深夜、熊本で

熊本大震災の応援で、僕は熊本県宇土市に一ヶ月派遣された。平成28年11月1日から31日まで。アパートはウィークリーマンションを派遣先が借り上げており、その一室に住んでいた。交通手段は派遣された人で代々受け継がれている自転車のみ。


宇土市の職場の人とのふれあいにも満足している。自分もそこそこ熊本の役に立っているだろうということで、その状態にもまあ満足している。満ち足りているけど、でも、とある休日の前日の夜、なんとなく、お金と引き換えに、女の人にちやほやされたい気分になって、宇土駅まで自転車で行って、熊本駅まで電車で向かい、一人、熊本の繁華街・下通りへ。


大して気合を入れて、この人を楽しませようとしなくても、大して面白いこと言わなくても、お金と引き換えにかわいい女の子に「ウケるー」とか言われて上機嫌。日本全国、いい制度だ。 被災地の熊本にお金も落とせて一石二鳥。


女の子が、「ドリンクちょうだい」と言うもんだから、いい気になっておごったら、何か聞き落としていたのか、店長と名乗る男性が来て、


「うす!いただきやす!」


と言って、それを飲んで、さらに女の子のドリンクをあらためて一杯要求され、 「いや、それが女の子の分のつもりだったんだけど・・・」 となる場面もあったが、まあ、総じて楽しかった。


満足して、泥酔状態で熊本駅に戻ってきた。あとは鹿児島本線に乗って、宇土駅に帰って、宇土駅からタクシー乗ってウィークリーマンションに帰るだけだ。改札を通る。改札の駅員は、お金と引き換えにちやほやしてくれるお店の女の子と同じくらいかわいい女性だった。 上機嫌で、熊本駅に停まっている列車に乗り、出発を待っていると、やがて列車は出発した。


列車はほどなく大きく左にカーブした。ん?これは・・・豊肥本線!新水前寺に向かっている。乗る列車を間違えた。慌てて、新水前寺で降りる。もうそろそろ、終電の時間だ。新水前寺で下車してすぐタクシーに乗って熊本駅へ。


熊本駅で、もう一度改札を通る。改札の駅員は、再び、お金と引き換えにちやほやしてくれるお店の女の子と同じくらいかわいい女性。女性は、僕のことを、


「あれ?さっき見たことある乗客。デジャビュ?いや、この人、間違って豊肥本線乗ってタクシーで戻って来てんじゃん!」


という表情で見ている。恥ずかしかったが旅の恥はかき捨てだ。まだ泥酔状態で今度こそ僕は鹿児島本線の列車に乗る。事の顛末に疲れて宇土駅行きの切符をポケットに入れ、ほんの数駅なのに軽く眠る。


宇土駅に着いた。そそくさと降り、改札を抜ける。改札を抜けた後、気付いた。財布がない。ないはずはないと体中のポケットや、かばんを探すが、財布がない。財布には、ウィークリーマンションのカードキーも入っている。夜十二時に家に帰れない、お金ない、の立ち往生に陥ってしまった。新水前寺駅に間違って行ったのなんて、この困難の序章にすぎなかった。どこでなくした?JRには乗れてるから、その後だ。電車に忘れたのか?寝ていたから、もしかして、スリにあった? どうする? 交番に行くしかない。


まだ泥酔のままの僕は自転車にまたがる。泥酔だからうまく漕げない。


「あ。」


僕は気付いた。今、自転車運転したら飲酒運転。飲酒運転で交番に突撃するって間抜けそのものだ。よかった、気付いて。


いや、それより、熊本で自転車乗る生活を始めてほんの三週間ぐらい。それなのに、自転車生活が身について、無意識に泥酔で乗ろうとしたことに僕は戦慄した。今、長崎で自家用車持ってないから飲酒運転の心配はないけど、僕は、無意識に、酔っぱらって生活に定着した乗り物に乗る人間なんだ。これはやばい。今回未然に気が付いてよかった。今後、車を持つようなことがあっても、車の鍵は持ち歩かないようにしよう。


それはいいとして、今の立ち往生をどうにかしないと。僕は交番に向かった。 泥酔でしどろもどろの状態で、警察で遺失物届を。また酔っ払いかという感じで警察が遺失物届出証明書を発行してくれた。


携帯でカードとかを止めないといけないなと思って、携帯を見たら、なんと、電池切れ。酔っぱらってて喉も乾いている。仕方なく、公園で水を飲んだ。 そこそこ寒い十一月に、公園で朝まで野宿。もちろんなかなか眠れない。 明日、休日でよかった。職場に出ないといけなかったらめちゃかっこ悪かった。


街に遊びに出る私服で、お金なくて。 朝、携帯が使えない中、ヤマ勘で携帯電話ショップがありそうなところを歩いてみる。街の中心部にはなく、やや郊外の国道沿いにやっと見つけた。店の前で朝九時のオープンを、怪しく待つ。 オープンと同時に、店員さんに携帯の機種相談をするわけではなく、充電。


着替えてなくて、お風呂入ってなくて、食事してなくて、汚く、疲れ切った状態。充電出来たらまずはウィークリーマンションの管理会社に電話する。管理会社は、


「マンション名と室番号を教えてください。」


マンション名と室番号を言うと、


「あなたの名前と違いますねえ。」


そりゃそうだ。熊本を救援に行っている人で使いまわしているんだから。


「この人に電話をかけて、了解が取れたら、動きますが・・・。」

「それはちょっと待ってください。」


いきなり、誰か分からない人に電話をかけるのは勘弁してほしい。また、先方がまずはウィークリーマンションに違う名義の人が入居していることをいぶかしがったので、理由を説明して、とりあえず電話を切った。 次はカードを止めなきゃ。と思ったその矢先。電話がかかってきた。慌てて電話を取った。


「警察ですが。」

「はい。」

「何回か電話したんだけどね。えっと、JRであなたの名前が書かれたカードが入った財布が見つかったらしいよ。保管しているらしい。連絡とってみて。八代駅。」

「はい!」


八代駅に電話を掛けた。まちがいなく僕の財布だ。


「じゃあ、取りに来るね?」

「はい!あ、でも・・・・」

「え?」

「お金がありません・・・・・。」

「・・・最寄りの駅に電話しとくから。あとで払ってよ?最寄り駅どこ?」


助かった!僕は疲れも吹っ飛んで、三十分かけて合法的な無賃乗車で八代駅に。八代駅で優しい駅員さんの仲介で財布とご対面。


「あなたの身分を証明するものは?」

「その財布の中にあります!」

「よかったね。ところで、八代は今、八代妙見祭りやってるから。せっかくだから見ておいで」


財布のことに夢中で気が付かなかったが、ふと落ち着いて駅前から街の様子を見てみると、八代はお祭りムードで盛り上がっている。気が付かなかった。ほぼ徹夜状態の疲れた体だが、なぜか元気に、お祭り気分の街に溶け込んでいった。

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