【005話】初見殺し


「管理者失踪に莫大な借金、そして敷地を破壊する男たち。残されたアンデッド少女と、たまたま通りがかった俺という構図か。なんともご都合主義的展開じゃないの」


 想像がつく状況をかんがみれば、手を差し伸べるのが正しい大人の姿かもしれない。幼気いたいけな少女を見捨て、陰鬱いんうつとした大人の世界に子供を放り出すなど、どの世界でも非道な仕打ちに変わりはない。


「だからといって、無闇に介入していい問題じゃあない。お嬢さんと、その親の話に、俺がどうこう口を出すのは違う。それに……」


 ゼピアは、もとよりエターナルダンジョンのみを主産業にして発展した街である。

 だからこそ、主産業が無くなった以上、そこに依存し生活してきた者たちにとって、エターナル消失の影響はあまりにも大きかった。仕事を失い路頭に迷う者もいれば、親に捨てられ奴隷に落ちる者も数多あまたいる。

 イチルがうろつく間にも、同じ境遇にある子供の姿を嫌というほど見かけた。理由なく売られていく子供の顔など、到底見ていられるものではなかった。


「世の中ってのは、本当に世知辛いねぇ……。悲観し、排除すべき存在であるはずのダンジョンに依存し、のめり込み、そいつを食い扶持にした者の末路とはいえ、虚しさを覚えるなという方が難しい」


 しかし少なからず女子の生存圏に足を踏み入れてしまった責任は、イチル自身にあった。無下に子供を見捨てられるほど、イチルとて人として腐っているわけではない。

 別の店で酒瓶を一本購入したイチルは、酒を呷りながら、だからこそを決め込むことに決めていた。

 最後まで見届けることがせめてもの報いと、離れた丘の上に陣取り、遠くからランド全体を見下ろした。


 何気なく俯瞰に眺めていると、先日破壊されていた一角で、誰かがせっせと荷物を運んでいた。汗を拭っていたのはアンデッド女子だった。泥だらけになりながら、慣れない手付きで壊れた備品を修理修繕していた。


「ふむ、性格は健気で真面目……、と」


 全身黒ずくめの格好はしているものの、通常のアンデッドとは異なり、太陽の下の作業も可能などとメモを取りながら、イチルは日がな一日、女子の様子を観察した。

 一時いっときも手を休めることなく動き続けたアンデッド女子は、食事すらろくに取らず、朝から晩まで作業を続けていた。


「体力もある。……何より根性がある」


 転んだり、つまずいたりしながら、軽やかとは言えないまでも、一生懸命さだけは嫌でも伝わってくる。


 人の目が届かない部分にその人物の本質が表れるといわれるが、心底思い知らされたイチルは、ますます興味本位で関わってしまった自分自身を悔いた。

 彼女が口だけのくだらない人物ならば、イチルも簡単に見捨てることができたに違いない。しかしそこに見える姿に、嘘偽りは存在しなかった。


 自らの境遇を受け入れ、できる限りのことをする。

 それは簡単なようで、誰にでもできることではない――



「いいねぇ、弟子に取りたいくらいだよ」


 それから三日三晩見物を続けたが、女子は誰の手も借りることなく、延々と、ただ黙々と作業し続けた。

 一つの補修が完了すれば、また次の作業に取り掛かった。

 その手は決して止まることなく、ささくれて血が出た柔い指先をかえりみることすらせず、ただ愚直に動き続けた。


「それでこそってものなんだろう。……しかしね、この世界はそれ以上になんだよな」


 イチルの嘆きをどこかで聞いていたかのように、どこからか嫌らしい声が聞こえてきた。馬車を飛ばして現れた怪しい男たちは、大声で罵声を浴びせながら小屋に横付けすると、女子が直したばかりの備品を、たった一撃で破壊した。


「やめて、やめてったら!」


 飛び出した女子が男たちの間に割って入った。

 しかし容赦ない男たちは、聞く耳ももたず、一瞬で女子の努力を無駄にした。


「嫌になるよな。必死で作り上げたものを、一瞬にして奪われるってのは。目の前にあったはずの梯子を外される辛さは、なにものにも代えがたい苦痛だよ」


 さらに続く破壊行為は、女子の住んでいる小屋にまで及んだ。

 躊躇なくハンマーを振り下ろした男は、元からボロだった壁から天井からを力の限り叩き、修復不可能なほど打ち砕いた。必死で縋り付いた女子は、「約束を守ってください!」と泣きながら叫んだ。


