第30話 魔獣との闘い

私はコーリン。魔王を倒した勇者パーティの一員で、あらゆる人体に関する知識を持つ『賢者』として人々から崇められている存在。だけど私はちょっと不満だった。

私は勇者パーティ内では、主に治療師として活躍していた。私の体液治療と治療ポーションのおかげて、勇者パーティーはモンスターとの激しい戦いを潜り抜けてこられた。いわば私こそが影の立役者だ。

それなのに、勇者パーティには私以上に民から尊敬される存在がいた。公爵の長女にして闇魔法の使い手、聖女マリアである。

本来『聖女』とよばれるべきは私なんだけど、その称号はマリアにもっていかれてしまった。ポーションをつくりだし治療を行ってきたのは私なのに。

闇魔法をつかえて「麻痺」という目に見える効果を持つあの女のほうが、人々を救ったことになるなんて。

そんな誰にも言えない鬱憤が、彼女の婚約者であり、勇パーティの一員である照明師ライトに向かったのかもしれない。

ライトは勇者の血を引くとはいえ、ただの農民の息子で身分が低く、彼を痛めつけても誰からも文句が来る心配はなかった。

次第に光司やレイバン、デンガーナから冷遇されるようになる彼に対して、私はポーションの実験台になってもらうことにした。

「この傷にはレッドポーションがいいわね」

ライトの傷口に、激痛を伴う治療薬を刷り込んでみたり。

「ダンジョンネズミに噛まれて毒を受けた?ならブルーポーションね」

わざとお腹を壊す下剤入りの毒消しを飲ましてみたり。

こうしてライトを実験台にすることで、私の治療師としての腕は磨かれていき、生物の構造についてもずいぶん詳しくなった。

その知識を魔法に応用することで、旅の終盤には私は一線で戦える魔術師となっており、人々から尊敬を込めて治療も攻撃もできる「賢者」と呼ばれるようになったんだ。

ただ、私がライトをわざと実験台にしていることに気づいているはずなのに、一応婚約者のマリアは何も言ってこなかった。その意味では期待はずれだったのかな。

まあいい。結局マリアが聖女と呼ばれるようになり、勇者光司と結ばれた。気に入らない女だが、ここから離れた王都にいるなら顔を合わせることもないだろう。

後は反乱を起こしたライトを始末すれば、私の地位は安泰だ。そうなれば、リュミエール王子と……。

幸せな未来を想像して頬をゆるめていると、最近手に入れたエルフの少年奴隷が入ってきた。

「ご、ご主人様。紅茶を入れました」

そうおどおどした様子でお茶を運ぶと、一礼をして部屋を出て行こうとするので、私は呼び止める。

「ちょっと待って。なぜ砂糖を持ってきてないのかしら」

「え、だってこの前は砂糖なんていらないって鞭で叩かれて……」

わかんない子ね。今日は甘い紅茶を飲みたい気分なのよ。その程度のことも察せられないのかしら。

「口答えする気?奴隷の分際で」

私は鞭を手に取ると、その奴隷を思い切り叩いた。

