第6話 立飲みの女性客

「こんばんは~」


 プリキュアの話が出たところで、彼らより幾分年長の女性がやってきた。駅前のある企業の支店に勤めていて、広島県から毎日通ってきているという。この店には週に1度かそこら、帰りに立寄って日本酒を軽く一杯飲んで帰ることがある。この店に来るのは圧倒的に男性が多いのだが、こういう女性客の常連もいないわけではない。以前は米河氏や賀来氏より少し年長の同僚の男性と立寄ることが多かったそうだが、彼が転勤して以降、彼女はたいてい一人で来ている。彼女は日本酒を一杯注文し、250円の現金をすぐに支払って、飲み始めた。

 この店の「流儀」は、グラスの上一杯にまで酒を注ぐこと。最初は手で持たず、客は誰もが、テーブルの上のグラスに口をつけて最初の日と口をすすって飲む。彼女もまた、そうして最初で最後の一杯の、一口目を口に流し込む。


「おかあさん、お元気にされていましたかー?」

「まあ、おかげさまでなぁ~。この1カ月半ほど何もないものじゃからなぁ、ホンマ、退屈したわなぁ」

「コロナの支援金は、もらわれました?」

「いや、もらっとらん(キッパリ)。うちは年金もあるし、わざわざ今さらそこまでして国からお金をもらう気はないわ。ここも再開発でもうすぐ立退きじゃし、なあ。そりゃあ、子どもを育てでもしとれば話は違おうけど、私もお父さんも、もう年じゃからな。いつまでもがめつくしがみついても、仕方なかろうに・・・」

 女性同士で話が進む。彼女が来店したときは、いつもこんな感じだ。


 50代前半の男性2名は、その横でかれこれ話している。その間にも、しばらく来ていなかった常連客が何人か来た。多少の年齢の幅はあるものの、すべて男性。仕事帰りの人もいれば、悠々自適の年配者もいれば、先の同級生らよりいくらか若い、自由業をしているという人も。

 それぞれ飲み物を頼み、また、セルフサービスで冷蔵庫から各自、酒の缶とつまみを出して自ら会計を済ませ、それぞれの場所で、一杯ひっかけていく。


「あんた、またそれ、おとなのおもちゃ、な~」

 米河氏がタブレットをいじっているのを、親ほどの年齢の女性店主が呆れつつ茶化す。

「え、その眼鏡の女の子は、誰ですか?」

 女性客が尋ねる。

「あ、これ、毎週日曜朝に放映されているトロピカルージュプリキュアに出てきている、キュアパパイアの一之瀬みのりちゃんです。実は、私の娘でして・・・(苦笑)」

「確かに、似てはいますねぇ・・・」

 彼女はタブレットの少女をそう評し、日本酒をすする。彼女は独身のままだそうだが、弟の子、つまり甥がいるが、それでもアニメのその少女よりは年上であるとのこと。もちろん彼女とて、彼の弁を事実だと認識しているわけではない。

「しかし、あんた、なぁ・・・(苦笑)」

 女性店主が呆れている。これも、いつものこと。

 

「こいつ、最近になってこういうことまで言い出して、何事かと思いきや、この前彼の関係者に聞いたら、去年亡くなられたある先輩の言動が乗り移ったのではないかとか、そんなこと言われていましたよ。まあ、何が何だかわからん奴ですけど、こいつが言うから、さあどんなものかと、私もね、プリキュアを最近観だしまして、なるほど、この一之瀬みのりという娘とこいつの少年時代の言動、相通じるところはありますね。それで親子と言われれば、まあ、そんな親子も、あるのでしょう、彼がそう言うのなら」

 賀来氏が、同級生の作家の近況にかこつけて、残りわずかとなったグラスの中のビールを飲みつつ、解説してみせた。


 時計の針が、縦軸にそろった。

 午後6時。

 この時期になると、さすがに外はもう暗い。


「それじゃあ、帰ります。ごちそうさまでした~」


 かの男性客らより一回り年上の女性客は、グラスの酒一合を約10分程度で、店主の女性との話を酒の肴に飲み切った。

 その間、特につまみを口にはしてはいない。

 バッグを持ち、店主と先客の男性らに挨拶して、彼女は駅へと向かっていった。

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