合理的な悪魔

 A氏は一大企業の社長である。

 そんなA氏はある日、古本屋に立ち寄って奇怪な本を手に入れた。


 表紙はやけに古く埃を被り、中を開くとどこの国の文字かも分からない。A氏はどう言うわけか、その本をやけに気に入り買うことにした。


 店主はその本を見るなり、あまりにもボロボロであるため、ほぼタダ同然で譲ってくれた。


 家に帰るなり、本を捲るがどのページも読むことが出来なかった。


 適当にパラパラと何度か捲っていると、ふと読める文字が出てきた。


 ……それは正確には文字ではなく数字であった。


「……666?」


 A氏は唯一読めたところを言葉に出した。


 すると突如として部屋中の電気が消えた。


「な……」


 A氏は突然のことで驚きの声をあげたが、すぐさま部屋の灯りは元に戻った。


「ふー」と、安心するのも束の間。

 A氏の目の前に得体の知れない者がいた。

 ツノは羊のそれで顔は牛。それでいて胴体は猿でありながら、手足は鶏、背中には鴉のような羽根が生え宙を浮いていた。


「私を呼んだのは貴方ですか。さぁ、願いをどうぞ。3つまで叶えましょう。」


「ちょ、ちょっと待て……お前は一体?状況が飲み込めないのだが……」


「おや、何も分からず私を呼んだのですか?でしたら少しばかり説明を致しましょう。」


 そう言って目の前の得体の知れない生物は自己紹介を始めた。


「私は悪魔です。貴方の願いを三つ叶えて差し上げます。ただし願いの数を増やすことや、永遠にまつわること、時間に関することは受け付けませんので悪しからず。」


 目の前の得体の知れない生き物は悪魔だった。

 A氏は突然のことに驚きはしたが、呼吸を整えると自分でも驚くほど冷静さを取り戻し悪魔との会話に臨んだ。


「……ノーリスクというわけではないのだろう。私は会社を経営している身なのでね。上手い話には必ず裏があるものだ」


「おぉー、話が早いですね。私、貴方のような聡明な方が好きでございます。えぇ、おっしゃる通り願いの対価を頂きたいと考えております。」


「対価……とは?金なら幾らでも詰めるが?」


「いえいえ、人間が作った価値観など私には興味ありません。私が欲しいのは魂です。」


「魂?」


「そうです。我々悪魔は人間の魂を糧に生きているのです。これは契約です。貴方の願いを私が叶えて死後私は貴方の魂を喰らう。」


「魂を……喰らう……。その喰われた魂はどうなるんだ。」A氏はどこかで分かりきっていながらその答えを聞かずにはいられなかった。


「どうもこうも、喰われるのですから私の腹の中で吸収されてお終いです。」


「お終い?」


「そう。お終い。本来人間は死後、魂を浄化するため天国か地獄に行き再度下界へ転生するのですが、それが叶わないということです。」


「それはつまり……」


「えぇ、早い話が存在が消滅するとでも言いましょうか。」


「怖い話だな。」


「そうでしょうか?天国だろうが地獄だろうが、そこから下界に戻った時には前世の記憶はないのです。なら私に喰われたところでなんら変わりないのではないのでしょうか?」


「血も涙もないことを言うんだな。」


「そこは悪魔ですから。それに我々は合理的な考えのもと生きているのです。」


「合理的……ね。お前、社長に向いてるかもしれないな。」A氏はこの状況に慣れてきたのか少しばかりの冗談を言った。


「お悩みでしたらすぐに願いを言う必要はありません。貴方のタイミングで結構です。それにそもそも私に願いを叶えて欲しくないのならこの本を売るか別の誰かに渡して下さいませ。その時は私との会話を記憶から消す程度で済みますから。」


「やけに親切だな。」


「いえいえ、合理的考えのもとで御座います。願いをすぐ言えと言ってもそう簡単に出てくる物でもありませんし、他に私を必要とする人間がいるのならそちらに早く行った方がいい。ただそれだけの考えでございます。」


