第31話 魔王襲来

私たちは学園都市に籠城し、王都からの援軍を待つことにした。

「さすが賢者様だ。モンスターを全滅させるなんて」

「聖水を霧にするなんて、ちょっと思いつかないよね。これが魔王相手に戦い抜いた賢者の力なの」

貴族の生徒たちの賞賛の声が心地いい。

「聖女様は勇者様と結婚するんだし、これで賢者様が王子と結ばれれば、王国は安泰なんじゃないか?」

「そうよ。王妃には知恵に優れた賢者様がふさわしいわ」

戦いを見ていた生徒たちは、そんなことを口々に言い合っていた・

よろしい。これで次世代の貴族の心をつかんだわ。彼らは領地に戻ったら、私を王妃にするように両親たちに働きかけるでしょう。

王子はあのルルとかいう元婚約者に未練があるみたいだど、そうなれば私との結婚を拒否できないでしょうね。

私はすべてがうまくいっていることに満足しながら、ダメ押しとして治療院を訪れる。

そこはまるで野戦病院のような有様だった。

「治療ポーションはないのか?」

でもいいわ。今度こそ私の価値を思い知ったでしょう

「痛い……苦しい」

「早くポーションをもってこい!」

傷付いた騎士たちが、使用人のエルフたちを怒鳴りつけている。

「で、でも、もうポーションは使い切ってしまいました」

「うるさい!なんとかしろ!」

騎士たちは癇癪を起して、エルフ奴隷たちに八つ当たりしていた。

いい傾向ね。治療ポーションの用意を少なめにしておいて正解だったわ。

「勇敢な騎士たちよ。私が作ったポーションをもってきてあげたわ。感謝なさい」

持ってきた鞄を開けて、ポーションを見せる。

しかし、騎士たちはなぜか手をだそうとしなかった。

「あれ?どうしたの?」

「帰れ」

その声と共に、私の顔になにかが当たる。それは騎士たちの体を巻いていた、血に汚れた包帯だった。

「何するのよ!」

「うるさい。お前のせいで、仲間が死んだんだ」

その騎士は、憎しみの目で私を睨んでいた。

「なんで私のせいなのよ。騎士たちはモンスターに殺されたんでしょ!」

訳のわからない言いがかりをつけてくるその騎士に反論するも、他の騎士たちからもブーイングが上がった。

「お前が橋を落としたせいで、仲間たちは撤退できなかったんだ」

「そうだ!俺たちの仲間を捨て石にしやがって」

「俺の弟を返せ!」

そんな罵声と共に、包帯や空き瓶が投げつけられる。私は怒りのあまり、怒鳴りつけた。

「はあ?甘ったれんじゃないわよ。あんたたちは騎士でしょ!命を捨てて私たち貴族を守るのが当然じゃない!」

そもそも騎士とは、魔法がうまく使えないから貴族爵位を継げずに軍隊に入った者がほとんどだ。

そんな半端者が選ばれた魔法使いである貴族の為に死ねたんだから、誇りに思うべきよ!

「それが君の本音というわけか」

冷たい声が響く。振り向くと、リュミエール王子が軽蔑した視線を私に送っていた。

「お、王子、これは違うんです。私は別に騎士たちを見下しているわけじゃなくて……」

「もういい。僕たちは仲間を見捨てた君を絶対に許さない。君が作ったポーションに頼る位なら、死んだ方がましだ。でていけ」

王子は冷たく私を突き放す。

その時、外を見張っていた兵士たちから報告が入った。

「申し上げます。黒いローブを纏った男が現れました。反乱者ライトだと思われます」

「くっ……こんな時に……わかった」

王子はまだ動ける騎士たちを連れて、治療院をでる。私は慌ててついていった


光の霧の結界から現れたコーリンとリュミエール王子。

「ライト君……本当に君なのか?その頭はどうしたんだ?それにそんなにやつれてしまって……まるで幽鬼みたいだ」

以前は俺の親友だった、リュミエール王子が信じられなといった風に聞いてきた。

「すべては、勇者パーティのせいさ。奴らに照明係を押し付けられたせいで、髪は全部抜けてしまった」

俺はちょっとおどけながら、自分のハゲ頭をぺしべしと叩きながら光らせてみる。

王子は非難するような目を隣にいるコーリンに向けたが、彼女は平然としていた。

「ふん。戦闘の役に立たない足手まといに役目を与えてやったのです。私たちの慈悲に感謝しなさい」

「役目ねぇ。それだけじゃないよな。お前は俺をポーションの実験台にしていた。お前の薬のせいで、どれだけ苦しんだか。俺のこの幽鬼のような姿は、お前に壊されたせいもある。絶対に許しはしない」

