第14話

「アポロンはん。ようきなはった」

俺を出迎えたデンガーナは、気味が悪いほど上機嫌で接してくる。

俺は穏やかにクレジットコインのカードを取り出し、全額を金貨に換金することを求めた。

「せ、全額でっか?」

いきなりの話で、デンガーナが動揺する。クレジットコインのカードと決済機の生産を握っている俺は、いくらでも残高を操作できる。俺の資産は金貨に直すと一千万枚にまで増えていた。

「ち、ちょっと待ってんか」

慌ててデンガーナは父親であるヨドヤを呼び出した。

「アポロンはん。こんな大金をうちから引き出して、どないするつもりや。あんさんとはいい関係を築いていけるとおもっとったんやが」

ヨドヤは傲慢な態度でにらみつけてくる。すでに彼らは、預かった金を自分の金だと勘違いしているようで、金貨を俺に支払うのが惜しいと考えているみたいだった。

俺はその態度を責めず、誠意をよそおって説得すする。

「いや、そろそろ国に帰って、父上に報告しないといけませんので。私の国ではまだクレジットコインが浸透していないので、金貨を持って帰って成果を見せないといけないのですよ」

「そやけど……」

「もちろん。父上を納得させたら、すぐに戻ってきてまた預金させていただきます。私がいない間は、クレジットコインの発行権をヨドヤ様に一任しましょう」

それを聞いて、ヨドヤも考え込む。現在、クレジットコインの発行はヨドヤたち大商人と、カードと決済機を製造している俺との合議で決められていた。

俺という目の上のたんこぶがいなくなれば、ヨドヤは誰はばかることなく無制限に発行できるようになる。

「しかたありまへんなぁ」

しぶしぶと、ヨドヤは金貨一千万枚を持ってくる。それは、銀行の総預金の半分を占めるほどの大量の金貨だった。

「これは持ち運びに大変そうだ。そうだ、ヨドヤ様が保管している、物を無制限に収納できる「勇者の道具袋」を貸していただけませんか?」

そう言われたとき、なぜかヨドヤの目がいやらしく光った。

「まあ、いいですやろ。その代わり、貸付料はキッチリ払ってもらいますで。親しき中にも礼儀ありや」

ヨドヤは欲深く要求してくる。俺は苦笑して使用料を払い、金貨1000万枚を袋に収納した。

「一か月後に戻ってきます。お元気で」

「あんさんも。気をつけておかえりなはれ。道中海賊などに襲われんようにな」

こうして、俺は商業都市オサカを離れる。

豪華な船を貸し切りにして港を出た俺は、不審な船が後をついてくることに気づいていた。

「ふふふ。浅はかな奴め。だがちょうどいい。久しぶりに大勢の人間の魂を吸収できそうだ」

俺はニヤリと笑って、夜になるのを待った。


俺たちは商業都市オサカを根城とする、ヨドヤ商会傘下の海賊団だ。

普段は商会のライバルになりそうな船を襲って生計を立てているが、最近は敵がいなくなり、暇を持て余していた。

そんな時、久々に主人であるヨドヤ様から指令が降りる。

「ホメロン国の王子が乗っている船を襲えばいいんですかい?」

「そうだ。奴が借りた船は、すでに船長以下すべてわての息がかかったものや。お前たちはゆうゆうと乗り込んで、王子を捕らえて道具袋を回収すればええ」

そういって、莫大な報酬を払う事を約束してくれた。

くくく、持つべきものは気前がいい主人だ。いつもの海賊行為と違い、乗り込む船の船長や船員が味方なら、一人の人間を捕らえることなんて赤子の手をひねるようなものだ。

私はターゲットが乗った船とひそかに連携を取りながら、オサカの街が見えなくなる沖合に出ると、静かに乗り込んだ。

「王子とやらはどうしている?」

船長に聞くと、彼はニヤニヤしながら答えた。

「船室で眠っています。ふふふ、不用心ですな。大金

をだして私たちを雇ったことで、安心しているのでしょう」

そういうと、船長自ら船室まで案内してくれる。

「よし。下がっていろ。一気に捕まえるぞ」

仲間たちとともに剣を構え、ドアを開けてなだれ込む。

「オラァァァ」

気合を入れて部屋に一歩踏み込んだとたん、足元に光でできた魔法陣が浮かび上がり、ビリビリという音とともに激痛と麻痺が全身を駆け巡った。

「やれやれ。予想通りだな」

冷たい声が響くと、黒いローブの男がゆらりとベッドから立ち上がる。奴の体からは、光と闇が混じったようなオレンジ色のオーラが立ち上っていた。

「き、貴様は……」

「残念だったな。ヨドヤの考えなどお見通しだ」

そういうと、立ち尽くす俺たちを無視して部屋の外にでる。そこには、あっけにとられたような顔をした船長たちがいた。