「やっぱりお前は社長に向いてるよ。」


「褒めて頂き光栄とでも言っておきましょうか。では、また貴方様と会えることを願って。」

 悪魔はさようならと一言残しその場から一瞬にして消えた。残ったのはあの古びた本のみだった。



 A氏は3ヶ月振りに本を開きあの悪魔を呼んだ。

「お久しぶりで御座います。それで願いは決まりましたか?」

 

「あぁ、決めたよ。ただその前に一つお前との対価について聞きたいことがある。」


「えぇ、構いませんとも。願いを叶えた後、小言を言われては溜まったもんじゃありませんからね。」


「魂を喰らう。というところについてどうしても引っかかってな」


「はいはい。私も慈善事業で悪魔をしてるわけではありませんから報酬を頂きます」貴方の魂をね。悪魔は不敵な笑みを浮かべる。


「そうだ。そこだ。例えばだが、私の魂である必要はあるのか?」


「……と、言うと?」


「別にお前にとって私の魂でなくとも人間の魂であればいいのか?と、聞いている。」


「ま、まぁ……それなりに味や好みはありますが貴方の言う通り人間の魂であれば、別に私は構いませんが……」


「ふむ。それを聞けて安心した。では、まず一つ目の願いだ。ライバル会社B企業のB社長を殺して欲しい。殺しは出来ないなんて言わないだろうな?」


「簡単ですとも。サクッと殺してすぐ戻ってみせますよ。」


「いや、ちょっと待て。そのサクッと殺すとはどうやるつもりだ?」


「まぁ、私は姿を消せるので。夜寝静まったところで心臓を刃物で一突きなんてのはどうでしょう?」

 悪魔は身振り手振りで犯行の瞬間を再現してみせた。


「ダメだな。」

 A氏は即答で返した。


「え?」

 A氏の一言に悪魔は一瞬ひるんだ。


「ダメだ。と言ったんだ。」

 A氏の口調には凄味があった。

「なぜです?」

 悪魔は素直な疑問を投げ掛ける。それは、まるで部下が上司へ質問する様であった。


「相手はB企業のB社長だ。死んだだけで大きなニュースになるんだぞ。それが誰かに刺殺されたなんて知れたら世間は大騒ぎだ。」


「ではどうしろと?」


「心臓麻痺か脳卒中で殺すんだ。」


 A氏の言葉を聞いて悪魔は腑に落ちた様だった。「なるほど病死にするのですね。面白い。貴方、悪魔より悪魔的ですね。」


「ふん。そんな御託はいい。さっさとB社長を殺せ。」


「……今度は悪魔使いが荒いときた。」


「私は社長だからな。人を使うのは得意なんだ。」


「ただ一つ私にも条件があります。」

 悪魔は自分の指をA氏の前に出して1を強調してみせた。


「なんだ?」


「死因を追加するのなら、この願いは二回分とさせていただきます。」


「あぁ、構わんよ一つ願いが残るのならな。」

 A氏にとって悪魔からの条件は些細なものだった。


「それでは、早速。」

 悪魔はパチンと指を鳴らした。


「はい。B社長を殺しましたよ。死因は心臓麻痺です。」悪魔はこれで満足で?と、いいだけな表情をしてみせた。


 A氏は壁に備え付けられた大きなテレビに電源を入れた。ほどなくして速報テロップが流れた。内容は言うまでもなくB社長が病死したとのことだった。


「ふむ。これでライバル会社Bの失墜は確実だろう。あそこはB社長の画一的なアイディアで成り立っていたところがあったからな。」

 テロップを見たA氏は言った。


「それで、最後の一つの願いはどうなさいますか?」


「あぁ、それは決まっているんだ」


「ほう。そうでしたか。それは一体どういった願いで?」


「B社長の魂を喰ってこい」


「え?」


「だから今殺したB社長の魂を喰ってこい。それが私の三つ目の願いで、お前への対価だ」


 それを聞いて悪魔は「合理的に物事を進める様、貴方はやはり悪魔より悪魔的だ」と、ケラケラ笑ってあの古本と共に消えた。


 かくして、A氏は自らの魂を捧げることも自らの手を汚すこともなく、合理的に悪魔を使い成功を収めたのだった。

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