第29話 王子リュミエール

少し前。

農業都市コルタール、商業都市オサカが壊滅したことで、国中の貴族は戦々恐々としていた。

それはここ、学園都市モンジュも例外ではない。

「実家はコルタール地方にあるのよ。どうなってるの?」

「オサカが壊滅したら、うちの領地の鉱石は誰が買ってくれるんだ……」

貴族の子弟たちは、それぞれの実家からの手紙で今の王国の混乱した状況が知らされて動揺する。

その後、反乱を起こした人物の名前が伝わってきたことで、さらに激しくなった。

「あの偽勇者ライトが反乱を起こしただって?」

生徒たちは信じられないといった顔をする。この学園にいたころのライトは、攻撃魔法を一切覚えられない劣等生だった。最初は勇者の血を引くものだと期待を寄せていた生徒たちも、彼が無能だと知ると手のひらを返して馬鹿にしていたものである。

「もしや、ライトが今になって勇者の力に目覚めたのか?だとしたら……」

「ここにもきっと復讐にくるぞ」

そう恐怖した生徒たちは、この学園に教師として帰ってきた勇者パーティの一員の元に参集する。

小さな体に教師のかぶる学者帽をかぶったその少女は、あらゆる魔法に精通し、「賢者」の称号をもつ美少女だった。

「賢者コーリン様。ライトが復讐にきたら、俺たちどうすればいいんでしょうか?」

そんな彼らを、賢者コーリンは厳しくたしなめた。

「あなたたち、何を動揺しているの?私たちは誇りある貴族でしょ!身に着けた魔法は何の為?あんな元農民ごときを恐れるんじゃないわよ」

コーリンの叱責にもかからわず、生徒たちの不安は収まらなかった。

「だ、だけど、私たちは修行中で、スライムやダンジョンラットぐらいしか倒したことないし……」

「私たちに戦えって言われても……そういうのは騎士たちの役目でしょ」

互いに顔を見合わせて尻込みする。コーリンはそんな彼らをみて、ため息をついた。

「もういいわ。あんたたちは学園の中で布団かぶって震えていなさい」

そう言い捨てると、コーリンはこの学園都市を守護している第一騎士団の元に向かった。


第一騎士団の駐屯所は、学園都市の中央にある。

騎士団長にして王国の第一王子リュミエールがコーリンを出迎えた。

「ライト君が反乱を起こしたそうだね」

リュミエールが苦い顔をする。彼は金髪の美少年で、ライトが変身したアポロンの姿に瓜二つの容姿をしていた。

「はい。偽勇者として世界をだました事にあきたらず、反乱を企てるとは。許しがたい大罪人です。リュミエール殿下」

コーリンは、彼の前でライトを弾劾する

しかし、リュミエールは悲し気な顔をしてかぶりを振った。

「なんとか彼を説得できないものか……」

「殿下!」

不満そうな顔をするコーリンを、リュミエールは冷たい目で見つめた。

「彼の気持ちはわかる。冤罪をかけられ、偽勇者呼ばわりされたんだ。復讐したくなって当然だ。ああ、僕が王都にいたら、なんとしてでも父上たちの暴挙を止めたのに……」

リュミエールは魔法学園にいた頃、ライトと知り合って友誼を結んだ。そのことを知っていた国王は、勇者パーティの出迎えに彼を参加を許さず、学園都市に留めたのである。

後でライトの処罰を聞いて、胸が張り裂けそうな思いをしていた。

そんな王子を、コーリンは嫉妬の表情で見つめる。

(なぜ王子は私を愛してくれず、ライトなど気にかけるんだろうか!いくら王子がライトと同じ光の魔法の使い手だからって、天と地ほど身分の差があるのに)

コーリンの視線に気づかず、リュミエールは嘆く。

「本来なら、僕が勇者の正統後継者として魔王討伐に参加するべきだったんだ。僕も勇者ライディンの血を引いているのだから。彼は僕の身代わりになったも同然だ」

リュミエールはため息をつきながら、手のひらに魔力を集中される。真っ白い光が輝き、辺りを照らした。

勇者ライディンの血筋は行方不明とされていたが、実は一つの家系だけは所在がはっきりしていた。ほかでもない王家である。

40年前、勇者ライディンは王家の姫を娶り、その血筋は子孫の代で王家に引き継がれた。代々の国王は光の魔法が使えるのである。

しかし、王家の者が魔王討伐に出るなど許されることではない。それで国中からほかに勇者の血を引く者が捜索され、ライトが選ばれたのである。

「彼は、僕の従兄弟のようなものだ。モンスターと戦ってもレベルアップできない彼と、そもそもモンスターとの戦いを許されない僕。照明魔法しか使えないわが身を嘆いて、よく愚痴をこぼしていたものだ」

