第4話

いま、この家にママはいない。


わたしはふたたび階下したへおりていきながら、うしろでひとつにくくった、ちょっとしたくせっ毛のみじかかみを乱暴にほどき、ラメ入り星型ほしがたチャームのついたヘアゴムを、手首にゆるく巻いた。


わたしのいないあいだに、かれらがなにかナイショの話し合いでもはじめるのではないかと、階段かいだんのとちゅうでさりげなく立ち止まって耳をそばだてたりもしてみたけれど、……なんにせよ、それっぽいささやきごえとか、なんらかの意味ある日本語はきこえてこなかった。


リビングはがらんとしていて、そのあまりにものさびしげな気配けはいに、わたしはふっと、なぜだかママにはもう二度にどと会えないような気がしてきて、ちいさく身ぶるいした。


さっき、ユキヒロのまえでは「お母さん」なんて言ったけれど、もし、わたしがママにたいしてきゅうにそんなび方をしたとしたら、かのじょは――そのよそよそしさに、なにかべつのふか意図いとを読みとってきげんをそこねるか、わたしがふざけてかのじょをおちょくっているとでも思って怒りだすか、……どっちにしても、あんまりこのましい結果にならないことは確実かくじつだろう。


部屋からは、お気に入りのフェイクファーの赤い半そでシャツと、そのうちグレーがいちばん目立つ、くすんだ色どうしのチェックがらのスカートをってきていた。

だれも見ていないのをいいことに、わたしはリビングのまんなかで堂々どうどう下着姿したぎすがたになった。

そうして、たまたま素肌すはだをさらしたそのときになって、はじめて――わたしはさっきまでは感じていなかった、からだのしんからくるような異様いようなさむをおぼえたのだった。



「おっ!何してたんだよ。ずいぶんのんびりしてたみたいだけど」


部屋にもどるなり、ユキヒロからはそんな軽口かるくちをたたかれたけれど、……おくにひかえていたトモキが、わたしの顔色を見るなり、にわかにその表情をこわばらせた。


「おい、姫。つーかきみねつあるんじゃねえの?」


その一言ひとこと、待ってました。


「はっ!?マジで!?」


ユキヒロがあわてだした。


トモキはこの四人のなかではあきらかにいじられポジションらしかったけれど、こんなときにはいちばんよく気づいてくれるんだな、と思った。


ただ、「姫」呼びはなんとかよしていただきたい……――。


あいかわらず、ほかとくらべてポーカーフェイスをたもつづけているマサナオと、意外にも、ちょっと動揺どうようしたふうに見えなくもない表情をうかべているものの、こちらにやってこようとはしないミツルとの、ふたりの間をしわけるようにして、トモキがすすみ出てくる。


「せっかく『おめかし』してきたとこ残念ざんねんだけどさ、も一回いっかいふとん入っとけ」


ぐいとうでをひっぱられる。


「あ……の」


しぼり出すように言うと、トモキよりもむしろユキヒロが反応はんのうしてこちらを見た。


「わたし、『ヒメ』じゃないです。あなたたちが何者かはこれからじっくりきかせてもらいますけど、わたしは『ヒメ』じゃない」


ユキヒロがにんまりして言った。


「もちろん、それは知ってるよ。……われらが、関藤明菜せきとうあきなちゃん」




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