潮騒のインディアン

大学に通いだしてまだ一週間でした。みんなまだお互い心細いので、とりあえずは学籍番号が近い人やたまたま授業で席が近くなった人同士で話をしたりして、そんなところから徐々に知り合いが増えていく段階でした。


僕もたまたま英語の授業で隣になった人と行動を共にするようになりました。その友達と学生食堂で昼食を一緒にとっているときに、サークル活動についての話になりました。


「来週の月曜日、サークルの説明会があるでしょ。」

「あ、そうだったねえ。」

「うん。で、僕さ、ちょっと興味があるサークルがあって。ほら、けっこうポスターが掲示板に貼ってあるんだけど、知らない?で、そこにちょっと寄ってみようかなと思っているんだけど、一緒に行かない?」

「いいよ。で、それ、何するサークル?」

「なんかみんなで宿泊したりする旅行のサークルみたいなんだけど。」

「へぇー。」


内心、活動内容を聞いてそこまで興味がわかなかったのですが、説明会についていくだけだしいいやと思って承諾しました。 説明会は、サークルにそれぞれ教室が割り当てられていて、一年生は、その中で興味があるところがあれば寄って説明を聞くことができるという方式でした。廊下での勧誘はかなり強引ですさまじく、二人で来て本当によかったな、一人ではたまらなかったなと思いました。


しばらく歩くとそのサークルの陣取っている教室が見つかり、二人で入っていきました。他のクラブが強引な勧誘を行っているのに対して、無理に手を引いたりすることなどなくやさしく声を掛けてくるだけだったので、穏健な集団だなという印象を受けました。


部員の人から説明を受けました。

「まあ、一言で言うとみんなで宿泊するのが主な活動だね。けっこう楽しいよ。それで、一応雰囲気を味わってもらうために、今度の土日に近くの宿泊施設に早速行くんだよね。もしよかったら、どう?とりあえず今回参加費は三千円ね。そのあと気に入って入部したらもちろんそれからは部費だけで、別に参加費は要らないよ。」

「ねえ、行ってみようよ、ね。」

「う、うん、そうね。行ってみようか。」

内心、やはり興味がわかなかったのですがなんとなく一緒に行くことにしました。


集合場所はとある駅の広場でした。一年生の参加は男女で四十人ぐらいで、例年に比べて多いらしく、諸先輩方は喜んでいるようでした。


しばらくそこから鉄道に乗って町外れの駅で下車、その後歩いていくと少年自然の家のような施設に着きました。海がすぐ近くにあり、波の音と潮の香りがしました。男女別に部屋割りのためのクジを引かされました。


「今から六時の食事まで自由時間。七時になったらグラウンドに出ておいてください。それと、男子でクジの上に赤い丸が書いてあった一年生は、一足先に六時半に娯楽室に集合ね。」


僕のクジにはその赤い丸が書いてありました。夜にグラウンドに出て何をするのか分からないうえ、娯楽室で何をするのか分からないままとりあえずはクジに書かれたとおり部屋に向かいました。ここで、一緒に来ていた友達とは別れてしまいました。荷物を置いて間もなく食事の時間になったので食堂に行き夕食を食べました。そのあと、時間になったので指示された娯楽室に向かいました。


同じくクジに印がついていた男子が僕を合わせて合計五人いました。そこに、二年生と三年生が一人ずつ現れました。三年生が話し始めました。


「早めに集まってもらって申し訳ないね。じゃあ、今から説明するけど、二年生のこいつがインディアンの酋長役やるんだけど、一年生の君たちにやってもらうのは、子インディアン。窓の外見てみて。グラウンドにキャンプファイヤーの準備できてるでしょ。合図があったらあそこに出て行ってもらってから酋長と一緒に踊ってもらうから。オーケー?とにかく踊りの練習しよう。」


何のことだかよく分からないまま、いきなり七十センチぐらいの棒を渡されて、上級生の二人に合わせて踊りを練習させられました。踊りは比較的簡単ですぐ覚えることができたのですが、いきなりインディアンだなんて指名された上に人前でなんで踊らなければいけないんだという気持ちがあったので気分は乗りませんでした。しばらく練習させられたあとで二年生が、


「よし、踊り、大丈夫だね、それじゃあ、集合時間になったら他のみんなはグラウンドの真ん中に出るけど、僕らはあそこの倉庫の陰に集合ね。」


と、言い、続いて三年生が、


「まあ、本番は棒に火をつけるけど、気をつけていれば大丈夫だから。それじゃ、またあとで。」


と、言い放ちました。 一年生全員がええっと驚きましたが、上級生は当然のように去っていきました。みんな誰もそれまで火を持って踊った実績がないらしく、驚きと不安が隠せないようでしたが、あまりにも当然のように上級生が言い放ったので、理由を聞く間もなく呆然としてしまっていました。


