第3-1話 「……水族館、とか?」

「ねぇねぇ、新谷んって彼女さんとどこにデート行ったりするの?」


 これまた唐突に椎川の質問が俺を襲う。


 デートでどこに行くかなんて答えられるはずがないだろう。そもそも彼女は存在しておらず、デートなどしたことがないのだから。


「……水族館、とか?」

「いやなんで疑問系なの?」

「す、水族館だけじゃないぞ。映画だって観に行くしショッピングにだって行ったりもする」

「……へぇ。そうなんだ」


 椎川は明らかに疑惑の目を向けてきており、目を細めて俺の顔を見つめてくる。

 どこにデートに行くかと質問されて、水族館と回答するのは流石にありきたりすぎただろうか。


 いや、デートをする場所には定番スポットってのがあるくらいなのだから、ありきたりでも問題はないしリアリティがあるだろう。


「それで、次はいつデートするの?」


 そもそもデートの予定などはいっていないのだから、日程が決まっているはずもない。

 しかし、予定がないと言ってしまえば椎川は更に俺を訝しんでくるはず。


 それならば嘘の情報であったとしても、予定があると言ってしまったほうがいい。


「今週の土曜日、水族館に行く予定だけど」

「へぇ。そうなんだ。写真、楽しみにしとくね」

「……は? 写真?」


 この前も彼女の写真を見せろと言われ、渋々準備していた嘘の写真を見せてその場を収められたが、デート中の写真など本物の彼女がいるわけではないので撮れるはずがない。

 というか、そもそもデート自体が嘘なので写真を取る機会など存在しない。


「うん。写真」

「前に彼女の写真見せたときもそうだったけどな、なんで俺が椎川にデートの写真を見せなきゃいけないんだよ」

「私が見たいから」

「だからそれじゃあ理由になってないっての。それに俺たちあんまり写真とか取るタイプじゃねぇから」

「えー、そんなカップルいる?」

「実際ここにいるんだから仕方ないだろ」


 デート中の写真を撮らないと嘘をついたのは悪手だっただろうか。

 俺でもデート中に写真を撮らないカップルがいると聞かされればそんなカップルがいるのかと疑問に思う。


「新谷の彼女が写真苦手なのは本当だぞ」


 手詰まりになっていたところで助け舟を出してくれたのは親友のたちばな雄史ゆうしだ。


 橘は俺の彼女の存在が嘘だと知っている唯一の友人で、俺と橘以外で俺の彼女の存在が嘘だと知っている人間はこの学校に存在しない。


 橘は俺と同じ中学校に通っており俺の過去を知っているので、彼女がいないのに彼女がいると嘘をついている俺の良き理解者として俺の力になってくれているのだ。


「橘くん新谷んの彼女に会ったことあるの?」

「会ったことあるもなにも3人で一緒に遊んだりしてるからな」


 ありがたい話ではあるが、平然とした顔で口から出まかせを言っている橘に若干恐怖を感じる。

 彼女なんていないのだから、俺たちが3人で遊ぶのは不可能なのである。


「へぇ。そうなんだ。じゃあ土曜日の新谷んたちのデート、私と橘くんも一緒について行こっか」


 椎川は明らかに俺の彼女の存在を怪しんでいる。そうでなければデートについて行くなどと訳の分からない発言をするはずがない。


「だから、じゃあの意味が分かんねぇよ文脈無さ過ぎるだろ。何でそんなバカなことばっか思いつくのか……。絶対にやめてくれ」

「えーいけず〜」

「面白そうだけど流石にデートについていくわけにはいかないだろ。新谷だって色々やりたいこともあるだろうし」

「……まあそりゃそうだね。私たちがいたら人目を憚らずに街中でキスとかできないもんね」

「いてもいなくてもそんなことしねぇよ」


 橘助けもあって話がまとまったところで授業開始のチャイムがなり、俺は椎川の拘束から解放された。

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