「あ、アボロン様、ご無事で……?」

「ああ。ケガ一つしてないさ。侵入者はすべて捕らえた」

アボロンはそういうと、船長たちに向かって顎をしゃくった。

「何をしている。侵入者だぞ。お前たちは俺にやとわれているんだろう。さっさと殺せ」

奴は冷酷にも、俺たちを殺せと命令してくる。

「で、ですが……」

「それとも、お前たちもこいつらの仲間なのか?」

そう責められて、船長と船員は覚悟を決めた顔になる。

「わかりました。すぐに始末しましょう。お前をな!」

船長たちは、硬直している俺たちを刺すとみせかけて、一斉にアボロンに襲い掛かっていった。

しかし、大勢の船員たちが突き出したナイフは空を切る。

なんと、アポロンと名乗った男は、宙を飛んでナイフを交わしていた。

「くくく……これでお前たちを殺す理由ができた」

アポロンは嬉しそうに笑いながら、その手からオレンジ色の剣を生み出す。

「新しい魔法を試してみよう。広域落雷魔法『エビルサンダー』」

剣から放たれたオレンジ色の雷が、船全体を駆け巡る。俺たちは一人残さず床に倒れこんだ。



「やめろ。やめてくれ。俺たちはヨドヤ様に金で雇われただけなんだ」

「そうだ。殺すなら海賊だけにしてくれ」

甲板の上には、船員たちの泣き叫ぶ声が響き渡る。黒い雷に打たれた俺たちは指一本動かすことができなくなり、アポロンによってマグロのように並べられていた。

「くそ……貴様、いったい何者なんだ」

俺は残された力をすべて使って、必死に奴をにらみ返す。すると、奴はククっと笑った。

「いいだろう。冥途の土産に俺の正体を見せてやろう」

そういうと、アポロンの姿が変わっていく。金髪の美青年の中から、ハゲ頭のやつれた男が現れた。

「貴様!偽勇者ライト」

俺たちはその男を見て驚愕する。この国の民の誰もが憎んでいる偽勇者の姿がそこにあった。

「偽勇者だと?違うな。今の俺を呼びたいのなら……『魔勇者』とでもよんでくれ」

ライトは笑いながら名乗りをあげる。

「魔勇者だと?」

「そうだ。勇者の力を持ちながら、魔王に転生したものが名乗るべき称号だ」

ライトは高笑いしながら、持っている剣で俺たちを突き刺す。神経をやすりで削られるようなすさまじい痛みが伝わってきて、俺たちは悲鳴をあげた。

「や、やめろ。やめてくれ!殺さないでくれ」

屈強な男たちが痛みと恐怖のために命乞いをする。

「けっ。どいつもこいつも黙りやがれ。こうなったらじたばたするんじゃねえ。覚悟をきめろ」

俺は海賊団のリーダーとして、精一杯の虚勢を張り、仲間たちを怒鳴りつけた。

「くっくっく。威勢がいいな」

そんな俺を、ライトはいたぶるように剣でつつきまわす

「けっ。せいぜい粋がっていろ。俺たちが殺されても、いつかきっと真の勇者である光司様がお前を倒す!」

俺の精一杯の負け惜しみに、仲間たちも少し気力を取りもどした。

「そ、そうだ。正義はきっと勝つ」

「真の勇者様!万歳!」

「きっと俺たちの仇をとってくれる」

そうだ。勇者がいるかぎり、人間は魔王などに屈しないんだ!

「そうか。ご立派なことだ。その強がりがどれだけ保てるか、試してみよう」

そういうと、ライトは両手を高く掲げた。

「エビルサンダー!」

天から再び稲妻が落ち、船底に穴があく。少しずつ船が沈み始めた。

「くくく……お前たちの神経はすでに焼き切れていて、指一本動かせない。これからゆっくりと水に沈む恐怖を感じながら死んでいくがいい」

そういうと、ライトの姿が宙に浮く。やつめ、俺たちがおぼれ死ぬのを高見の見物としゃれこむつもりか?

少しずつ、少しずつ船が沈んでいく。

ついに甲板に海水が浸る様になったとき、仲間たちは泣きわめきながら命乞いを始めた。

「頼む!見逃してくれ。俺には婚約者がいるんだ。この仕事が終わったら、結婚しようと約束しているんだ」

「病気の娘がいて、家で俺が帰ってくるのを待っているんだ。お願いだから助けてください!」

「俺には年老いた両親が……おかあさーん!」

奴は俺たちが必死に命乞いをするのを、心から楽しそうに見下ろしていた。

なんて残酷な奴なんだ。やはりこいつは魔王に違いない。

「た、助け……ごほっ」

俺の口にも海水が入ってきて、呼吸ができなくなる。俺は最後の瞬間まで、恨みを込めた視線で奴を見上げていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る