第16話
ヨドヤ両替銀行には、殺気立った庶民が押しかけてきていた。
「さっさとクレジットコインを換金してくれ!」
そう要求してくる庶民たちに、わが銀行の従業員たちは必死に説明している。
「ですから、決済機が動かない以上、換金はできません!」
「なんだと!ちゃんとカードに金額は表示されているだろうが!」
一番前の庶民が持っているカードを振り回す。たしかにそこにはクレジットコインの残高が表示されていた。
「ですから、その表示額が正しいかどうかは、決済機で判別しているんです。カードだけでは証明になりません」
「貴様!」
顔を真っ赤にしたその男は、その従業員の胸倉をつかんでゆさぶる。
ほかの庶民たちも、大声で騒ぎ始めた。
「最初から、俺たちの金貨を巻き上げる気だったんだな!この詐欺師め!」
そんな声が広がり、今にも暴動が起きそうになっていた。
これはあかん。銀行は信用が命や。詐欺師なんて悪評が広まったら、簡単につぶれてしまう。
そうおもったわては、仕方なく金貨への換金に応じた。
「わ、わかりました。それでは順番にどうぞ」
庶民を列に並ばせ、クレジットコインカードの残高に応じた金貨を払い戻しする。
しかし、あまりにも売りに出す者が多かったため、銀行に用意していた金貨はどんどんなくなっていった。途中から交換レートを下げようとしたが、怒り狂った庶民たちには通用しない。
「レートを下げるだと!ふざけるな。俺たちだって列に並んでいるんだ」
「ヨドヤ両替銀行が責任をもって、前日のレートで買い取れ」
結局、高止まりしたままのレートでクレジットコインを買い取らざるを得なかった。
この時点で1クレジットコイン=金貨100枚まで跳ね上がっていたので、用意していた銀行の貨幣がどんどんなくなっていく。
「これはあかん。デンガーナ。屋敷の金庫から金貨をもってくるんや」
わてはなんとかこの場をしのごうと、ヨドヤ商会のためていた資産まで使って庶民たちを抑えようとした。
デンガーナに金庫のカギをわたす。
「わかった。おとん、ここは任せたで」
そういって娘は裏口から去っていく。
私は一刻も早く娘が戻ってくるようにと、冷や汗を流しながら窓口を眺めるのだった。
数時間後
ついに、銀行の金庫に保管していた貨幣が無くなってしまった。
しかし、換金を求める庶民の列は減るどころか増える一方である。
「ご覧ください。もう金庫にお金はありません。今日の営業は終了です」
従業員が声を枯らして説明しているが、金に狂った亡者どもは引き下がらなかった。
「ふざけるな!家族全員の財産をはたいてクレジットコインを買っていたんだぞ」
「おじいさんの薬代だけでも返して!
暴れまわる男や泣きわめく老婆など、その場は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「ええい。デンガーナはまだか!」
「お嬢様はまだ戻ってこられません」
疲れ果てたような顔の従業員がそう答える。
「何をしているんや!わかった。わてが直接屋敷までとりにいってくる。ここは任せた!」
わては従業員にその場を任せ、裏口からこっそり銀行をでる。
なんとか庶民たちに見つからず屋敷にもどったら、そこはもぬけの空だった。
地下にある金庫にも、一枚の金貨も入っていない。
「も、もしかして、わてを置いて逃げたんか?」
娘に置いていかれて、わては心の底から絶望する。
床に座り込んで嘆いていると、扉が開いて兵士たちが乱入してきた。
「あ、あんたら、何者や!ここはわての屋敷やで……ぶっ」
問答無用で殴り倒され、縛り上げられて連れ去られてしまう。
馬車に入れられて連れてこられたのは、何人もの男たちが集まっている部屋だった。
「ヨドヤさん。この度はとんでもないことしてくれましたな」
彼らは冷たい目でわてを見つめる。クレジットコインを発行するとき、協力してくれた大商人たちだった。
「換金できない仮想通貨に価値などない。いまやクレジットコインは銅貨一枚の価値もない電子ゴミと化した。どう責任をとるつもりだ」
彼らはクレジットコインのカードを差し出しながら、説明を求めてくる。
「こ、これはわてのせいではおまへん。アポロンがだましたんや」
わては力の限り弁解したが、彼らを納得させることはできなかった。
「なら、そのアポロンはどこにいる」
「も、もうすぐわての部下たちがつれてくるさかい」
最後の希望を込めて説明したが、やつらは冷たく笑った。