七時が迫ってきました。みんなが運動場の真ん中の、キャンプファイヤーの準備がされている所に向かう一方、僕たちは隅の倉庫の陰に行きました。すでにさっきすでにさっきの上級生二人が来ていて、木の棒に布を巻きつけ油を染み込ませて、火の準備をしていました。僕たちを見付けると、


「おお、来たか。そんなら、これ、付けて。」


と言って、頭につける羽と、チアリーディングのとき使うボンボンを改造して作ったと思われるしょぼくれた腰みのを渡しました。僕のは黄色でした。かっこ悪いなと思いながらジーパンの上からつけていると二年生から、


「え、いやいや、違う違う、脱がなきゃ。おう、そうそう、上も下も!」


と、言われました。一年生一同は大学入学直後の春先に夜、野外で脱ぐことにひるんだ様子でした。その様子を感じ取ってか三年生が、


「あのな、やっぱこういうのやるときは、ハンパはあかんで。思いっきり行かな、な。場がしらけるで。」


場がしらけるという単語を言われると、いきなり踊れ、いきなり脱げと言われたことはおいといてなんだか相手に悪い気がしてしまい、仕方がないので脱ぐことにしました。脱いでトランクスの上から腰みのをつけました。腰みのをつけた人から順番にめらめらと燃える火のついた棒を手渡されました。みんな多分そんなものを持たされたのはそれまでの人生で初めてのようでおっかなびっくり火を持っていました。


僕にも火が渡されました。火は時々バチバチッと音を立てて弾けてそのたびに火の粉が飛び散っていました。裸の僕の体に火の粉が付いて、熱くて火のついた棒を手放しそうになりましたが、危ないと思って必死に我慢して棒を握り締めてました。僕の腰みのは何年も使っていたものらしくボロボロで磨耗も激しく、トランクスが下からチラチラ見えていました。


「うーん、みっともないな。トランクスもうちょっと捲り上げや。三年生が僕のトランクスの両裾を持って僕に断りなくぐっと上に持ち上げて食い込ませました。みっともないという、裸にボロボロの腰みのと火という格好を全く度外視したその表現に疑問をもちつつも、火を持っていた僕はその行動に素直に従うことしかできませんでした。トランクスが食い込まされた結果、お尻はほぼ丸出しになりました。また、前のほうはお尻の食い込み方との微妙なバランスで現状を保っており、そのバランスを失えば右にも左にもこぼれ落ちるような状態になっているのが感覚で分かりました。さらに、腰みのが風でさわさわとなびくたびに丸出しのお尻がくすぐったくてたまりませんでしたが火を持っているので一生懸命耐えました。


やがて、インディアンの酋長役の二年生も衣装と火の準備を終え、


「よし、じゃ、始めるで。思い切って行こうな!」


と言って、一足先にみんなが待つグラウンドの中央に行きました。


ワタシ インディアンの酋長アルヨ

今カラ 聖ナル火ヲツケル

デモ ワタシダケデハ

力足リナイ

子インディアンヲ 呼ブ


そのセリフと合図を受けて、子インディアンも『ワーイ!』と歓声をあげながらグラウンドの中央に走って向かいました。広い広いグラウンドにたった五人のしょぼくれた叫び声が空しく響きました。あと、グラウンドの小石が裸足の足に痛かったのですが必死に耐えました。グラウンドの真ん中に着きました。たったこれだけでも相当長く感じました。


そして踊りが始まりました。


ユポーイヤイヤイ エーイヤ

ユポーイヤイヤイ エーイヤ

ユポーイヤイヤイ ユポーイツキツキ

ユポーイヤイヤイ エーイヤ


お父さん、お母さん、ごめん。 僕のために高い入学金を払ってくれて、一人暮らしのための道具をたくさん買ってくれて、生活費を郵便貯金に入金してくれて、本当に感謝しています。感謝しているからこそ僕はそれに応えるために勉強を一生懸命やるぞと決意しました。本当です。なのにその決意からたった二週間で、親からもらった大事な仕送り、最初の仕送りから参加費を払って、今、長崎から遠く離れた地でなぜか裸でファイアーダンスを踊っています。お父さんお母さんはこんなことをするために僕を大学に行かせたのではないということはよく分かっています。このダンスが終わったら真面目にします。だからこのファイアーダンスまでは許してください。本当にごめん。


そんなことを心の中でずっと唱えながら、そして、飛び散る火の粉の熱さとお尻のくすぐったさで棒から思わず手を離さないように気を付けながら、なおかつ、腰みのの間からお尻があんまり見えないように、あと、大事なものがこぼれ落ちないように微妙なバランスに細心の注意を払いながら、一生懸命ファイアーダンスを踊りました。

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