俺は手のひらを前にだし、レーザーソードをコーリンに向けて放つ。

しかし、光の剣が聖水の霧に触れた瞬間、拡散して消滅した。

「無駄ですわ。光魔法は霧の中では水分子に反射して拡散してしまいます

光魔法が通用しないと知ると、次に闇魔法を放ってみる。しかし、予想通りに聖水が霧化した結界に阻まれた。

「あははは。いかに勇者や魔王の力を得ようが、所詮は戦いの経験を積むことができなかったもの。この賢者たる私にかなう訳がありませんわ」

聖水をつかった結界によほど自信を持っているのだろう。コーリンは胸をそらして高笑いした。

そんなコーリンを、王子はたしなめる。

「よせ。これ以上無様な姿を晒すんじゃない」

「無様ですって!」

怒るコーリンを無視して、王子は前にでる。

「ライト君。もうやめないか?復讐は何も生み出さない。君は自分が世界で一番不幸になったと思っているみたいだが、世の中にはもっと不幸になった人もいるんだ。君の復讐にそういう人たちを巻き込んで、さらに不幸にさせるつもりか?」

「はっ。王子でこの世で一番幸せなお前が、上から目線で説教か」

王子の寝言を、俺は鼻で笑ってやった。

「僕は幸せなんかじゃない!婚約者であるルルを奴隷にされ、彼女に嫌われてしまった。王子という立場を押し付けられ、そのうち好きでもない相手と結婚させられるだろう。僕は断じて幸せなんかじゃない!」

