勘違いさせる
ゴブリン共は蛮勇宜しく突撃のみしてきている。
頭の切れる個体もいないようで、数に任せての力押ししかしてきていない。
だからこそ何とかなっている状況だ。
あまりにも数が多い。
村人共の疲労の色が濃い現状、損害なくこの襲撃を凌ぐ事は不可能か。
ペス村の統治をフロレスク伯爵より任命され、この地を治めているツァラヌ男爵は声を張り上げ激励を発しながら馬上から状況を睥睨していた。
そんな事を考えているおり遠くから声を張り上げる声が聞こえる。
「これより魔法で援護する!!」
救援か!
誰だか知らぬが助かる。
「助かる!
皆の者、救援者だ!左方向から魔法が来るぞ!」
と、声を張り上げ前線を維持している槍を構えた村人達をどう動かすべきか、それを見極める為に、救援者の動向を観察する。
なんと、魔法をあれほど無造作に放つとは…
これは攻勢に出られる。
「槍上げー!」
混乱をきたしつつあるゴブリン共をさらに追い詰めるべく槍による攻性を高めた。
その後は終始優勢を維持し続け、村人に死亡者が出ないまま戦闘は終了した。
「村長!
ゴブリン共の死体を集めておけ。
それと何処か適当なところに穴を空け、死体を燃やす準備も整えておく様に、いいな?」
若い衆に交じり槍を握っていた、白髪交じりの男性が振り向き駆け寄る。
「はい、仰せのままに」
「任せた。
お前は着いてこい」
従者をしている息子に声を掛け、此度の戦闘の功労者の元へと向かう。
あれほどの魔法使いである、礼を欠き感情的な行動に出られると叶わんからな。
さて、件の魔法使いの元に行こうとするか。
ゴブリン達を一掃し、
もう少し威力の強い魔法で一掃する事も出来そうだな。
魔法の出力、継続性共にまだまだ余裕がある。
この辺りの加減はこれから経験を積んで行かないといけないか。
さて、それはそれとして、あの騎士さまとはどう話を進めますかね。
惑とツァラヌ男爵はお互いに近寄り、話をするに問題ない距離まで近づいていく。
ツァラヌ男爵は馬から下り兜を外し惑へと語りかけた。
それを見ていた彼の息子が瞬間であるが驚いた雰囲気を醸し出したが、惑とツァラヌ男爵双方は特にそれに言及する事なく話を始めた。
「此度の救援、誠に感謝する。
我はツァラヌ男爵。フロレスク伯爵よりこのペス村を任されている者である」
「男爵様、この様に襲われている者があらば助けるのは道理というものです、どうかお気になさらずに」
「うむ、して。そちの名はなんと申す?」
「これは失礼しました。
私はマドカと申します」
「では、マドカ殿、此度の件について報酬を支払わせていただきたい、我の屋敷で労も労いたいので着いてきてくるか」
「はい、有り難きお言葉」
「ふむ、着いて参れ」
兜を従者に預け馬に再び跨がるツァラヌ男爵に導かれ、開惑…マドカは招きに応じて着いていく。
途中ツァラヌ男爵は村長を呼び、屋敷に向かう事を告げ、何かあれば直ぐに呼びに来る様に告げつつ、ゴブリンの死体処理の準備が終わり次第報告に上がる事も伝え、屋敷へと向かっていった。
長閑な風景の中佇むツァラヌ男爵邸の佇まいは、他の村人の家が平屋ばかりの中で二階建てと目立つ作りをしていた。
さらに周囲には、腰の高さ程の石壁が築かれていて、村の周囲を囲うように作られた石壁よりかは厚みが薄いものではあるのだが、明確に敷地を誇示する塀は男爵邸のみであり、貴族としての威厳を明示する目的が窺える造りであった。
「帰ったぞ!」
ツァラヌ男爵が声を張り上げると、屋敷の中から一名の犬型獣人のメイドが現れた。
「お帰りなさいませ御館様」
「うむ、此方は此度の襲撃の際、救援に駆けつけた恩人だ。
我は甲冑を脱いでくる故、その間あれと共にお相手をするように」
「畏まりました」
「ではマドカ殿、我は先に甲冑を脱いでくる故少々時間をいただく。
