第2-1話 「……卑怯だぞ」

 毎日のように付き合ってくれと声をかけてくる椎川だが、今日は告白ではなく別の内容で話しかけてきた。


「ねぇ、新谷んの彼女の写真見せてよ」

「なんだよ藪から棒に」

「薮からスティック?」

「古い」


 この質問、彼女がいない俺からしてみれば喉元に包丁を突き立てられたのと同じレベルで恐怖の質問だ。

 彼女自体が存在しないのだから彼女の写真なんて存在するはずがなく、写真を見せられるわけがないのだ。


「えー古くないよ。私は好きだもん。そんなことより、ほら、彼女の写真見せて」

「なんで俺がお前に彼女の写真を見せなきゃいけないんだよ」

「私が見たいから?」

「それは知ってる。見たくもないもん見せろっていう奴はいないだろ」

「じゃあ見せてよ」


 何が、じゃあ、なのか全く理解できないんだが……。


「お前に俺の彼女の写真を見せたところで俺にメリットなんてないだろ」

「あるよ‼︎ 私が喜ぶ」

「メリットでもなんでもないだろそれ」

「えぇー私が喜んだら新谷んも嬉しくなるでしょ?」


 椎川の発言が無茶苦茶過ぎて忘れてしまいそうになるが、この質問は彼女がいると嘘をついている俺にとって恐ろしい質問だ。

 しかし、それは彼氏彼女がいない奴からその質問を受けた場合である。


 椎川のように、彼氏がいる奴にはこう返答しておけば全く問題はない。


「俺の彼女の写真が見たいなら、まず椎川の彼氏の写真を見せてみろよ」


 彼女の写真を見せろと言ってくる奴は、彼氏彼女を見せろというと大半の奴が怯んでそれ以上踏み込んではこない。


「いいよ」

「ほらみろ、椎川だって見せれないじゃないか……っていいのか?」


 てっきり彼氏の写真を見せるのは嫌がるかと思っていたのだが、椎川は迷いもなく返答してきた。


「いいよ別に。減るもんじゃないし。むしろ自分の彼氏彼女の写真を人に見せられないなんてなんか相手に失礼じゃない?」

「それはまあそうだな……」


 椎川に見せる彼女の写真なんてないのだが、あまりに正当な理由を言われてしまい説き伏せられそうになってしまう。


 こうなったら椎川の彼氏の画像を死んでも見ないようにするしかない。

 そうすれば、俺の彼女の写真を見せる必要は無い。


「ほらこれ私の彼氏」

「ちょ、おまっ……」


 そう考えていた矢先、椎川は俺の眼前に半ば無理やりスマホの画面を突き付けてきた。


「……卑怯だぞ」

「卑怯じゃないもん。勝手に私のスマホの画面を見た新谷んが悪いんだもん」


 あまりに唐突な出来事に、スマホの画面から目を逸らすことができなかった俺は椎川の彼氏をバッチリ目撃してしまった。


「そっちが勝手に画面を見せてきたんじゃないか‼︎」

「違いまーす、新谷んが勝手に見たんでーす」

「クッソ腹立つなこいつ……」


 椎川が見せてきたスマホの画面に映っていたのは今時のお洒落な服を格好良く着こなすイケメン男子だった。

 身長は俺と同じくらいだろうか。どことなく、顔が椎川に似ているような気もする。


 カップルって彼氏と彼女で顔が似てる奴、意外と多いんだよな。やっぱ顔が似てると性格も合うのだろうか。


 ちゃっかり自分と彼氏が写っている2ショット写真ではなく、彼氏単体の写真を見せてくるあたり計算高い女だ。


「ほら、私の彼氏の写真は見せたんだから、新谷んの彼女も見せてよ」

「いや、見た、じゃなくて、見せられた、な」

「見たことに変わりはないんだから、見せてくれないと不公平なんだけど」

「いや、不公平とかじゃなくて、そっちが勝手に見せてきただけだからな」

「不公平なんだけど」

「……はぁ。分かったよ。見せればいいんだろ見せれば」


 これは最終手段としてとっておきたかったのだが、ここまで問い詰められて彼女の画像を見せないと彼女の存在を怪しまれる可能性もある。


 俺はスマホを開き、1枚の画像を見せた。


「ほら、こいつだよ」

「……へぇー。髪もまっすぐ長くてめっちゃ美人じゃん」


 俺が見せたのは俺の彼女の写真、ではなく、俺の幼馴染の写真である。


 写真に写っているのは幼馴染の中条なかじょううるは。俺とは別の高校に通っている。


 別の高校であれば、彼女だと言ってうるはの写真を見せても同じ学校の生徒に気付かれる心配はないので、最終手段としてうるはの写真をアルバムに保存しておいたのだ。


 彼女と偽って写真を見せたのはいいが、その写真を椎川は食い付くようにジロジロと見つめている。


「そんなジロジロ見てどうすんだよ。もういいだろ」


 あまりにもうるはをジロジロと見るので、何か気付かれたのではないかと思いそそくさとスマホをポケットにしまう。


「……新谷んの彼女さん、なんかどこかで見たことある気がするんだよねぇ」


 椎川の言葉に思わず背筋が伸びる。


 あり得ないとは思うがうるはを見た記憶があるとなると、うるはと同じ高校に通う椎川の友達とうるはが友達で、椎川がうるはの存在を知っている可能性もある。


「他人の空似って奴じゃないか。この世に自分の知り合いと顔が似てる奴なんて五万といるだろうし」

「まあそうなんだけどさー。なんか見覚えがあって気になったんだよね」

「偶然誰かと似てたんだろ。似てたって言えば椎川と椎川の彼氏も顔似てたぞ」

「そ、そう? 私は似てないと思うけどなぁ。家族ってわけでもあるまいし」

「家族じゃなくてもカップルは顔が似るって話も聞くからな」

「そんな話もなんか聞いたことあったようななかったようなって感じだよね‼︎ それじゃあちょっと私友達のところ行ってくるから‼︎」

「え、椎川? ってもうあんなに遠くまで……」


 急に用事を思い出したのか、椎川は慌ただしく俺の前から姿を消した。

 俺の彼女の写真、もとい幼馴染のうるはの写真を見るだけ見たら満足したのだろうか。


 別に俺は椎川の彼氏がどんな奴かなんて気になってはいなかったのに、無理やり写真は見せられるし。


 それにしても椎川の彼氏、イケメンだったな……。

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