王子はそう叫ぶと、俺に向かって頭を下げた。

「ライト君。君にかけられた冤罪を、第一王子リュミエールの名において晴らす。国中に君の功績を公表し、君が勇者の正統後継者であることを認知させる」

「……それで?」

俺はどうでもいいといった風に返すが、王子はかまわず続けた。

「そうすれば、きっと民たちにも勇者として称えられるようになるだろう。栄耀栄華は思いのままだ」

俺は王子の言葉に、うんざりして首を振った。

「王子。お前は最初からズレている。俺の望みは勇者として崇められることでも、出世することでもないんだ」

俺に拒絶された王子は、必死になって聞いてくる。

「なら、君の望みはなんなんだ?」

「……家族と共に、平凡に暮らすことだ」

そうだ。俺の望みは勇者になることでも、公爵の婿になることでもない。ただ故郷で愛する者と共に平凡に過ごす。それだけだったんだ。

あの日、勇者と共に凱旋した時、俺はこれで長い間押し付けられた役目から解放されると喜んでいた。

褒美なんて何もいらない。ただ俺を故郷に帰してくれること。それだけが俺に対する報酬だったんだ。

俺はアリシアを連れて故郷に帰り、父や母、妹に歓迎されて穏やかに暮らすという失われた未来を想像してしまい、思わず涙を流す。

「お前たちにできる償いはただ一つだけだ。家族を返してくれ」

それを聞いた王子は、絶望的な顔をした。

「家族を返せといわれても、無理だ」

「その通りだ。だから俺はそんな取り返しのつかない理不尽を俺に与えた人間そのものを憎む。いかなる交渉も償いも受け付けない。魔王として人間に復讐する」

俺の宣言を聞いた王子は、きっと顔を上げて覚悟を決めた顔をする。

「……ならば、僕は王子、いや勇者の血を引く者として、罪のない多くの人間を守るために戦う。これ以上君のような不幸な人間は増やさせない」

「いい覚悟だ。互いに相いれない魔王と勇者として、死力を尽くして戦おう」

こうして、俺と王子との間の友情は終わりを告げるのだった。

「ふん。ライトの分際で生意気な。『氷結』」

コーリンが水堀に向かって水魔法を放つと、水面の一部が盛り上がって氷の橋を作る。そして王子と騎士たちに聖水を振りかけた。

「さあ、これて魔王と戦えるはず。騎士たちよ。やっておしまい」

「お前ごときが命令するな。殿下、いかがいたしますか?」

騎士たちは不快そうな顔をして、王子の判断を仰ぐ。

「仕方がない。第一騎士隊出撃!魔王を倒せ!僕も出る」

王子の言葉を聞いて、騎士たちの士気は高まった。

「うぉぉぉぉぉぉ!魔王よ!覚悟しろ」

数十人の生き残りの騎士たちが、雄たけびを上げて突進してくる。

俺は両手にレーザーソードを掲げて、騎士たちを迎え撃った。

「ははは、なんだその構えは。剣術の基本もなってないみたいだな」

相対した騎士が、俺を見てあざける。俺は数十人の騎士に取り囲まれていた。

「その程度の腕なら、集団で掛かることもあるまい。騎士として正々堂々、一対一で戦ってやろう」

俺の剣の腕を見抜いたその騎士は、余裕たっぷりに挑発してきた。

「なにしているの!さっさと皆で切りかかりなさい!」

それを見ていたコーリンが叫ぶが、騎士たちは相手にしない

「いいだろう」

「よし。では始め!」

試合気分なのか、王子が開始の掛け声をあげる。

俺は適当にレーザーソードを振り上げ、正面から切りかかっていった。

「ふっ。なんだそれは。子供のチャンバラか」

その騎士は余裕たっぷりに剣で受けようとする。

次の瞬間、レーザーソードはその剣を紙のように切断し、そのまま騎士を鎧ごと縦割りにした。

「え?

騎士が両断されて、血しぶきが舞う中、周囲の騎士はぽかんとする。

その隙を見逃さず、俺は周囲を囲んでいる騎士たちに鎧の上から切りかかった。

「うわぁぁぁ!」

俺の軽いひと振りで、数人の騎士が胴体ごと両断される。

「ば、馬鹿な!」

「なんで鎧が効かないんだ!」

騎士たちは想定外の事態が起こったので混乱しているが、無理もない。

彼らにとって、剣で撃ち合うことも鎧で防ぐこともできない武器など想像もしたことがないのだろう。

だが、このレーザーソードは実体がない光の魔法剣である。剣も鎧も人体も無視して断ち切ることができる。

そうなると、剣技など無意味である。ただ適当に切りつけるだけで、相手を切り殺すことができるんだ。

「ま、待て!卑怯だぞ。正々堂々と戦え!」

何か説教しようとした中年騎士を、思い切り袈裟懸けに切り捨ててやった。

数十人もいた騎士たちが、あっという間に数人の王子の護衛のみになる。

「王子、お逃げください!」

必死にかばおうとする護衛を一振りで片付け、俺は王子の前に立った

「ひ、ひい!」

恐怖の叫び声を上げながら切りかかってくる王子に、俺はレーザーソードをふるう。

「ぎゃあああああ!」

俺の剣は王子の右腕を切り飛ばしていた。

「痛い!痛い!」

地面に転がってもがく王子を、俺は冷たく見下ろす。

「これで終わりだ!」

まったく容赦することなく剣を振り下ろしたとき、いきなり彼の前に水でできた盾が出現して、レーザーソードを屈折させた。

「なに?」

「『水鏡盾ミラーシールド』王子は殺させないわ!」

見ると、結界の向こうでコーリンが杖をかかげている。

「王子、今です!結界の中に逃げ込むのです」

「わ、わかった!」

コーリンに救われた王子は、死に物狂いで逃げ出していく。霧の結界に逃げ込んだ瞬間、聖水で出来た水の壁が俺の行く手を阻んだ。

「王子を逃がしたか。いいだろう。前哨戦としてはなかなか面白かった」

俺はニヤリと笑うと、残った騎士たちに止めをさしていく。

この日、王国の最精鋭であった第一騎士団は、俺によって壊滅した。

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