、ねぇ。さぁ、どうしたものか」


 遠くの会話に耳を澄ませたイチルは、時折風にのって聞こえてくる言葉の端々を紡ぎ合わせ、大まかな状況を推理した。


『期限』『皆さん』『クリア』『待ってもらえる』など言葉の端々を繋ぎ合わせ、これまでに得た情報とを結びつけ、イチルは一つの結論を導き出した。


「それで、必死の《ヒュ~ドロドロドロ》か。しかしまぁ、それではどうにもならないよ。君がどれだけ必死だったとしても、ね……」


 全ての状況を理解したイチルは、去っていく男たちを見届け、何もかも失い、呆然と座り込む女子を見つめた。


 どうやら明日で全てが決まるらしい。

 イチルは簡易テントを丘の上に張り直し、翌日に向け眠りについた。


 その間も、小屋だった場所からは、悲壮感に塗れた何かを叩く音が永遠に続いていた――


    ◆◆◆◆◆


 早朝からトンカンと響く音がしていた。

 一晩中作業を続けていたのだろう。足元も覚束ない女子は、顔や体を隠していた黒のフードすら脱ぎ捨て、フラフラになりながら、何やら得体のしれない物を完成させるため苦心しているようだった。


 あれはなんだろうなと肩肘付いて見守っていたイチルは、欠伸をしながらクク湯をカップに注いだ。今日一日くらいは酒を我慢してみるかと心に決め、遠く聞こえてきた馬車の足音に耳を澄ませた。


 地を這うように走る馬車の音から想像するに、相手の数は五人。一人は太った男で、三人は男の部下だろうか。そして残りの一人が、本日のメインイベンターだろうとイチルが目星をつけた。


 いよいよ迫った決戦にむけて腹をくくった女子は、近付いてくる敵の姿を遠目に見ながら、仕掛けたトラップの作動装置を強く握った。決戦の刻は、もう目の前に迫っていた。


「さてどうなるか、見ものだね」


 これまでと対照的に、静かに馬車を止めた使用人の男は、そそくさと慌てて荷台の扉を開けた。中からいかにもという着飾った太った貴族の男が姿を見せ、使用人たちをアゴで操った。そして最後に馬車を降りてきた男は、他とどこか雰囲気が違う、しっかりと揃えた装備を隠しもせず、誇らしく胸を張りながら伸びをした。


「これこれ、さっさと出てこないか債務者。わざわざ見世物のために、こんな辺鄙へんぴな所まできてやったのだぞ。ありがたく思え」


 アゴに蓄えた肉を揺らしながら苛立った様子の貴族の男は、大声で女子を呼びつけた。高々と積み上げた備品の隙間から太陽の光を背負い、堂々と女子が姿を現した。


「約束は覚えていますね?」

「ええ ええ、覚えていますとも。もし君の用意したダンジョンギミックを我々がクリアできなければ、もう少しだけ返済期限を待ってやると。到底無理だと思いますけどね」


 半笑いで身をひるがえした貴族の男は、装備を整え準備万端な男にむかって、「ペタス氏、ではお願いしま~す」と声を掛けた。

 やっと出番かと威圧しながら一歩前へ出たペタスは、辺りを見渡しながら、「それで、私の攻略すべきダンジョンは?」と聞いた。


「ないない、そんなものはありませんよ。名ばかりのお遊びギミックを軽く捻ってやるだけです。ほらほら、さっさと用意せんかガキンチョ!」


 貴族の男を睨みながら、女子は「こっちよ」と五人を招き入れた。

 直径20メートルほどある深く掘られた空洞へと招かれた男たちは、女子のことなどまるで相手にせず、終始油断しきりだった。


「決めるなら最初の一手だ。初見殺しをきっちり発動させれば、まだ勝負はわからないぜ、お嬢さん」


 紫の肌がさらに紅潮し、緊張の面持ちをみせながら、女子は何かを隠しつつ男たちを先導した。そして全員が空洞へ続く坂道を下りきり、入口に足を踏み入れた瞬間、最初のボタンを静かに押した。


 直後、これまで歩いてきた背後の坂道にドスンと岩が落ち、道が塞がれた。

 振り返った五人が女子から目を離した隙に、穴の中にあらかじめ用意していた岩陰に隠れた女子は、同じく隠していた録音石を、力の限り四方八方へと投げつけた。


 落下した衝撃で、録音石が聞き覚えのある《おどろおどろしい音》を鳴らし始めた。全方向から鳴り響く嫌な音は、深く掘られた穴内の壁に反響し、嫌らしく全員の鼓膜を揺らした。


