その10

 俺はM1917を構え、扉に近づいた。

”そこらに銃が散らばってるのに、何でそれを使わないんだ”だって?

 見損なうな。

 俺はこう見えても基本に忠実な探偵だ。

 私立探偵は免許所持者一名につき、一丁の業務用拳銃の所持、携行、使用が許可される。

 簡単に言えば、どんな理由であっても、一丁しか拳銃を持ってはいけないってことなのさ。

 法律なんぞ糞くらえ・・・・と言いたいところだが、そこは俺だって守るべきは守るのさ。

 扉を思い切り開ける。

 そこにいたのは・・・・、

 諸君らのご想像通りだ。

 

 猿轡さるぐつわを噛まされ、手足を細い鎖で縛られた女・・・・そう、あの手帳にあった、ただ一人の女である、岡村ユカリだった。

 その傍らに立って、今まさに細い鞭を振り上げた男が立っている。

 例によって顔は黒覆面、全身黒づくめの戦闘服を身にまとっているが、こいつが誰なのか、懸命な諸君には、もうお分かりだろう。

 椅子に縛り付けられた彼女は、眼をひんむいて、何か叫びながら身体を大きく揺らす。

 椅子の脚がコンクリートの床に当たって、大きな音を立てる。

 黒づくめは手に持った鞭を捨て、腰のベルトから、SIG226を抜くと、銃口を女の頭に突き付け、

『それ以上近づくな!近づけばどうなるか・・・・・』

 ヒステリックな声でわめきたてた。

『やってみなよ』

 俺はM1917の撃鉄ハンマーを起こし、銃口をまっすぐ奴の額に向け、自分でもはっきりそれと分かるほど無感動な声で言った。

『そうすりゃ、俺はためらわずに引き金を引く。当然この距離だ。間違いなく外さず、一発でお前はあの世行きだ。目の前で人が殺されたんだ。警察オマワリどもにだって文句は言わさねぇ』

 それから俺は額に捲いたヘッドバンドを片手で叩いて続けた。

『こいつはアメリカ製の小型CCDカメラだ。勿論マイクも仕込んである。何が起こったか一部始終は全部撮ってる。この意味、分かるよな?』

 奴は喉の奥から鋭い叫び声をあげると、銃口を俺の方に向け、一発発射した。

 だが、俺はその動きをあらかじめ予測していたので、直ぐに横っ飛びに避けると、弾倉レンコンに残っていた弾丸タマを二連射する。

 一発は奴の右肩を貫き、もう一発は左わき腹を抉っていた。

 流石、.45ACP弾の威力はすさまじいな。

 奴は後ろにふっとび、背後のコンクリートの壁に激突する。

 俺はポウチから新しいハーフムーンクリップを詰め、銃口を向けたまま奴に近づき、その手からSIGをもぎ取って弾倉マガジンを抜き、それから顔を覆っていた覆面をむしり取った。

 思った通りだ。

 痩せた、どことなく気が弱そうな、しかしそれでいてくらい鋭さを秘めた眼差しを持った男・・・・犬神誠太その人だった。

 記録を読んでいる諸君は、別の意味でがっかりされただろう。

 無理もない。

 こういう場合、意外な人物が犯人である、ってのがミステリーの常道だからな。

 だが残念ながら、これはありきたりな推理小説じゃないんでね。


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