7. VRMMO廃人がもっとも必要とするツールはゲーミングチェアではない

 突然俺たちの前に強制表示された、クソ邪魔な青白いウインドウ。

 ウインドウの中、なんかよくわからんテロップが真ん中にぽや~ん。



【 年末 ☆ Unknown Online 公式放送 】



 またなんか勝手に始まったな。


 急遽用意しました! といわんばかりのワンルームの一室みたいな背景から、部屋着です~というようなパーカーのくせに地味にチークの濃い、お前部屋の中でそんだけメイクすることある? っていうようなあざとい、前回も出てきた地雷系アイドルが二人。

 手のひらだけ振りつつ画面の両端からにょきっと飛び込むように入ってきた。


『やっほ~! ジャンボで~す!』

『ロトで~す! 年末、みんな元気にUNKOしてるかな~?』


 誤解を招く発言はやめろ。


『新しく実装されたローグダンジョン! 100万ドルキャンペーンのせいか、もっっのすごい大盛況だね!』

『すっごいよね~! 今も10万人以上のプレイヤーがローグダンジョンの中で死に目にあってるらしいよ~!』


 100万ドルキャンペーンの「せい」。編集も校正も間に合わなかったようです。


『えーっと? 今回私たちの放送は~』


 画面の右のほうに映っている黒いパーカーを着たジャンボとかいうアイドルが、画面の下、見切れて映ってないカンペっぽいのを凝視している。


『なんと! ローグダンジョン突破レースの中間報告です!』

『イェ~イ!』


 画面外から板状のテロップがどん。

 【クリア者数!】とか書いてあるところに、よくある「すぐはがれるシール」みたいなものが張られていた。


『12月31日 15:00時点ではなんと~!』

『なんと~!』


 シールをずばーっ! とめくっていく。


『クリア達成者【ゼロ】です!』

『すご~い!』


 クソゲーじゃねえか。そらデモ隊もできて隕石も落ちるわ。


 流れるコメント欄の「死ね」「殺す」「地底に帰れ」の割合が増えてきた~。


『でも10階までたどり着いた人は100人以上いるんだって』

『クリア直前までいってるのに全員ダメなんだね~』

『根性が足りてないのかな?』


 顔面に硫酸ぶちまけるぞ。


 だが炎上するコメントをよそに、左側にいたロトとかいうクリーム色のパーカーのアイドルが、ふふん、と含むように笑った後——


 袖で半分以上隠れた指をあごに当て、カメラ目線で不敵に笑った。


『10階には何かがある! ということだね』


 そういって二人はテロップを投げ捨てた後、謎のポーズをとってカメラに手を振った。


『それじゃみんな、引き続きローグダンジョンの攻略頑張ってね~!』

『大晦日のカウントダウンイベントをVRで過ごすっていう、数年たったときに絶対後悔する年末を過ごすんだよ~!』


 余計なお世話なんだよッ!


 そういって、二人の地雷系アイドルが映っていた青白いウインドウはクソみてえな公式放送とともに閉じて消えた。あとコメントはもちろん荒れた。








 ピンクと白のファンシールーム。

 そんな部屋にふさわしい、部屋の中央で鎮座する口の両端を裂いたように笑うこげ茶色の巨大なチェシャ猫。俺たちの何倍もある巨大モンスターが、俺たちを丸のみできるほどの口をコミカルに開けて笑っている。


 だがその頭上。

 周囲のファンシーな空間に全く溶け込まない、渦を巻くほどの強烈な炎の弾ファイアボールがいくつも空中に浮きあがったまま、確実に俺たちをしとめるべく照準を絞っていた。


「回避しろ! 動いてないと当たるぞ!(小声)」


 次々と発射される轟音。

 まるで順番でもあるかのように連射されていく中、チェシャ猫の背後に回り込んでいたモブ子が大声で叫んだ。


 二度目だ。この無数のファイアボールを受けるのは二度目。

 一回目はエリアボスのHPを半分まで削った後。そこからさらに四分の一まで削った今、再度またこれが呼び出された。特殊攻撃なのかもしれない。


 とにかく一発一発が重い。俺たちの体を丸ごと焼いてもおつりがくるほどの大きさ。そんなファイアボールが俺たちのいた場所に降り注いでくる。一発目の軌道を見誤ったしょーたろーが、防御したにもかかわらず半身を焼かれて後方に引っ込む羽目になった。モロに食らえば多分死ぬだろう。


 だが、跳ねるように炎のかたまりを回避する俺の目の前を、何かが突っ切るように走っていった。


「おい!」


 俺は思わず叫んでいた。


 ハルと一緒に来た初心者だった。

 途中で拾った新たな盾を手に、降り注ぐファイアボールの中をチェシャ猫に向かい突っ切るように走っていく。


 何考えてる! 死ぬぞ!