いつまでも続く後悔と愚痴に、コーリンはうんざりして𠮟りつけた。

「今更そんなことをいっても仕方ないでしょう。あなたは第一王子であり、この国を継ぐべきものです。ライトはすでに反乱を起こしました。それを許しては、王国の権威が傷付きます」

「王国の権威、か……」

リュミエールは、押し付けられた立場の重圧に苦い思いを感じながら、しぶしぶ頷いた。

「わかった。彼がここに来たら、貴族の子弟を守るために正々堂々と戦おう」

「そのお覚悟をきけて、安心しました。それでこそ勇者の血を引くお方です」

コーリンはそういって帰っていく。リュミエールは複雑な思いを感じながらも、配下の騎士に警戒態勢を取らせるのだった。


僕はリュミエール。人間の王国の王子だ。

「殿下。冒険都市インディーズから奴隷が届きました」

コーリンからそんな報告をされ、面食らってしまう。

「奴隷だって?なぜそんなものが?」

「我々、貴族の使用人にするためです。まずは王子から気に入った奴隷を選んでください」

そう言われて、興味をひかれた僕は奴隷たちが入れられている檻を見に行く。

すると、その奴隷たちとはエルフだった。

「なんでエルフが奴隷に?」

疑問をもった僕が奴隷たちをよく見てみると、緑色の長い髪をもつ美少女と目があった。

「ルル!」

僕は思わず叫び声をあげてしまう。足に奴隷の鎖をつけられたその少女は、僕の婚約者だった。

「なんで君が奴隷なんかに?いったい何かあったんだ」

「白々しい。エルフ王国を滅ぼしておいて、何を言っているのですか?」

エルフ王国の第二王女、ルルからは軽蔑の目を向けられた。

「待ってくれ。どういうことなんだ!エルフ王国と人間の王国は、共に手を携えて魔王に対抗する友好国だったはずだ。それがなせ……」

ルルはため息をつくと、自嘲気味に話し始めた。

「人間など信じるべきではありませんでした。魔王がいるころは、必死に私たちの機嫌を取って貴重なアイテムやポーションを提供させたのに、いざ魔王が倒されたとなると、手のひらを返して冒険者たちにエルフ王国を攻めさせたのです……」

「そんな……」

私はずっとモンジュにいて、父上に何も知らされてなかったことにショックを受ける。

ルルはそんな私を、さげずむように笑った。

「何を驚くことがあるのです。あなた方人間は自分たちの同胞であるライトとかいう勇者の末裔も、あっさりと裏切って貶めました。そのような恥知らず、自らの欲のために友好国であるエルフ王国を攻めても不思議ではないでしょう」

「うっ……」

ルルの言葉が、僕の心を傷付ける。

その時、だまって聞いていたコーリンが、ルルに向かって鞭をふるった。

「殿下に対して無礼な!たかがエルフの奴隷の分際で」

「ぐっ!」

鞭で打たれて苦痛に顔をゆがめるルルだったが、なおも気丈に言い返す。

「そうね。今更あなた方人間を信じたことを後悔しても遅いわね。だけど、あなた方の思い上がりもいつまでも続かない。裏切りと理不尽を重ねるあなた方は、自らまき散らした恨みから生まれる復讐者によって、いつかは倒されるのよ」

「生意気な……!」

コーリンがさらに鞭で打とうとするので、僕は慌ててかばった。

「やめろ!ルルは僕が引き取る」

「殿下!なぜそのような者を」

「彼女は僕の婚約者だ!」

それを聞いたコーリンは、憎しみを込めた目でルルを睨んだ。

「エルフ王国はすでに滅びました。殿下の婚約話はすでに解消されています」

「……だとしても、彼女は僕の大切な友人であることに違いはない!傷つけることは、この第一王子、リュミエールの名において許さん」

精一杯の威厳をこめて命令すると、コーリンはしぶしぶ引き下がった。

「殿下のご命令とあればご随意に。ですが、殿下はわが王国の正統王位継承者でございます。いずれふさわしい家柄の貴族令嬢とご婚約していただきますので」

「……ああ。わかっている」

僕は頷くと、ルルの足の鎖を外してあげた。

「ルル、君を奴隷から解放する。エルフ王国に帰るといい」

「……ふっ。すでにエルフ王国は滅ぼされました。帰る家などありません。それに、わが同胞たちを見捨てることもできません。今日から奴隷としてお仕えさせていただきます。殿下」

