第3話

「うぉおおおおい!?」


黒髪が、さも何かたいせつなプライドをふみにじられたかのように大げさな態度で、いちどその名前をつげたっきり、ふたたび無言人形むごんにんぎょうにもどってしまったミツルの頭に、小さくチョップを入れた。

といっても、そのミツルも『黒髪』とおなじくらいの髪の黒さなんだけど。


「おめー、な~にさらっとフライングしてくれちゃってんのォ!」


「……かれたんじゃん、いま」


「こののききたいのはそういうこっちゃねえよバカ」


なっ?とふりかえってきた黒髪の表情カオは、……このあきらかに常識じょうしきからは大きく外れた状況じょうきょうにおいて、わたしにくすりとわらいをこぼす余裕よゆうをはじめてあたえてくれたくらいには、がぬけていた。


「こいつは、シンジって~の」


ユキヒロがうしろから黒髪をさして言った。


「だから、なに言って……」


いわれて、しゅん、となぜかとつぜん覇気はきをなくしてしまった様子の黒髪をみて、わたしはなぜだかきゅうにかれがかわいそうになってしまい、


「お名前、自分で名乗ってください」


と黒髪におねがいしてみた。


「ああ。優しいとこあんじゃん、ヒメ。……トモキだよ」


「シンジって、ウソじゃない」


にわかに元気をとりもどしたらしいトモキを見てから、うしろのユキヒロをにらみすえると、かれは悪びれる様子もなく、大きくフンッと鼻を鳴らした。


「で、あなたは」


目前もくぜん事態じたいを、ちょっとばかにしたような笑みをうかべつつながめていたアッシュグレーに向き直ると、


「マサナオ」


と、かれはもったいつけることなく、ひとことでそうこたえた。



「んでー」


どうやら、この四人のなかではしきり役らしいユキヒロが、「着がえに行く」といって部屋を出て行こうとしたわたしをひきとめてから、おもむろに言い出した。


「まあ、あんまり引きのばしてもよくねえからさ。おれたちゃ、いったいどこの何者で、何が目的でここにいるのかってことを、……しんじてもらえないかもしれないけど、いちおうひととおりしゃべっておこうと思うんだわ」


いや。それ絶対ぜったい話長くなるやつ。


「……ごめんなさい、じゃ先に……」


「ん?」


こちらに目をむけたユキヒロの目……というかその顔には、「さては、小便しょうべんでも行きたくなったか?」と書いてあった。


「ちゃんとした服に着がえてくる」


なんとかこの規格外きかくがいな状況をすこしでもはやく理解りかいしたい、という切実せつじつな思いよりも、このときばかりは――たったいま、この場面においてひとりだけ、くたびれた寝起ねおきのパジャマ姿すがたをさらしている自分自身をじる気持ちのほうが、にわかに強くなっていたのだ。


ユキヒロはなぜかきゅうに残念ざんねんそうな顔になって、開けはなたれたままの入り口のほうをあごでしゃくった。


「しょおがないなァ~もぉ~……」

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