にあみす・そると

第2話

とりあえずは言（い）われたとおりに顔を洗（あら）って、髪（かみ）がたを整えてから、わたしはこんどは｢おんぶ｣されたりするのは断固（だんこ）きょひして、自力（じりき）で階段をのぼっていった。

｢さっきは腰抜（こしぬ）かしてたクセにィ～｣

ユキヒロと名乗（なの）った、見た目には高校生（こうこうせい）くらいに思える謎（なぞ）の茶髪くんは、あいかわらずそんな調子（ちょうし）でうしろからはやし立てながら、わたしについて上がってくる。

時（じ）こくは、どうやら夕方（ゆうがた）の16時半ごろらしく、わたしは顔を洗っていたときにじわじわとすこしずつよみがえってきた、寝入（ねい）ってしまうまえの記憶（きおく）のあれこれを整理（せいり）した。

きょうは土曜日で、小学校はお休みの日だった。

きのうの金曜日は、きょうに日づけが変わってからも二、三時間は絵を描（か）いていて、そのまま学習机（がくしゅうづくえ）のうえで我（われ）ともしらずに寝てしまった、気がする。

――ような、気がする。

わたしは思わずうしろのユキヒロをふりかえった。……すると、かれは口もとをかくすでもなく、どうどうとあっぱれな大あくびをしていた。

｢あの、｣

もうこのさい、いろんなことをさておいてききますけど、

｢わたしきのう、机で寝てた？｣

｢う～ん。……だったら、どうすんの？なんか困（こま）るわけ？｣

｢いや、｣

困る。めちゃくちゃ困ります。

だって、アレには―――……

二階の廊下（ろうか）を、わたしの部屋をめざして奥（おく）にすすんでいきながら、わたしは心のなかで頭をかかえた。

(史哉（ふみや）くんが)

部屋のドアは、まるで何者かがぬすみに入ったあとみたいに乱暴（らんぼう）に開いていた。

いままさに、疑（うたが）いようもなくわたしの目の前に存在（そんざい）しているひとりはまだしも、せめて――あとの残り三人くらいは、まぼろしか何かであってくれればどんなにいいだろうと念（ねん）じながら中をのぞいたけれど、……ムダだった。

｢おっつー。ユキヒロ｣

｢おそいぞ、姫（ヒメ）｣

｢…………｣

黒髪とアッシュグレーが部屋の入り口までせまるようにして出（で）むかえたけれど、……そういえば、ひとりだけ、さっきからすみのほうにいてひと言（こと）もしゃべらない人がいるなあ、と思った。

｢いいから。……どいてください｣

｢おーっとっっとっと｣

ひじのあたりをぽんと押（お）しただけなのに、黒髪は茶化（ちゃか）すみたいに、おおげさに道をふみ外（はず）すジェスチャーをした。

アッシュグレーのほうは、ククと笑って無言（むごん）で道をあけた。

その、さっきからまるで怒（おこ）ってるみたいに無口（むくち）なひとりは、窓（まど）ぎわによせてあるベッドとは反対側（はんたいがわ）の壁（かべ）ぎわにおいてある、電子（でんし）ピアノのイスのうえに、ちょこんと体育座りの姿勢（しせい）でおさまっていた。

｢あなたは、――何（なん）なんですか？｣

……と、いういい方もヘンかもしれないけれど。

この状況（じょうきょう）で、ゆい一（いつ）まともなのはこのわたしだけなんだ。――そうじゃない場合のことは、いまは考えたくない。

かれは、ほかのみんなとくらべると、あきらかに背（せい）は小さめで、わたしとおなじ小学生か、そうでなければせいぜい中学生くらいに見えた。

その顔は青白く、どことなくふきげんそうな、疲（つか）れのにじんだ瞳が、かれの視界（しかい）のななめ下、じゅうたんに描（えが）かれた幾何模様（きかもよう）を憑（つ）かれたようにとらえている。

｢……ミツル｣

やっぱりユキヒロたちと同じとしごろとは思えない、ちょっと高めの声がぼそりとそうこたえた。