そういって礼をするルルの顔は、まるで能面のように無表情だった。


結局、僕はルルをメイドとして雇うことにした。エルフの国に帰そうとしても、「すでに城は壊されました。わが姉や同胞も捕虜になっています。今更私に帰る場所があるとでもお思いですか?」と返されてしまう。

幸い、メイドとしての仕事は完璧にこなしてくれた。

「ご主人様。これが今日のお着換えでございます」

「これが今日のお食事でございます」

「ベッドのシーツを交換しておきました」

パリッとノリが効いたシャツを用意してくれ、食事やベッドの管理もしてくれる。

「あ、ああ、ありがとう」

「礼は不要なので。私はあなたの奴隷ですから」

しかし、あいかわらず冷たい態度を取られるので、僕の心が休まる時はなかった。

どうしてこんなことになったのだろう。幼い頃は仲の良い友達で、彼女と婚約を結ぶことになった時は本当にうれしかったのに。

「な、なあ。何が起こったんだ。なぜ人間の王国がエルフ王国に攻め込んだんだ」

「王子であるあなたが知らないはずはないでしょう」

ルルがそう冷たく返してくるので、僕は全力で否定した。

「知らない。知っていたら止めていたさ。人間の王国とエルフの王国は、共に手を携えて魔王の脅威に立ち向かう友好国だ。それがなんで……」

「はぁ。本当にあなたは何もしらない子供のままなんですね……」

ルルはため息をついて、魔王討伐後に何が起こったのかを話し始めた。

「魔王の脅威が取り除かれたとみるや、あなたがた人間が本性を現したのです。魔王を倒したのが人間である以上、人間がこの世界のすべてを支配するべき尊い存在なのだと言い始めました。それが光の神ランディーの意思であると」

「なんだって!誰がそんなことを言い始めたんだ」

この世界には人間だけではなく、エルフなどの亜人も大勢いる。人間が世界のすべてを統べるべき存在などとは、思いあがりもはなはだしい。

「決まっているでしょう。あなたがたの聖女、マリアですよ」

「マリア様が?」

思いもよらぬ人物の名を告げられて驚いてしまう。

「教会はすっかり彼女の思想に毒されていて、国王をそそのかしたのです。魔王討伐の報告に来たという名目で訪れたあなたがたの使者である戦士レイバン一行を、私たちは歓迎して城に招き入れました。そしてその夜」

レイバンはすっかり油断して寝静まっていたエルフたちを、虐殺して回ったという。

不意を突かれたエルフたちはなすすべもなく敗北し、王と王妃は殺され、王女姉妹は人質として捕虜にされてしまった。

「そんな……」

すべてを聞いた僕は、あまりの卑怯さに吐き気がしてきた。

「ルル。すまない。父上や教会がそんなひどいことをしていたなんて。僕にできる事ならなんでもする。だから、許してほしい」

ルルの手を取って謝罪するが、彼女は冷たく僕の手を振り払った。

「あなたの謝罪など、何の意味もありません」

「わかっている。でも謝らずにはいられないんだ!」

僕は彼女の前で土下座して謝った。

ルルはそんな僕を冷たく見下ろしていたが、ふいに乾いた笑みを浮かべた。

「そうですか。なら、あなたにできることがただ一つだけあります」

「なんでも言ってくれ!」

顔を上げた僕の前で、ルルはいきなり服を脱ぎ始めた。

彼女の白い肌が、どんどん露わになっていく。

「な、なにを?」

真っ赤になった僕の前で、ルルは冷たく告げた。

「私を抱きなさい。あなたの子供を産んで、人間の王国の王子とします。そして、やがては人間の王国を滅ぼす獅子身中の虫として育て上げるのです!」

キャハハハと笑う彼女に対して、僕は絶望のあまり触れることもできなかった。

「さあ、どうしたのですか?早くなさい」

「無理だ……僕は君を愛している。だからこそ、今の君を抱くことはできないんだ」

それを聞いたルルは、軽蔑した目で僕を見つめると、服を着た。

「口先ばかりで何もできない王子ね。いいでしょう。いつまでも僕は関係ないと現実から目をそむけているがいいわ」

そういうと、部屋から出て行ってしまう。僕はあまりにも変わってしまった彼女を見て、涙を流すことしかできなかった。

(ライト……僕はどうすればいいんだ。王子として何をすべきなんだ。僕は……なんて無力なんだ)

王子の身分を持ちながら、親友を救い出すことも愛する人を守ることもできなかった自分の無力さに怒りをつのらせるのだった。

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