社会人として②

もっと車社会に慣れなければ。日曜日、愛車ミラパルコに乗り込み出かけました。


ガソリンスタンドの寄り方はマスターしました。今日はとりあえず佐世保から北松浦郡方面、平戸大橋に向かうことにしました。とにかく交通に慣れることを目的に据え、右折左折をしないで一本道の国道をゆっくり走っていくことにしました。 


僕はそのとき、世知原町にいました。世知原町には国道は走っていません。なぜ来たのでしょうか。理由は、車の流れに乗っていたら右折レーンに入ってしまい、怖くて車線変更ができなくてそのまま曲がったのが原因だと思われます。


そのあと、一回右に曲がったんだから、一回左に曲がれば元の方向に向かうはずと、安易に左に曲がりました。その道はどんどん狭くなっていき、目に涙がたまっていきました。分かれ道にぶち当たるたびに、大きそうな道、大きい道につながっていそうな道を当てずっぽうで選んでいくうち、ますます自分の居場所はわからなくなっていきました。道もなかなか大きくなりませんでした。そんな小さな道に平戸はどっちかなんて書いている案内板はありませんでした。


もう帰りたかったのですが、せいぜい、まだ県北に来て二ヶ月の僕の聞いたこともない地域の名前が書いてあるぐらいで、佐世保がどっちかとも書いていませんでした。突然二車線の道に出ました。ただ、中途半端な交差点だったため、くねくね曲がって方向が分からなくなった僕にはどっちに曲がればどうなのか分かりませんでした。


どっちに行こうか迷ったのですが、車が全く通ってなかったので、簡単に右折できそうでした。普段なかなか右折できないのでせっかくだからこういうときに右折しようと思って右に行きました。町境を通ったらしく、『世知原町』という表示板がありました。それ以来町境を越した表示は見ていません。だからここは世知原町なのであって僕がどこから世知原町入りしたのかは分かりません。


しばらくすると、まっすぐ行っても、右に曲がっても佐世保という分岐点に来ました。対向車も走っていたことですし、僕は右折せずそのまままっすぐ行きました。


山道の坂を登りきる寸前のところでエンジンが元気を失って急に止まりました。鍵をひねってもひねってもエンジンがかかるまで回転が至らず、やがてうんともすんとも言わなくなりました。こんなところでバッテリーがあがってしまった。そう気付いて焦りました。


後ろからの車が何台か、車線の真ん中に止まった明らかに邪魔な僕の車にクラクションを鳴らしながら抜いていきました。僕は青くなりました。こういうときはどうしたらいいか。さんざんブーブー鳴らされながら、やっとひらめいて、まずはハザードランプのボタンを見つけて点滅させて、後続車がなくなったときにギアをニュートラルに入れて、サイドブレーキを解除しました。ミラパルコはゆっくり後ろに下がっていきました。バックなんて寮の駐車場に停めるときにしかしたことないのにどきどきしながらバックする勢いを利用して車を左に寄せました。ちょうど車一台分入るスペースがあって、そこにうまく車が納まったので、残り少ないバッテリーを思ってハザードランプを消しました。


こういうときはJAFを呼べばいいんだ。もちろん会員になっていませんでしたが、会員じゃなくても助けてくれると聞いたことがある。でもJAFの電話番号を知らない。何かに載っていないだろうか。車の中を必死に探したら、トランクに車の説明書が入っていて、その中に全国JAF連絡先一覧表が入っていました。よかった。これでどうにかなる。お金はそんなに持ってないけど。電話をしよう、と携帯電話を見てみると圏外になっていました。


僕は携帯電話とJAFの連絡先を持ったまま佐世保方面に向かって走っていきました。しばらく走っていくと、世紀末の大都会、佐世保の町並みがはるか遠くに見えました。ほぼ同時に携帯電話も圏外から一気にアンテナ三本になりました。僕はJAFの佐世保事務所に電話を掛けました。


「はい、日本自動車連盟です。」

「あ、すみません、会員じゃないんですけど、ちょっとエンジンがかからなくなって。」

「そうですか。今別のところで作業中なので少々遅くなりますが向かうようにいたします。では車種をおしえてください。」

「ミラパルコです。」

「ナンバーは何番でしょうか?」

「えーっと、何番だったでしょうか、ね。あ、ちょっと分かりません。」


よく考えたらナンバーもまだ覚えていませんでした。


「今どこでしょうか?」

「うーん、ここはどこなのでしょうか。」

「どこなのでしょうかって。場所が分からないと向かえませんよ。」

「あの、世知原町は分かるんですけど。」 「何か目印は?」

「ただの山道なので。あの、佐世保が見えます。」

「・・・まあ、とにかく折り返し係員に連絡させますので車のところで待っていてください。今、携帯からですか?番号教えてください。」


番号を言ったあと、車のところに戻って待っていたのですが、しばらくして、よく考えたらここでは携帯に連絡が入らないからだめじゃないかと気付いて、慌ててそのことと車のナンバーを知らせに行こうと電波の入る場所へ全力疾走しました。そのとき、『JAF』と書かれた青い車が僕をすごい勢いで抜いていきました。しまった、JAFの車に気付いてもらおうと一生懸命飛び跳ねてアピールを試みたのですが気付いてもらえず、無情にもJAFは世紀末の大都会へと消えていきました。ハザードランプを消したことをものすごく後悔しました。


周りはどんどん薄暗くなっていました。泣きそうになりながらとにかく電波の届く所にたどりつき、もう一回電話を掛けました。


「先ほどお願いした者です。今、通り過ぎましたよお。僕の車、電波が届かないんです。」

「えっと、落ち着いてお願いします。とりあえず、車のナンバー分かりました?」 「あ。もう一回電話します。」


車のナンバーは頭から飛んでしまっていました。走ってもう一度車の所に戻り、ナンバーを確認し、汗だくのゼーゼーで電波の届くところに戻って電話を掛けました。それが終わるとさすがにきつくて、全力疾走せずにゆっくり歩いて戻って行ったところ、薄暗い中に、青い車と、青い作業着を着た男性が立っていました。


「JAFです。呼んだの君?」

「あ、あ、はい。僕です。」

「世知原町中を二周したよ。」

「すみません。」

「で、どうしたの?」

「バッテリーがあがったみたいなんです。鍵をひねってもエンジン掛からないんです。」

「どらどら。」


JAFのおじさんが鍵をひねると、エンジンはいとも簡単に掛かりました。

「え?」

「はははは。まあ、よくあることだよ。坂道を勢いよく登るとこういうことが。エンジンが冷えると直る。」

「すみません。わざわざ世知原町二周して探し当てて来てもらったのに。」

「いいよ。君は佐世保の人?」

「はい。矢峰町です。」

「大変だったみたいだね。ここまっすぐ行くと佐世保だから。僕の後ついておいで。途中まで連れて行ってあげる。」


優しいJAFのおじさんに連れられて、佐世保の街につきました。おじさんは自分の行き先と矢峰町との分岐点で、二回クラクションを鳴らして反対方向に去っていきました。やがて独身寮につきました。寮の窓の光が妙に優しく感じました。  


これだけの困難を乗り越えたから僕はもう少して交通社会の社会人になれる。泣きそうになったうえ、JAFにあれだけの迷惑をかけたくせに、無事戻ったとたん根拠のない自信が湧いてしまいました。

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