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

必死になって謝る様子がかわいらしい。ふふ、まるでリュミエール王子をいじめているみたい。わざわざ彼に似ている奴隷を選んだ甲斐があったわ。

「私は虐めているんじゃないのよ。これも愛情の証なの。さあ、いい声で啼きなさい」

私は奴隷を痛めつけながら、愛するリュミエール王子に思いをはせる。

その時、王都にいるマリアからの手紙が届いた。

「どれどれ……あの女が私に何の用かしら」

その手紙によると、ライトは魔王の力を手に入れ、復讐のために暴れまわっているらしい。もし学園都市に来た場合、どう対処すべきかということが綴られていた。

「あの女のアイデアという所が気に入らないけど、確かに有効ね。それにこのやり方が成功してライトを倒せば、私とリュミエール王子の間に確かな絆を結ぶことができる」

そう考えた私は、ひそかに対ライト用の罠を張るのだった。

そして数日後、私は警備兵から緊急連絡を受ける。

「申し上げます。大勢の人型モンスターが現れました。ものすごい速さでこっちに向かってます」

「なんですって?」

この世界からモンスターはいなくなったはずなのに、モンスターの襲撃があるとは。これは何かライトに関係あるのかもしれない。

「至急、第一騎士団に迎撃をお願いして」

「は、はい」

慌てて走っていく兵士をみながら、私は治療用ポーションの制作にとりかかるのだった。


ここ数日王子は元気がないようだったが、モンスターの襲来と聞いて気を取り直し、配下の騎士をつれて迎撃に出た。

「コーリン。僕たちはモンスターと戦ったことがない。どう戦えばいいか知恵を貸してくれ」

王子に頼られて気を良くした私は、今までの戦いの経験からアドバイスしてあげた。

「そうですね。基本的にモンスターとは動物が魔王の力を受けて魔物化したものなので、本能のままに襲ってきます。なので、何重にも取り囲まれている水堀で進行を阻み、間をつなぐ橋の部分に戦力を集中させるべきです」

学園都市を取り巻いている水堀は広くて深い。その間を飛び越えるなんてことは、いくらモンスターでもできないはずである。

私の意見に王子は頷き、騎士たちを配置する。

「いいか、橋を通ろうと襲い掛かってくるモンスターを、複数で取り囲んで倒すんだ」

「はっ」

騎士たちは敬礼すると、散っていった。

ああ、私の命令で騎士たちが動くなんて、なんて楽しいんだろう。やっぱり王子と結婚して、この国の人を思うさま動かしてみたい。

王妃になって政治を影から動かす妄想に浸っていると、緊張した騎士たちから声があがった。

「見えました。人型のモンスターです」

騎士が指さす方を見ると、全身が真っ黒い肌でおおわれ、鋭い牙と爪をもつモンスターが数十匹現れた。なぜか耳だけが長い。

(待って。黒い肌って……もしかして!)

