第15話

俺は黒い服を着た神官の姿に偽装すると、オサカの街に現れた。

「欲にまみれたオサカの民たちよ。偽の勇者をあがめ、真の勇者をないがしろにしたお前たちに天罰が下る時が来た。お前たが信じる欲の証が、煙のように消えてなくなるだろう」

街の中央広場でそう告げる。

しかし、街の者たちはまたいつものことかと笑っていた。

「何が天罰だ」

「やれるものなら、やってみやがれ」

そう煽ってくる住人の前で、俺は宙に浮く。

「な、なんだ?空を飛んでいるぞ。あいつは何者なんだ!」

そんな彼らの前で俺は範囲を街全体に広げて『広域落雷魔法(エビルサンダー)』を放つ。

俺の雷を受けたクレジットコイン決済機は、その電気信号に忠実に従って機能を停止した。



ヨドヤ両替銀行

その総裁室で、うちはおとんと話し合っていた。

「それで、アポロンはんの乗っている船を海賊たちに襲わせたんか?」

「ああ、今頃は道具袋を回収できた頃やろう。ぐふふ」

おとんは欲深く笑った。

「もったいないな。あんな美形を殺すなんて」

「心配いらん。海賊たちには捕らえるように言っておいた。ふふ、奴はまだまだ使えるからな。カードと決済機を作る奴隷として、死ぬまでこきつかってやる」

あまりの欲の深さに、うちはさすがに呆れてしまう

「えげつないな」

「これが商人というものや。使えるとみたら、とことんまで絞りあげんとあかん。奴を奴隷にしたら、お前も好きにしていいぞ」

おとんが許すので、うちもあの美形をどう利用するか考えてみた。

「そうやな……ペットとして金持ちのマダムたちを相手させるのもええかな?もちろん、飼い主はうちや」

そんな風に考えていると、慌てた様子の支配人たちが駆け込んできた。

「た、大変です。今朝から、カード決済機が映らなくなりました」

「なんやと?」

うちとおとんは、慌てて銀行に設置された決済機のところに走っていく。

光の魔石を加工した決済機の周囲では、困り果てた様子の職員たちがいた。

「いったい、何事や!」

「わ、わかりません。今朝、いつものように呪文を唱えたのですが、水晶モニターには何も表示されず……」

支配人の言葉をきいて、うちは自分のカードを取り出してモニターに押し当ててみる。

いつもなら簡単にクレジットコインの出し入れができるのだが、決済機は何の反応も示さなかった。

「もしかして、壊れたんか?」

うちは「鑑定」の力をつかって、決済機を調べてみる。すると、「当プログラムはメンテナンスのために凍結されました。再起動するには管理者権限の起動呪文(パスワード)を入力してください」と診断結果が出た。

