいなぁ。もう少しで結翔のことを殺せるかと思っていたのに」


「実の親友を殺しにかかる奴があるか! オレでさえそこは加減してんだぞっ!」


「あらあら? さっき『手加減なんてしない』とか『そんなん当たり前だ』とかほざいてたのは、一体どこの誰だったかしらぁ~? ……私、中途半端は嫌いなのよ。知ってるでしょ?」


「……っ!!」


 や、やばい! こいつに本気出されたらここら辺一帯が大変なことになる!

 最悪の場合――死者が出る可能性だって、普通にあり得る。


 で、でも、結翔が『リミッター』を解除したらどうなるのかぐらい、1番の仲である麟ちゃんが考慮しないはずもないし……。


「……それ、本気で言ってんだな?」


「当たり前でしょ? 私のこと、あまり甘く見ないで頂戴。を見てくれる2人だから、こんなに信頼しているんだけどね。それとも結翔は、違うのかしら」


「……そうかよ。んじゃあ――ちょっとばっかし、本気で行くぞ」


「り、リミッターは最小限に――」


 そう言ったのも束の間、私の警告は虚しく散り、大気に振動が激しく伝わり波を起こし始めていた。震える大地、荒れ狂う風。……この感じ、何パーセント引き出してんのよ!!


 荒れる風を真正面から受ける麟ちゃん、腕で風から身を護る私。

 そして何より、こんな争いに無慈悲に巻き込まれた新入生と保護者達が本当に可哀想だよ!!



「きゃあああああーーーー!!」「な、何だよこれぇえええーーーー!!」「だ、誰かぁああああーーーー!!」



 辺り全体から悲鳴と動揺する声が響き渡ってくる。このままじゃ、この辺り一帯を吹き飛ばしちゃうじゃん絶対に!! ……もう、本っ当に世話が焼けるんだからっ!!


 仲が良いのは結構だけど、ほどほどにして欲しいんだよね! 喧嘩するのも、能力を使うのも!



「『身体強化・バフ』」



 結翔は自身へ呟くようにして『能力強化』を身体へと施した。

 しかし望み通りの展開のはずが、麟は訝しげな表情を浮かべた。


「……本気、ではなさそうね。それで私の【資金トレード】とやり合えるとでも?」


「……あぁ。確かにお前の生成能力には敵わねぇけど、こんだけのバフがあれば、本領を発揮してないお前を倒すのには十分だ」


「ふーん、言ってくれるじゃない」


 不敵な笑みを浮かべる麟。そして、全能力を開放してきれていないにしても本気の目で彼女を鋭く射抜く結翔。2人の喧嘩を抑える手段は、もうない。ほのかが最初から間に入れていなかったときから。――と、普通は諦める場面ではあるが。


「……来い」


「言われなくても」


 お互いに、お互いしか見えていない。


 小さい頃から、ほのか達はずっと『異端者』として見られてきた。だから、彼女達の世界には受け止めきれる人間がいない。家族だってもちろん、それに含まれる。


 初めから3人だったのかもしれない。



(だけど――そうだったとしても、誰も私達の空間には入れなくても)



 瞳を閉じ、意識を集中させる。

 身体全体を熱いエネルギーが覆い、力がほのかの中へと集まっていく。


 凝縮されたエネルギーを能力へと変換し、ほのかは脳内で“イメージ”を拡散する。



「『仮想空間』」



 その瞬間、ほのか達3人は、どこかこの世とはかけ離れた『仮想空間』の中へと一瞬にして包まれてしまった。


(……やっぱりダメだ。誰もいない、静かで無機質な空間を“イメージ”しようとしたら、こういう空間しか想像が出来なかった。ここは私が創った空間。正確に言えば、私がイメージした上で創造された一時的な空間。解除すれば、すぐさま元の場所には戻れるけど)


 ほのかは目の前に佇む幼馴染2人へと視線を向ける。


「これは……」


「……もしかして、ほのかの能力か?」


 広がった空間には、文字通り『何も』ない。


 だけど手を伸ばせば、どこかには繋がっていそうな……まるで『夢』を見る前のような、無機質な空間。息も出来るし、身体も動かせる。そんな基本情報だけを整理して、ほのかは2人の元へと歩み寄る。


「夢のような無機質な空間……と言ったところかしら?」


「あぁ、ほのかの“イメージ力”から考えれば、そんなところだろ」


 麟と結翔は構えることなく、突如広がった空間へと視線を移す。

 着崩された制服を整えながら、麟はほのかへと言葉の矛先を向ける。


「ほのか、どうしたんですか? いきなりこのような空間を創造するなんて」


「…………」


 とぼけた様子もない純粋な疑問を、麟はほのかに投げかける。


「そうだ。いきなりどうしたんだよ」


「………………」


 そしてそんな反応は、結翔からも返ってきた。

 言いたいことは山ほどあった。どうして見境なく喧嘩をするんだとか、どうして周りを気にせずに始めるんだとか、どうして能力フルスロットルしてるんだとか。


 そんな、怒りたい気持ちはたくさんあったはずだった。

 大きく息を吸い込み、ほのかは2人に対して然るべき言葉を放つ。……つもりだった。


「あのさ……入学式、遅れるんだけど……っ!!」


 ……が、ほのかは2人を叱らず、この後の用事を優先してしまったのである。

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