第2-2話 「卑怯じゃないもん」

 新谷んに付き合ってくれと声をかけた私は翌日、告白ではなく唐突にこんなお願いをしてみた。


「ねぇ、新谷んの彼女の写真見せてよ」

「なんだよ藪から棒に」

「薮からスティック?」

「古い」


 この質問に深い意味はない。ただ単に新谷んの彼女がどんな人なのかが気になったのだ。


 同じ質問を彼氏がいない私にされたらと思うと、喉元に包丁を突き立てられたのと同じレベルで恐怖を覚える。

 なにせ彼氏自体が存在しないのだから、彼氏の写真なんて存在するはずがない。


 しかし、この質問を私から新谷んにする分にはリスクもないし、何より新谷んの彼女がどんな女の子なのかが気になった。


「えー古くないよ。私は好きだもん。そんなことより、ほら、彼女の写真見せて」

「なんで俺がお前に彼女の写真を見せなきゃいけないんだよ」

「私が見たいから?」

「それは知ってる。見たくもないもん見せろっていう奴はいないだろ」


 リスクはゼロでただ新谷んの彼女を見られれるのだからこれほどいい質問はないと私は意気揚々に新谷んに質問を続ける。


「じゃあ見せてよ」

「お前に俺の彼女の写真を見せたところで俺にメリットなんてないだろ」

「あるよ‼︎ 私が喜ぶ」

「メリットでもなんでもないだろそれ」

「えぇー私が喜んだら新谷んも嬉しくなるでしょ?」

「俺の彼女の写真が見たいなら、まず椎川の彼氏の写真を見せてみろよ」


 リスクはゼロだと言っていたが、新谷んに彼女の写真を見せてと言えば、まず初めに私の彼氏の写真を見せろと反撃してくるのは容易に想定できる。

 それなのに、リスクがゼロだとして質問を続けたのは、その質問に対する返答を既に用意してあったからだ。


「いいよ」

「ほらみろ、椎川だって見せれないじゃないか……っていいのか?」


 私が彼氏の写真を見せるのを嫌がると思って自身ありげに先に写真を見せろと言ってきた新谷んだったが、予想外の返答に面食らった表情を見せている。


「いいよ別に。減るもんじゃないし。むしろ自分の彼氏を人に見せられないなんてなんか失礼じゃない?」

「そ、それはまあそうだな……」

「ほらこれ私の彼氏」

「ちょ、おまっ……」


 彼氏の写真を見るのを拒否されては困ると、私は半ば無理やり新谷んの眼前にスマホの画面を突き付けた。

 こうすればお人好しの新谷んは私からのお願いを断ることができなくなるはずだ。


「……卑怯だぞ」

「卑怯じゃないもん。勝手に私のスマホの画面を見た新谷んが悪いんだもん」

「そっちが勝手に画面を見せてきたんじゃないか‼︎」

「違いまーす、新谷んが勝手に見たんでーす」

「クッソ腹立つなこいつ……」


 私が新谷んに見せた写真に写っているのは彼氏ではなく、実の弟、椎川瑛人えいとだ。

 学年は私の1個下で私とは別の高校に通っている。


 彼氏がいないのだから、本当の彼氏の写真は見せられない。


 しかし、嘘の彼氏の写真であれば事前に準備さえしておけば直ぐに見せることができる。


「ほら、私の彼氏は見せたんだから、新谷んの彼女も見せてよ」

「いや、見た、じゃなくて、見せられた、な」

「見たことに変わりはないんだから、見せてくれないと不公平なんだけど」

「いや、不公平とかじゃなくて、そっちが勝手に見せてきただけだからな」

「不公平なんだけど」

「……はぁ。分かったよ。見せればいいんだろ見せれば」


 かなり強引な理屈ではあったが、新谷んは渋々スマホを取り出しアルバムの中身を漁り始めた。

 

「ほら、こいつだよ」


 そう言って見せられた写真を見た私は一瞬言葉を失った。


 新谷んの彼女があまりにも美人なのだ。


 新谷んはまあまあイケメンだし美人な彼女なのだろうとは思っていたが、私の予想の遥か上を行くレベルで新谷んの彼女は美人だった。


「……へぇー。髪もまっすぐ長くてめっちゃ美人じゃん」


 あまりにも美人な彼女だったので、新谷んのスマホの画面に食い付くようにして画面をジッと見る。

 ……なんだろう、この人、美人ってだけじゃなくてどこかで見たことあるような……。

 

「そんなジロジロ見てどうすんだよ。もういいだろ」


 あと少しでなにかに気付けるような気がしたのだが、新谷んはスマホを持っている腕を引っ込めてしまった。


「……新谷んの彼女さん、なんかどこかで見たことある気がするんだよねぇ」

「他人の空似って奴じゃないか。この世に自分の知り合いと顔が似てる奴なんて五万といるだろうし」

「まあそうなんだけどさー。なんか見覚えがあって気になったんだよね」

「偶然誰かと似てたんだろ。似てたって言えば椎川と椎川の彼氏も顔似てたぞ」


 新谷んの彼女さんをどこで見た記憶があるのか思い出そうとしていた私は、突然の新谷んからの反撃に血の気が引いた。

 私と瑛人は姉弟なのだから顔が似ているのは当然で、それに気づかれてしまうのは非常に危険である。


「そ、そう? 私は似てないと思うけどなぁ。家族ってわけでもあるまいし」

「家族じゃなくてもカップルは顔が似るって話も聞くからな」

「そんな話もなんか聞いたことあったようななかったようなって感じだよね‼︎ それじゃあちょっと私友達のところ行ってくるから‼︎」

「え、椎川? ってもうあんなに遠くまで……」


 このままでは墓穴を掘ってしまうと思った私は、焦って新谷んの前から姿を消した。

 

 危険な状況には陥ってしまったが、新谷んの彼女がどんな人かを見ることができたので、今日の目的は達成と言ってもいいだろう。

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