2 キメラ
アンコに友だちが告げた。
「ねえあのヒト、でも超かわいそう。あたしたちくらいしか構ってくれないんだろうね」
不規則な接続詞の使い方をするのは常のこと。
「だからあたしたちは、ね、ほら」
「二時間のガマンだしね」
「ガマン! あたしら優しすぎ!」
アンコは神妙な心地になって零した。
「……ホントに心配になってきた」
「アンコやさしーっ! え、超聖女」
友だちは笑いを堪えきれないように、アンコの背を叩いた。
「ここ辞めて、あれを雇ってくれるとこある?」
『ここ』は塾のこと、『あれ』は塾講師の
仲間内で通じる指示語を連発している間、なぜこんなにも結束力が高まったように錯覚するんだろう。ああ、楽しい……。
「あのヒトねー多分、『あーした転機になーれ』ってかけ声かけるヒトに再就職するよ」
「転機!」
「ふはっ、ホームのレスのヒトじゃん。餓死じゃん」
彼女らを見ながら、おどおどビクビクしたメグリの目を思い出して、アンコは腑に落ちた。
――そっか、あのヒト可哀想なんだ。ウチらが構ってやんなきゃ、なんだ。
陰で散々、他の講師や塾長に嫌味を言われていることは、塾の生徒全体に広まっていた。友だちもいないのだろう。
以来アンコはよかれと思って、メグリに積極的に話しかけた。
関わるにはなにか口実が必要で、そのために頼み事をたくさんした。それが単なるパシリとは気づかずに。
アンコが、キメラに
真っ当な人間にも、壊れきった怪物にも、心を寄せるのは難しい。
きっと変化が好きなのだ。どちらに転ぶか分からない不確定さに惹かれる。
彼女はチョウチンアンコウになった。
コンビニの駐車場で表情を凍りつかせていた塾講師のメグリを巻きこんだのは、その場のノリでしかなかった。
水深約七〇〇mの深海。
一面の砂泥底から、頭を伸ばすように点在する岩場。
「どこ……え、なっ……ごぼっ⁉」
慌てふためき、一瞬遅れて苦しげに溺れはじめたメグリを放置して、アンコは深海の岩場に身を滑り込ませた。
アンコの目には日光が仄蒼く海底を照らしているのが視認できるが、ただのヒトであるメグリには真っ暗闇だろう。
そして、水温。マイナスまではいかないのだが、薄着の人間には低温すぎる。
あと、水圧もかかっている。
ああ、その前に水のなかじゃヒトは呼吸ができないのか。
溺死しかけたメグリの腕を掴んで、岩場の隙間に引っ張りこんだ。
岩場の奥は、アンコの家だ。
地上と同じ環境――空気があり、水圧もない、完全にヒトの住まう部屋だった。
アンコとメグリはタイル張りの廊下に放り出された。
咳きこむメグリを、アンコは「ほらほら」と催促して、廊下の突き当りにある風呂に連れて行った。
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