第2話 趣味の虫干し?!

「お待たせいたしました」


 先程の女性店員が、コーヒーカップを2組と銀色のポットを盆にのせ、やってきた。

 カップをテーブルに置き、彼女は、銀色の物体から黒い液体を双方に注いだ。

「それでは、ごゆっくりどうぞ」


 彼女は、二人の50代前半の紳士たちにお辞儀して、去っていった。その彼らはどちらも、砂糖やミルクを入れることなく、ブラックのまま飲み始めた。


「こんなところでやれミルクだの砂糖だのを入れとったら、キリないからな」

「ぼくも、そうしているよ。別に尿酸値とか血糖値とか、そんな理由じゃないけど。それより何だ、君のブログじゃ、朝ラーメンを食べる機会が多いそうだな。ラーメンの後に病院に行って尿酸値アップとか、その日我慢して正常とか。ったく、アホかいな」

「おっしゃる通り、阿呆でございます。しかしこれは自らを実験台のモルモットにしての生体実験であって、単なる不摂生ではないことを主張いたしておく」

「相変わらずの弁を立ててくれるなぁ・・・。まあええけど、本題に行こう」


「そうやね。で、単刀直入にお聞きする。賀来ちゃん、今年の総選挙、出るのか?」

「うん、比例でね。中四国ブロックになった。岡山に実家があるからこれは重畳。だけどな、自分自身で言うのもなんだけど、ぼくは政治家にはあまり向いてないと思っている。それなら余程、米ちゃんの方が向いているだろう」

「そういうものかもね。わしはある意味、お祭り野郎的な要素があるから、ねぇ」

「政治家志望者なんて、多かれ少なかれそんなものじゃないか。九州の保守系の市議さんが、ある野党のことを「お祭り野郎」なんて言っていたけど、そもそも論として、政治家なんておおむねそんなものでしょ。選挙の仕事やってきた君ならよくわかるだろ」

「わかるよ、イヤというほどね。そうそう、中央大学の法学部に行って現役で司法試験にも合格した母方の伯父あたりに言わせればダナ、政治家なんて職業は馬鹿がやるものなのだそうで、なんせ夏目漱石の坊ちゃんで言われている酒飲む奴は馬鹿と併せて、酒飲んで政治でごろつくわしなんか、まさに、馬鹿の極めつけってところでしょうよ」

「ぼくは、君みたいに馬鹿は演じ切れん。というかそもそも、無理筋だ」

「だろうね。あんたは優秀な国家公務員だったのだろうけど、それが政治家としても優秀であるとは限らんのは確かや。でも、賀来ちゃんの置かれた状況じゃ、もはやこの期に及んでそんなことも言ってはおれまい」


「それよりまずは、あのエッセイの話を聞きたい。米ちゃんがよつ葉園に居た頃だっけ、消灯後に密かにベストテンを観ていたって話。賀来家では、妻と娘には隠し事はしないという方針を掲げてやってきて、まあ、それなりに家訓として機能してきたと思うけど、このところ、妻はいいとしても、問題は・・・」


 エッセイの話と言いながら自分の家庭のことを話すのかと言いたくなったが、米河氏はそこをあえてつつかず、彼の話に乗って行くことにした。


「娘さんだろ? まどかさんね」

「ああ。今高2だけど、高校受験のときが大変だった。東京の地元の公立高校に行くか、改めて私立に行くか、はたまた英国にでも留学させるか、ってことで、まあ、英国云々は妻の実家の方がそういう提案をされておいでだった。悪いとは言わんけど、まどかがこの日本社会で生きていくことを考えたら、まあ大学までは日本にいたほうがいいとぼくは思うのよ。ほら、よつ葉園に居たZ君みたいに大検とか、絡め手としてはいいと思うが、できればダナ、それなりの生徒の集まる私立に行かせたいと。だがまどかは、中学受験もしないで公立の中学に行った。さすがに、内申も成績も問題なかったが・・・」