「なんなのだ、この不気味な音は。おいペタス氏、さっさとこの音を止めないか!」


 隙を突かれ慌てふためく貴族とその部下たちとは違い、ただひとり落ち着き払ったペタスは、眉すら動かさず、冷静に目だけで左右を追った。


 音の出処は多すぎて追いきれなかった。しかしどうやら音に攻撃の意図はない。すぐに判断したペタスは、ニヤリと微笑みながら言った。


「音で注意を引き、相手を混乱に陥れる。しかし実際はフェイク。一瞬でも俺たちを足止めできれば、まさか騙せるとでも思ったかい?」


 恐らくあそこだと目星を付けたペタスは、女子が隠れている岩場を睨んだ。

 バレてしまったと顔色を悪くした女子だが、もはや強引に進めるほか方法はない。手元に隠していた頼みの綱のボタンを慌てて押した。


「非力なガキが穴蔵に敵を誘い込み何をするかと考えた時、思いつく手段は一つ。四方、または上から一気に中の敵を叩く。これ以外ないだろうな」


 ペタスが上を向くのとほぼ同時、穴蔵全体を覆い尽くすような巨大な岩が頭上に出現した。怯えて座り込む貴族とその部下たちを無視し、落ち着き払った様子で穴の中央に立ったペタスは、手にした剣を構え、剣先に魔力を吹き込んでいく。


「素人はだませても、俺たちプロの目は誤魔化せんよ。まさかこんなで俺たちを倒せるとでも? 舐められたものだな」


 剣先から放たれた炎属性の魔法が大岩に突き刺さった。

 まるで発泡スチロールのように派手に大破した岩は、一瞬で塵になり、消えてなくなった。尻もちをついていた貴族の男も、ようやく我に返り、やはり子供騙しと腹を抱えた。

 最後の望みの綱として用意したギミックを破られた女子は、スイッチをポトリと落とし、項垂れるしかなかった。


「遊びはお終いだ。さっさと出ていくんだな、お嬢さんよ」


 逃げることもできず隠れていた女子を見下ろしたペタスは、強引に髪を引っ張り上げ、そのまま地面に投げ捨てた。顔を打ち、転がった女子は、痛みを隠して逃げようとしたが、すぐ貴族の部下たちに囲まれてしまった。


「こ~の忌々しい小娘め、驚かせてくれよって。この礼はしっかりさせてもらうぞ」


 貴族の男に足蹴にされ、女子は何度も地面を転がった。

 無抵抗の子供にそこまでするかと呆れながら、イチルは男たちに悟られぬように穴の上に近付き、しゃがみながら様子を窺った。


「もう茶番はお終いだ。この土地は、今日から私のものだ。いいなガキンチョ、えぇ?」


 貴族の男が女子の頬を握りながら、充血した目を寄せ恫喝どうかつした。

 持ち上げられ、空中で身をよじるしかない女子は、「放せ、放せ」と手足をバタつかせ抵抗した。すると偶然女子の足先が貴族の腹に当たり、怒りを露わにした男は、女子を投げ捨て、顔を踏みつけた。


「このガキ、黙っていれば調子にのりおって。決めたぞ、二度と口がきけないように痛めつけてから、家畜の餌にしてやる」


 何度も腹を蹴り、顔を蹴り、ボロボロになるまで痛めつけられた女子は、無様に地面を転がった。


「な、なんだぁこのガキ?! あ、青色の血を流しているぞ。まさかコイツ、モンスターじゃあるまいな?!」


 慌てふためく貴族の男の足にしがみついた女子は、最後の抵抗と足首に噛み付いた。モンスターに噛まれたと叫んだ男は、女子の襟首を掴み上げ、怒りのまま頭から地面に叩きつけた。


「許さん。もういい、この場で殺してやる」

「だれ、が、お前、なんか……に、やられる、もんか……」


 黙れと蹴り飛ばされてもなお、女子は必死で抵抗した。

 頭からは血を流し、体が動かなくとも、死物狂いで足掻き続けた――



「はぁはぁ、いい加減にしろ、このガキめ」

「わた、しは、絶対に、諦めない。わたしが、いなくなっても、絶対に、ここを、渡す、もんか。お父さんが、戻ってくるまで、絶対に、私が守るッ!」


 首を蹴られ一回転した女子がドサリと地面に横たわった。

 いよいよ動く気力もなくなり、虫の息となった女子の瞳は焦点が定まらず、うつろに宙を漂っていた。


「は、ハハ、ハハハ、やっと静かになったぞ、ガキめ」


 首を掴まえて持ち上げた男は、既に反応がない女子の顔にツバを吐きかけた。

 そして最後にトドメを刺すため、大きく女子の体ごと振りかぶった。


「最後は頭を潰して終わりだ、死ねぇ!!」


 壊れた玩具のように力なく振り回され、女子の体はギシギシと音を鳴らした。

 悦に浸り、笑みを溢す男の手を離れ、女子の体が虚しく宙を舞った。


 しかし地面に叩きつけられる刹那せつな、神風のように吹き上がった一陣の風が、女子の身体をふわりと支え、上空へと跳ね上げた――

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