その間、我妻がお相手をする」
「はい、解りました男爵様」
メイドはマドカの元へと近づき「こちらです」と、身振りを交えて案内を始める。
「父上宜しいので?」
「なにがだ?」
甲冑を脱ぐのを手伝いながら父である男爵に疑問を呈するする息子。
「ここまであの者にする必要があるので?」
「…、お前はあれほどの魔法使いを見た事がなかったな。
あの歳であれほどの魔法を行使出来る様になるには、才能と努力が必要だ。
そして、その努力をするだけの余裕ある環境が必要でもある。
実際、唯の旅の者という雰囲気ではなかっただろう」
「はい」
「この辺りでは見かけぬ見た目であの振る舞い、何処か遠方から流れてきた貴族ないしは有力者の子息の可能性もある。
その上であれだけの実力だ。
礼を尽くしておいて損は無い。良いな?」
何処か釈然としていない息子を窘めるように言葉を繰りながら、男爵は甲冑を脱ぎ、二人は身なりを整えていく。
マドカは男爵夫人とペス村周辺の事を語らいながら、紅茶を愉しんでいると。
甲冑を脱ぎ身なりを整えた男爵と従者が現れた。
「お待たせした。
まずは改めて紹介しよう。
我はカタリン・ツァラヌ男爵、これは妻と息子になる。
さて、マドカ殿早速だがまずは報奨の件からよいか?」
男爵の妻と子供が軽く会釈するなか男爵は言葉を紡ぐ。
「はい、男爵様」
「此度の件、相手はゴブリンと言えどあの数の襲撃に対しての救援と言う事を踏まえ、銀貨五枚で如何だろうか?」
「謹んでお受けします」
「うむ、不満が無いようで安心だ。
持って参れ」
「はい、貴方」
男爵夫人が銀貨を持ってくる為に、メイドと共に一言断りを入れつつ退出していく。
「さて、それはそれとして、幾つか気になる事がある。よいか?」
「はい、何でしょうか。男爵様」
「マドカ殿はこの辺りの出自ではないように見受ける、どこからいらしたか?」
マドカは入力された情報から、適当に自分と似通った特徴を持った人が住む地域を見つけ、詳細をわざとはぐらかし答えていく。
「はい、北方の地より知見を広げるために諸国を旅しております」
ツァラヌ男爵はその物言いと、どこか影のある
これは何か言えない理由があると。
確かに、マドカが抱える問題は荒唐無稽過ぎて言っても信じて貰えないものであるのだが、男爵は異世界への転生等と云う発想がない為に、何かしら権力闘争なりに負けたか、家の継承権にでも嫌気でも差したのだろうか、等の理由を勝手に思い浮かべるのだった。
これはマドカの思惑通りであった。
思わせぶりな態度と言動をすれば、ある程度の知識人であれば察してくれると。
「なる程、色々と事情がありそうだ」
「察していただき有り難う御座います」
「なに、気にする事は無い。
ここより離れた地での事であろう。
特に問題が起こらなければ此方から詮索する事はしまいよ」
ツァラヌ男爵は考える。
これほどの人材が今まで何処にも見出されずにここまで来た理由を。
何か個人に起因する致命的な問題が、この目の前の魔法使いにはあるのだろうかと。
「ふむ、諸国を旅していると言ったな。
「はい、喜んでお受けします」
「そうかそうか、では、その間この屋敷に泊まるが良い」
男爵はマドカの人となりを見極める為に、マドカから旅の話を聴くという理由を掲げ、自らの屋敷に留まる算段を付けた。
マドカもマドカでこの世界の知識を与えられているが、その与えられた知識を自分の者とする為の時間の確保と、今後の行動に益となりそうな有力者との繋がりを得る為にこの提案を受けた。
こうして、マドカはこの世界に送られた最初の一日を終え、さらには男爵家の屋敷という逗留先も見つける事に成功したのだった。
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