「ど、どういうことや」

「おとん。もしや、うちたちはアポロンにいっぱい食わされたんとちゃうか……?」

うちの言葉に、おとんが焦りだす。

「あのクソガキめ。舐めたことしやがって。」

「大丈夫や。奴が海賊に捕らえられてきたら、奴を「鑑定」して起動呪文(パスワード)をききだせばええんや」

それを聞いて、おとんも安心する。

「そうやな。そのうち連れてこられるだろう。とりあえず、今日のところは臨時休業にでもして……」

オトンがそう言った時、職員の一人が顔を青くして飛び込んできた。

「た、大変です。町中の人が銀行に押し寄せてきています」

「なんやて?」

慌てて二階の窓から外をみると、大勢の庶民が集まってきていた。

「おい!どうなっているんだ。街中のクレジットコインの決済機が動かなくなったぞ」

「買い物もできなくなったわ。とりあえず、コインを金貨に換えて!」

騒ぎ立てる庶民たちをまえに、うちたちはどうしていいかわからなかった。



私はランディ。この商業都市オサカで成り上がりを夢見る商人である。

最近、オサカは何かと騒がしい。黒いローブの神官が現れて、さかんに偽勇者ライトの冤罪を訴えているが、そんなの正直どうでもいい。

国やお偉いさんが奴を偽勇者だと公言している以上、真実はどうであれそうなのだ。皆も同意しているしな。

だから私も皆と一緒に奴に石を投げてやった。

奴は「天罰が下るぞ」と負け惜しみして逃げていったが、その商業都市では金こそがすべての現実主義だ。天罰を恐れるよりも金稼ぎが優先される。

そんな俺は、さらに金儲けできるやり方を聞いた。

なんでも「クレジットコイン」とやらを買えば、さらに便利に商いができるらしい。

最初は半信半疑だったが、いつでも金貨に換金できる上、国の意向にかかわらず貨幣の価値が保たれると聞いて、試しにクレジットコインを買ってみた。

すると、貨幣間の交換レートに悩まされることなくクレジットコインで仕入れ・販売ができるだけではなく、その価値も徐々に上がっていった。

これは儲かると踏んだ私は、今までためてきた金貨をすべてクレジットコインに換えておく。私の思惑通り、その価値は何倍にも跳ね上がった。

私と同じようにクレジットコインを買ったものは全員が大儲けし、「実体がないものを買うのはちょっと」と金貨で資産を持っていた頭の固い商人たちは、麦や商品の物価が跳ね上がって金貨の価値が暴落したことで相対的に大損をした。

ふふふ。ご愁傷様だ。商人は情報がすべて。新しい時代に適応できない奴は滅びるんだよ。

焦った商人たちはますますクレジットコインを買い、その値段は跳ね上がっていく。いつしか、街内の商取引から貨幣が姿を消してしまった。

しかし、誰も不便を感じない。物を売るにも買うにも、カードを決済機にかざすだけで済んでしまうからだ。

もはや現金取引など古いぜ。これからは仮想通貨の時代になり、金貨など銀行の蔵の中だけに存在するものになるだろう。

にわか成金となった俺たちは、新たな金を生み出す神となったヨドヤ商会と取引し、さらに資産を拡大させていく。

このままいけば大商人への仲間入りも夢じゃないと思っていたある日、突然歯車が狂ってきた。

いつものように料理屋で食事した後、カードで支払おうと決済機にあてたとき、決済画面が表示されなかった。

「おい。おやじ。これはどうなっているんだ?」

「おかしいな。壊れたかな」

商店のおやじが決済機を叩いたりゆすったりしてみたが、「ただ今メンテナンス中です」という表示がでるだけで、カードでの決済ができない。

「すいませんね。どうも調子が悪いみたいです。現金でお願いします」

商店のおやじはそういうが、もちろん現金などもってない。

「……現金はもってない」

「なんだと?それならどうやって支払いするんだ」

とたんにおやじが怒り出すが、無いものはない。

「ちょっと待ってくれ。銀行にいって換金してくるから」

「いいや、信用ならねえ。そのまま逃げる気だろう」

そういっておやじは通してくれない。仕方なく、担保として身に着けていた指輪を置いていくことになった。

「まったく。あの業突く張りめ。たかが飯代の代わりに高価な指輪を要求するとは」

憤慨しながら店を出て、銀行に向かう。するとあちこちの商店から言い争う声が聞こえてきた。

「決済機が動かないんじゃ、クレジットコインで支払いできないだろう。現金で支払え」

「知るか!機械が壊れたのが悪いんだろうが」

中には取っ組み合いの喧嘩を始めている者たちもいる。

「ま、まずいぞ。もしかして、街中の決済機がこわれたんじゃないだろうか。もしそうなら。俺のクレジットコインはどうなるんだ?」

クレジットコインには実体がなく、ただカードと決済機の間でしか成立しない仮想のものである。その一方が壊れたとなると、その価値自体が失われる可能性があった。

「一刻も早く金貨に換えないと」

俺は大慌てで、クレジットコインを発行しているヨドヤ両替銀行に向かうのだった。

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