 だが。

 俺の言葉を見透かすかのように、ファイアボールがその軌道を変えた。

 薙ぐように低空になった炎の渦が、無謀な初心者の突貫を打ちのめすかのように、自身へ一直線に走る莉桜へ向かってモロに正面から打ち抜いていった。


莉桜りお!☆」


 ハルの叫びが耳を貫いた。


 初心者を飲み込む、炎のかたまり。


 だが。

 それが砕けたように散った後、飛散した火炎の渦から姿を現したのは、確信したような笑みを浮かべた初心者——莉桜だった。


「いける……!」


 何かが焦げた匂いが漂う中、たちふさがるかのように盾を構えた莉桜が、その右手を大きく振り上げた。

 莉桜の右手から放たれた赤い火花――【挑発】が、遠く離れたチェシャ猫を、まるで巨大な獣を屈服させるかのようにからめとった。


 一瞬で、チェシャ猫の全身の毛があわだつように逆立った。残弾が数発となったファイアボールが、そのすべての照準を莉桜に変えていた。


「今です!」


 後方からしょーたろーが声を張り上げていた。


 無意識だった。

 何のしめしあわせもないまま、俺とモブ子は。

 ほぼ同時に、握りしめたダガーで巨大な猫の首をはねていた。








「まさか——」


 はじけるたき火。

 おいしそうな肉の匂い。


「莉桜さんがここまでできるようになるとは思いませんでした……」


 白目をむいたチェシャ猫の首ッ!


 火にくべられたまきがパチパチとはじける中、しょーたろーが静かに驚いた声を出していた。


 俺たちは、4階のエリアボスであるチェシャ猫をほふった後、再び謝肉祭を開いていた。何の肉でかは、アニマルプラネットの方々がお怒りになりそうなので聞かないでください。ご想像どおりです。


「アサシンのくせに被弾してるやつ~(小声)」

「魔法攻撃はAGIすばやさじゃ回避できないんですよ!!」

「拙者もアサシンですが~(小声)」


 モブ子のあおるようないじりに、しょーたろーが半ギレになりながら肉を焼いている。「一番役に立たなかったで賞」ということで、強制的に給仕係にさせられているのだった。


「でも莉桜さん、よくあのファイアボール耐えられるってわかりましたね……」

「ふふっ」


 ハルと談笑していた莉桜が、ちょっとだけ得意げになった顔で謎のポーズを決めた。


「勘! ですね!」


 勘が外れてたらどうしてたの?


「まあ、ほんとはハルが教えてくれたんですけど」

「ふふっ……☆」


 莉桜のとなりに座っていたハルが、暗躍する悪役のような笑みを一人浮かべている。


「莉桜の魔法防御力が思ったよりも高くなってたからさぁ☆」


 耐久にかけては誰よりもお得意ですもんね。わかります。


「でもあのまま【挑発】までするとは思わなかったよ……☆」

「なんとなく、このタイミングかなって思って」

「やるじゃ~ん☆」


 得意げに笑みを浮かべた莉桜が、ハルの顔面を挑発するように指で煽っている。


 そんなバカな会話の間、俺はちょっとだけ安心していた。


 ハルが連れてきたこのド素人は、思ったよりも悪くない。それどころかむしろ、センスがいいかもしれない。とっさの判断力といいスキルの使いどころといい、意外と戦力になりはじめている。もともとゲーム系は得意だったのだろうか。