「で、娘さんご本人は、都立高校に行っているよね?」

「まあね。でもなぁ、父親としては、あまり行かせたいという気が起こらなかった」

「そういう御尊父ご自身は、O大附属から県立A高。同じようなものじゃないか?」

「まあそうだけど、東京だぜ、東京。岡山とは違うよ。出身高校がいつまでも言われるような場所じゃないから、公立高校のメリットなんか大学に行ってしまえばもう何の意味もないだろ。さすがにあのZ君みたいに、大学行ってしまえば高卒資格なんて鼻紙のようなものだとか、そこまで言う気はないけど(苦笑)。で、同窓生のつながりの強いあそこあたりならいいのではないかと、私は本人にも妻にも説得したが、どうもな・・・」


 彼らは目前のコーヒーを飲み干し、先ほどと別の女性店員にお代りを所望した。


「ところで賀来ちゃん、今から女子高生になって女装して、娘のまどかさんの代わりを演じて生きる? もしそうなら、わしはそれ以上何も言わんけどな」

 彼らしい例えと思いつつも、賀来氏はまじめに反論する。


「昨今の「キモイ」以外の何物にも表現できん例えを出すな(爆笑)! そもそもだな、松田聖子の歌を何十曲も歌詞見ずに歌い倒した上に、今のトロピカルージュプリキュアのキュアパパイアの一之瀬みのりが自分の娘とか言い出す50代のおっさんに「だけ!」は言われたくないぞ。何だ、ありゃあ(苦笑)? それとも何だ、横浜銀蝿風のスケ番でもオレにやれとか? 馬鹿を装ってビリギャルとでも銘打って紙を茶色に染めて、それで、もう一回東大受けて現役合格とか? どっちにしても、オレは勘弁被るよ」


 予想通りの反撃が来たな。米河氏は、対手を一気に畳みかけることにした。


「ま、とりあえず、普通に女子高生だろうとビリギャルだろうと、どれに転がっても想像するだけ気持ち悪そうなのはこっちも一緒だな」

「それまさに、泥酔して松田聖子の歌のおまえが言うな! ってやつ(苦笑)!」

「わっはっは。今までの話は、まあ冗談。じゃあこれから、まじめな話ね」

「お願いだから、そうしておくれよ」


「それじゃあ、まじめに行くよ。父親である君と娘のまどかさん、これまでは父子一体的に生きてこられたのか知らんが、彼女がこれから生きていくのは、ベストテンの時代でもバブルの時代でも2階建て新幹線の時代でもない。ブルートレインや食堂車はもうとっくにないし、御存じのとおり、新幹線でこそ一部路線の昔で言う一等車扱いのグランクラスや東海道筋はまあ別格としても、山陽区間の「こだま」とか、まして在来線の地方路線の特急なんか、食堂車どころか車内販売さえなくなりつつある時代だぞ。わし個人は辛いけど、しょうがないわ。わしは運転免許取る気もなくここまで来たが、自動車にしても、スーパーカーどころか、若者のクルマ離れが話題になる時代やで。もっと言えば、あの頃はわしらが男だからこそ通用していたこともあったろう。しかしだな、まどかさんは女性だし、時代背景も社会情勢も、完全に違う時代を生きていくのだぞ、おわかりだろうけど」

「わかるよ、君の趣味趣向の虫干しをしたかっただけね(苦笑)。それは冗談だけど、ごめん米ちゃん、とにかく言わせてくれ。あの娘(こ)が中学生になって間もない頃から、父親であるぼくの知らないことを抱えて日々生活している気がしてなぁ。無論、君のいたよつ葉園みたいに決めたテレビ番組以外見るなとか、そんなくだらないことは言ってない。低学年の頃は、あまりに遅すぎる夜更かしは注意したけど、小学校の6年間で2、3回かそこらだ。その度に、昔君がよく言っていた「幼稚園のガキでもあるまいし、9時やそこらから寝ていられるか」って言葉、思い出したものよ。でもなぁ、家の外でのまどかの様子を妻から聞くにつけ、なんだか、ぼくの手の届かないところにまどかが行ってしまいそうで、ついつい、厳しく言いそうになったこともあった。そこは母である妻がとりなしてくれたから大抵何とかなっていた。彼女も、おおむね君と同じようなことを言っていた」

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