秘密のゆくえ

与方藤士朗

第1話 同級生の再会

 1969(昭和44)年度生れ、小学校には1976(昭和51)年入学。

 2021(令和3)年の誕生日を待つことなく、すでに50歳を超えている同級生2人が、岡山駅前のホテルのラウンジに現れた。そのうちの一人、米河清治氏は、叔父が経営する学習塾の運営から手を引き、作家として名を成しつつある。一方の賀来博史氏は、大学卒業後✕✕省にキャリアで入省し、これまで勤め上げてきたものの、この6月末で退官。

 彼らは数年ぶりに、幼少期を過ごした岡山で再会した次第である。彼らは、駅前通りから見えない位置にあるテーブルに陣取り、店員を呼んだ。

 彼らからすれば娘ほどの年齢の20代と思しき女性店員がやってきて、ブレンドコーヒー2人前の注文を受けた。


 女性店員が去るや否や、四角で黒縁のセルロイド眼鏡にごく普通の紺色の二つがけボタンのスーツとネクタイを身にまとった紳士が、ヒョウ柄感のある丸いセルロイド眼鏡をかけた黒地にダブルの二つ掛けスーツに蝶ネクタイの紳士に向い、おもむろに口を開いた。

  

「米河さん、まずは御報告。わたくし賀来博史は、本年6月末をもって✕✕省を退官いたしました。まあその、この後何をするかにつきましては、すでに貴殿におかれてはお判りかと思うが、ま、そういうことで、お呼立てしてお話する次第でございます」

「そうですか、賀来さん。えらく改まって何事かと思えば、そういうことでしたか。そりゃあ、賀来博史さんが何をされようと、基本的には憲法で職業選択の自由が保障されておるわけですし、私が同級生だか友人だかと銘打って、あなたに文句を言う筋合いも権利もありませんから、そこは問いません。とりあえず、お疲れ様でした」

「ありがとうと言っていいのか、何といっていいのか。でもま、そういうこと」

「それはもうわかっとる。でなぁわし、先日エッセイを出したけど、ご存知?」


 そのエッセイとは、彼の幼少期、よつ葉園という養護施設(現在の児童養護施設)で過ごしていた頃の話。

 米河氏の書く文章を、賀来氏は欠かさず読んでいるという。


「ご存知なんてものじゃないぞ。しっかり、拝読いたしましたよ、ええ。それにしても君は、あの頃とちっとも変わらん感性をしとるねぇ・・・。いやいや、別に他意はない。君が言うところの、田井は玉野市。岡山にはない。岡山と玉野の合併も、どうやらなさそうだしな。ま、岡山が首都にでもなれば話は変わるかもしれんけど。それはいいが、あんな小学生の頃のこと、よくいまだに覚えているものだよ」

「あの頃のことは、まあ正直なところ思い出したくもないし金輪際お断りだな、あんな有象無象な場所で群れさせられて云々は・・・」

「その罵倒表現も、相変わらずだ。20代の頃に言っていただろう。ぼくの結婚式の披露宴の後の二次会で、君が何やら演説していたな、確かK君とT君相手に」

「ああ、あの話ね。結婚相手に望むこと、邪魔だけはしないでくれ、ってやつね」

「よりによってあんなところで、なぁ。その言葉に復讐されて、君は相変わらず独身をとおしていると解釈しているが、大作家さん、何か異議おありか?」

「辣腕キャリア官僚閣下の御見解には全面的に同意いたしかねる。その言葉の刃を受けたのではなく、弾除けにして身を守っているのである。こんなんで、よろしか?」

「わかった、わかった。それこそが君の君たるゆえんだからな。そうそう、うちの娘のまどか、インターハイの弓道女子個人戦で、激烈なデッドヒートを制して優勝したぞ」

「それは何より慶賀に堪えますまい。おめでとうございます」

「ありがとうございます」

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