「次の5階でちょうど半分くらいって感じなんかな?」

「多分そうだと思います」


 肉をひたすらに焼き続ける中、空中に開いた青白いウインドウを見ながらしょーたろーが口を開いた。


「5階は、全体が休憩エリアになってるらしいです」

「休憩エリア?」


 そういや、あの地獄の待ち時間に配られたクソみたいなパンフレットにもそんなのがあるって書いてたな。


 青白いウインドウを見ながら、しょーたろーが読み上げるように声を上げた。


「ローグダンジョンのプレイヤーが合流できるエリアだ、って書いてますね」

「高速道路のサービスエリアみたいなもんか?(小声)」

「多分……」


 引き続き、しょーたろーが食い入るように青白いウインドウを見ながら、愚痴っぽく声を漏らした。


「ローグダンジョン、実装されて日が浅いってのもあるんでしょうけど、検索しても攻略情報ほっとんど出てこないんですよね……」

「全員が競争相手みたいなもんだからなぁ」


 いい情報は仲間内だけ。そんな感じで握りつぶしてんじゃないかなぁ。俺だったらそうする。


「なにはともあれ、休憩エリアとかいうのがあるならさっさと5階にいくとしよう(小声)」


 モブ子が豪勢に肉をかじりながら言葉をつづけた。


「拙者そろそろお花を摘みトイレに行きたい(小声)」


 全員が、顔を見合わせ同時に立ち上がった。








 5階へのポータル。

 そのワープです~と言わんばかりの見慣れた青白いわっかを抜けた先、俺たちの視界に入ってきたのは、明らかに今までと違う雰囲気の階層だった。


「え~、ローグダンジョン焼き~」


 え? 何?


 突然耳に入る謎の言葉。

 近くを素通りしていく謎の行商。


「お」


 お。じゃなくて。


 恰幅かっぷくのよさそうな「商人~」と言わんばかりのプレイヤーが、俺と視線があってしまったからなのか、標的を見つけたかのように俺のほうへもそもそと近寄ってきた。


「満腹値を回復させるのに最適なローグダンジョン焼きはいらんかね?」


 NPCなのかな?


「いや、金とかないんで」

「サンプルもあるよ」


 満面の笑みで、ふところを探りながら何かを取り出してきた。


 パパラパッパパ~。

 ローグダンジョンの形状とそっくり~。


「う〇こじゃねえかッ!」


 俺は渡された茶色い汚物のような何かを地面にたたきつけた。


「ああっ! せっかく貴重な小麦粉で焼いたのに!」


 NPCだと思ってたプレイヤーが、泣きそうな声を上げながら地面にべちゃっ! と張り付いた茶色い物体を回収している。いや、べちゃってなってるんだから小麦粉関係ないでしょう。


 泣きながら回収する商人を前に、モブ子が一緒になって回収しながらため息をつくように俺を見て声を出した。


「ヒロ……。お前には人の心というものがないのか……(小声)」


 何? 罪悪感すごいんですけど。

 だってこれもう、完全に見た目汚物じゃないですか。


 とりあえず、俺は申し訳なさに負けてインベントリから取り出したウサギの革を涙目の商人に握らせた。これで勘弁してください。


 そんな地獄の始まり。

 だだっぴろい空間。


 半円形のドーム状の端々に、背の高い木々がうっそうと生えている。上空に広がる青空には、ガラスでもはめられているのか筋状のワイヤーのようなものがいくつも走っているのが見えた。


「温室みたいですね……」


 あたりを見回しながらしょーたろーが声を上げた。


 だがそれよりも、明らかに休憩エリアだとわかるもの。


 ざっとみ、数百人。

 結構な数のプレイヤーが、だだっ広い空間の中でガヤガヤと集まってきている。このエリアは全プレイヤー共通エリアなんだろうか。ところどころで、う〇こ焼きみたいに行商やフリーマーケットが発生している。遠く、別の場所ではPT結成のしるしである青白い「!」マークまでできていた。


「それじゃちょっと(小声)」


 汚物を回収し終わったモブ子が、手をはたきながら口を開いた。


「拙者、リアルに休憩してくるけどよい?(小声)」


 俺は、ほかのメンバーを見渡した。


 ハルや莉桜も含め、全員が無言でうなずいている。

 なんだかんだと、全員から疲れが見てとれた。そりゃそうだ。ぶっ通しで3時間近く潜ってる。疲れないわけがない。


「そうだな……」


 俺はステータス画面の、現在時間を確認した。

 12月31日 18:06。


 今日の23:59までがタイムリミット。


「19時にまたここで合流。それで大丈夫そうか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る