魔王との戦いの中で苦戦した、ある特別なモンスターのことを想い当たって警告を発しようしたとき、奴らはいきなり襲い掛かってきた。

「来ます……えっ?」

騎士たちが驚きの声をあげる。なんとモンスターたちの一部が水堀にかかっている橋を無視して、直接飛び越えてきた。

「ウォォォ―――――ン!」

まるで狼のような叫び声をあげて水堀を飛び越えたモンスターたちは、今度は逆に橋に集まっている騎士たちを前後から挟撃する。

「こ、これはどういうことだ!話が違うじゃないか!」

「と、とにかく戦え!」

挟み撃ちになった騎士たちは、必死に剣を抜いて切りかかる。しかし、ガキっという音とともに剣が折れた。

「あ、あれは!」

遠くから双眼鏡で見ていた私は戦慄する。まちがいない!あれは魔王から直接力を与えられたアイアンモンスターだわ。

だとすると、通常の武器は通用しない。王子にも協力してもらって、あの策を使わないと。

「ど、どうすればいいんだ!」

王子は隣でオロオロしていて、的確な指示を下せないみたい。やむなく私は王子を無視して命令を下した。

「最終ラインの内堀まで撤退!」

「は、はいっ」

私の命令を聞いた騎士たちは、すぐさま撤退を始める。しかし、狭い橋の上に人員を集中していたせいで混乱が生じた。

「は、早くいけ!奴らが来る!」

「お、押すな!落ちる!」

撤退しようにも,押し寄せる人の波に押されて堀に落ちる騎士たちが続出する。

なんとか内堀まで撤退できた私は、ここで非情な命令を下した。

「橋を落として!」

「し、しかし、仲間たちがまだ外にいます!」

意義を申し立てる騎士を鞭で叩いて、どやしつける。

「いいの!さっさとしなさい!」

内堀にかかっていた橋に炎がかけられる。それを見た外にいる騎士たちから絶望の声があがった。

「そんな!これじゃ撤退ができない!」

「俺たちに死ねっていうのか!」

そんな甘ったれたことをわめく騎士に、私は再び命令を下した。

「あんたたちは時間稼ぎをしていなさい」

それを聞いた騎士たちが絶望の表情を浮かべるが、奴らにかまっている暇はない。

その時、王子がやってきて怒鳴り上げた。

「なぜ橋を落としたんだ!騎士たちを見捨てるつもりなのか!」

ああ、うるさい。何も考えられない無能はだまっていなさいよ。

「彼らに食い止めてもらうためです」

「バカな!橋を落としたって無駄だ!奴らは簡単に水堀を飛び越えてくるんだぞ」

この私がそんなことくらい考えてないとでも?騎士たちはこれから行う策のための時間を稼いでもらうだけよ。

「王子。騎士たちを救いたいのなら、協力してください」

そういって、堀にかけられた階段を降り、船着き場からボートにのる。

「どうするつもりだ!逃げるつもりか?」

「この状況で逃げられるわけないでしょうが!いいから、王子はこの水に光魔法をかけてください」

無理やり王子の手をとって、内堀の水につける。

「ひ、光魔法だって?そんなことしても!」

「いいから!」

「わ、わかった」

私の剣幕に押されて、王子は水に光魔法をかける。水面の本に一部が、魔道具化して光り輝く『聖水』になった。

私はその聖水が拡散するまえに、水魔法をかける。

「『沸騰(ボイラー)』

私の魔法を受けた聖水は、温度を無視して気体に変化し輝く霧のドームとなって学園都市を取り巻いた。

「これで大丈夫ね。なんとか間に合ったわ」

ほっと一安心する私の隣で、王子が叫び声をあげる。

「ああ、騎士たちが!」

堀の向こうを見ると、決死の覚悟で戦っていた騎士の最後の一人の喉笛が噛み切られる所だった。

「王子、ご安心を」

「何が安心しろだ!次は僕たちなんだぞ」

王子の言う通り、騎士たちを殺しつくしたモンスターが内堀を飛び越えて学園都市に侵入しようとする。

「ギャッ!」

しかし、空中で輝く霧の結界に触れたモンスターたちの体は、瞬く間に溶けて行った。

「な、何をやったんだ」

「やつらは魔王から特別な魔力に守られている魔物を『アイアンモンスター』という存在です。固い闇のオーラに包まれて、波の武器では傷一つつけられませんが、唯一ダメージを与える方法があります」

私は王子が光魔力を込めた聖水を指さす。

「光の魔力を込めた『聖水』なら、モンスターの皮膚を酸のように溶かすことができます。あとはそれを私の水魔法で『沸騰』させて光の霧を作れば、広範囲に効果を及ぼすことができるでしょう」

どう?これがマリアのアイデアを私が発展させた対ライト用のトラップだったけど、うまくいったみたいね。

私のトラップは効果を発揮し、モンスターたちは瞬く間に全滅した。

「どうですか!私の知恵は。国を導く王子のパートナーにふさわしいかと……」

私は王子の隣で威張って胸をそらすが、なぜか彼は逆上して掴みかかってきた。

「こんな方法があるなら、なぜ最初からしなかったんだ!そうすれば多くの騎士たちに犠牲を強いることはなかったんだ」

やれやれ。これだから実戦を知らないお坊ちゃまは。最初からアイアンモンスターが襲ってくるなんてことが、わかるわけないでしょうに。戦の中で情報を掴んで、それをどう戦いに生かすかが重要なのよ。後からああすればよかったなんて、誰でもいえるのだからね。

その意味では捨て石にした騎士たちは充分役目を果たしたんだけど、王子には理解できなかったみたいだ。

「すまない。勇敢な騎士たちよ……」

死んでいった騎士たちの為に泣く王子を見て、私はちょっと幻滅するのだった。



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