「少し前に連絡が入った。オサカ港の沖合で、アポロンが借りた船が沈没したそうだ」
「な、なんやと……?」
もしや、奴が死んだせいで決済機に不具合が起きたのか!あの無能どもめ!あれだけ殺さずに連れてこいって命令したのに。
「アボロンが死んだ以上、責任はお前に取ってもらわないといかぬな」
大商人たちの後ろから、屈強な男たちがやってくる。それは国に認められた、借金取り立て人だった。
「えー。ヨドヤ商会が所有する屋敷・銀行・商店・船舶などをすべて合計しても、クレジットコインの清算には金貨100万枚ほど足りませんな」
「な、なんやて!」
あまりの巨額に、わては卒倒しそうになる。まさかクレジットコインがそこまで高値になっているとは思いもしなかった。
「足りない分は、鉱山で働いて返してもらう」
「ま、待て。そんな大金、100年働いてもかえせるもんかい!」
抗議するが、屈強な男たちに取り押さえられてしまう。
「つれていけ!」
こうして、わては財産を根こそぎ奪われて鉱山奴隷として売り飛ばされてしまうのやった。
それからのわての生活は、まさに地獄そのものや。まともに食事も睡眠も与えられず、奴隷として働かされている。
なんでこうなったんや。わては国一番の金持ちだったはずなのに。何をしても使いきれないほどの金を持ち、一生安楽に暮らせるはずだったのに。
「さっさと働け!この役立たずが!」
屈強な奴隷頭に鞭でうたれながら、過酷な重労働を科せられる。
「これが今日の飯だ。ありがたく食うんだな」
与えられるのは一杯のスープとカビが生えたパンのみ。これまでの豪奢で安楽な生活とうって代わり、わては最底辺の生活を強いられていた。
わてが働いている鉱山に、どんどんオサカから奴隷に堕ちた商人が送られてくる。
「くそ……全財産が無くなって、家族まで奴隷に落とされてしまった」
「借金までしてクレジットコインなんて買うんじゃなかった……これがあの神官たちが言っていた、勇者をないがしろにした天罰なのか?」
彼らによると、オサカの街は仮想通貨クレジットコインの消滅と、アボロンによる大量の金貨の引き出しによる貨幣不足で、絶望的な不況に陥ったという。
仮想通貨により商取引ができなくなったことへの混乱と、貨幣不足による不景気が重なり、深刻な物価上昇が起こった結果、ほとんどの商会が潰れて奴隷になる商人が続出した。
わてを裏切った大商人たちも国に詐欺罪でつかまり、商会が取り潰されてしまったらしい。いい気味や。こうなったらみんな仲良く破滅すればええんや。
そんな暗い愉悦に浸っていると、新たに来た奴隷たちがわてに気づいた。
「おい。こいつはヨドヤじゃないか?」
「ああ、やつれているが、たしかに奴だ」
昔はわての下請けだった商人たちが、奴隷の輪をつけられて鉱山に送り込まれている。
ちょうどいい。こいつらをまとめたら、奴隷頭になって少しは甘い汁が吸えるようになるかもしれない。
わては昔のように、奴らを怒鳴りつけた。
「お前らが新入りか!ええか、ここではわてが先輩や。わての言うことを聞くように。わてに逆らったら、ひどい目に合うんやで!」
昔取った杵柄で、声に力をこめて威圧する。昔はわての怒鳴り声にびびって頭を下げていた奴らや。奴隷になっても、へこへこしてわてに従うはず……。
「な、なんや。何か文句あるんか!」
怒鳴り声を聞いた奴らは、無言でわてを取り囲んだ。
「文句だと!文句なら大ありだ!」
「てめえの口車にのったせいで、俺は全財産を失った」
「この詐欺師め!」
奴らは狂ったようにわてを殴りつけてくる。
「や、やめい!わては大商人ヨドヤや!国一番の大金持ちだった男やど!わてに逆らったら……」
「ああん?今のてめえは銅貨一枚も持たない貧乏人だ。てめえに従うやつなんていねえんだよ!」
奴らの言葉に、わてはショックを受ける。
「わてが貧乏人?このヨドヤが?国で一番の金持ちと言われたこの大商人が……貧乏人……」
やつらに殴りつけられながら、わてはすべてを失いただ貧乏人になってしまったわが身を嘆く。
こうして、わては奴隷の中でも最底辺の存在に堕ちたのやった。
それから一か月後、もはや水も食事も仲間に取り上げられてしまい、骨と皮だけになったわては非情な奴隷頭に告げられる。
「こいつはもう役にたたんな。廃棄孔に放り込んでおけ」
「はい」
そうしてわては鉱石カスを捨てる孔に放り込まれ、一生を終えたのやった
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