6. VRMMOとは一体。その謎を解明するべく彼らはアマゾンの奥地へと(ry

 静寂。

 ローグダンジョンの奥地。


 唯一の明かり、たいまつ。

 だがその光すら届かない暗闇の中。

 冒険者をただ静かに待つ、まるで鎮座するかのように置かれた宝箱。


 何重にも封を施された厳重なカギが、その貞操を静かに守り俺たちを拒んでいた。


「鍵がかかってますね……」


 宝箱を確認していたしょーたろーから、残念そうな声が出ていた。


 封印された財宝。あらがえない期待。

 このまま立ち去るのは、俺のアサシンとしての魂が拒否している。


「そうだ——」


 俺は、思い出したように青白いウインドウを開いた。


「どうしたんですか?」

「まだ、スキルポイントが余ってる」

「スキルポイント?」


 しょーたろーの質問に、俺は静かにうなずいた。

 突然現れた、青白いウインドウ。その画面を操作する俺の手。


 反響する小さな機械音が何かを告げていた。


「アンロックスキルをとった。これで開けられるはず——」


 静かに、宝箱の鍵穴に手を伸ばす。

 ゆっくりと、その重苦しいふたが開いていった。


 そう、俺たちはアサシン。

 ダンジョン。

 この侵入する、命知らずたちの命を文字通り飲み込んでいく罠の数々。その幾重にも張り巡らされた罠を解除し、その奥に眠る伝説の秘宝。

 それを狙う、そう、それこそが俺たちアサシン最大の——








 みたいな。

 みたいなのを想像していた(みんな俺のポエム読んでくれたかな?)。


 だがポータルから転送された小部屋を見て、俺は意識を失いそうになった。


 ピンクと白のワンダーランド。

 めくるめくホワホワしたファンシー空間。

 謎の巨大なぬいぐるみ☆


 ガガガ☆ ガガガガ☆

 ガ~リ~~~~~~☆


「なんじゃここは……」

「よくこんな胸焼けする空間作りましたね……」


 角砂糖のかたまりをシロップに漬け込んで、さらに粉砂糖をぶっかける。

 そんなハイカロリーで高血糖なマジカル☆亜空間を見回しながら、また初期装備になった俺としょーたろーはげんなりした声を出していた。


 10メートルはない程度の正方形の小部屋。


 前回と違いすぎるッ!

 前回のあのスタート部屋はなんだったんだ? それはもうホラー映画の監禁部屋ですと説明されても許されそうなくらいだったきったねぇ部屋だったじゃねえか。でもまだあれは理解できた。わかる。でも今回は180度方向感の狂う超絶シュガーテイストじゃねえかなんなんだこれは。

 壁一面、床まで含めてピンクと白のモザイクタイルが敷き詰められている。色彩感覚どころか気まで狂いそうになる空間の中央には、異様なまでの存在感をしめすバカでかいソファが白い布をふぁっさ~とかぶせられたままどーん!と置いてあった。クソでかいクマのぬいぐるみつきで。


 狂気~。よくできた悪夢みたい。


 ファンタジックとかいう言葉で濁すことは絶対に許さんぞ……。


「もしやダンジョンの中もこんな?(小声)」


 胃もたれしたまま動けない俺たちをぶっちぎって、これまた初期装備になってしまった没個性アサシン♀モブ子が、部屋の奥にある真っ赤なドアに向かってスキップしながらゆっくりと突き進んでいった。


 ぴたっ。


 ピンクと白の部屋の奥。

 チェリーのコンポートのように真っ赤に塗り固められたドアに「ぴたり」と張り付いたモブ子が、ゆっくりと確かめるようにドアノブを回してその奥をのぞきはじめた。


「どう……?」


 思わず俺は、モブ子を真剣に凝視していた。回答次第では俺のSAN値がおかしくなることになる。


「なんていうか——(小声)」


 なんていうか?


 モブ子がものすごく楽しそうな顔で親指を突き上げた。


「全部こんな感じ(小声)」


 ダメだ今回~☆ 俺は胸の前で両手をクロスさせて祈るように握りしめた。








 地獄のようなガガガ☆ガーリー異次元。


 最初の小部屋から出た俺たちは、やはりピンクと白で敷き詰められた異常なまでにサイケデリック通路を抜けた先、やはり同じようにシュガーアンドシュガーな小部屋に突き当たった後、はじめての敵と遭遇し——


 とりあえず殺した。




 足元で横たわる、等身大の無駄にクソでかいトランプみたいなカード。

 から生えるひも状の黒い頭や手足。


 何かな? 魔法生物系のモンスターなのかな?


「なんか前回とテイスト違いすぎません?」

「戦士や魔法使いが加入したからなのかな(小声)」


 一応手には、金属製の剣と盾のようなものを握っている。

 が、なにぶん動きがファンシーよろしく無駄にトコトコしすぎなため、そのまま背後に回ったモブ子が問答無用にカード部分、まさしく「ハート」をぶち抜いたらあっさりと死んだ。前後どっちがどっちなのかわからんが、ぶっ倒れてなお「ハートの3」のマークが書かれてるので多分あおむけで死んでるんだろう。


「よっこらせ(小声)」


 死体となってもなお執拗にファンシーさを主張してくるトランプ兵士から、モブ子が容赦なく羅生門のババアのようにブチブチィッ!と金属製の剣と盾をルートしていた。


「お(小声)」


 パパラパッパパ~。


【おもちゃの剣 攻撃力 2】

【アルカナ兵士が装備するおもちゃの剣。しっかりとした見た目に反して、けがをしないように安全性に考慮されている】


「使い物にならんな(小声)」


 モブ子がひざでおもちゃの剣をバキィッ! と折って捨てた。別にそこまでしなくても。


「こっちは使えそうですよ」


 ちょっとうれしそうな顔をしたしょーたろーが、金属製っぽいまぁるい盾を掲げて見せた。


【盾(未鑑定) 防御力 8】


「未鑑定ってあんのか」

「ローグダンジョンだからなんですかね~」


 しょーたろーが盾を楽しそうに振り回している。盾には攻撃性がないから金属製であることを許されているのか?


 盾を掲げていたしょーたろーが、ハルの横で革の盾を握りしめたままド緊張している戦士♀のほうを振り向いた。


「これは莉桜りおさんが装備したほうがいいと思います」

「……わかりました!」


 ガッチガチの表情になったままの莉桜が、金属製の盾を受け取ったまま硬直している。


「装備方法わかる~?☆」

「多分大丈夫だと思う……」


 こいつでも人の気づかいとかするんだな。

 心配したようなハルの声にうなずいた莉桜が、左手に革の盾を装備したまま、右手に金属製の盾を通したかと思うと——


「できました!」


 パパラパッパパ~。


 両手に! 盾ッ!

 完全にッ! 攻撃を放棄ッ!


「順調じゃ~ん☆」

「これでしばらくは安心だな(小声)」

「よかった~。私なんにもできないんで~」


 なんにもできないんで宣言~。


 唖然とする俺のとなりで、しょーたろーが俺にだけ聞こえるようにつぶやいた。


「何にもわかんない状態でいきなりローグダンジョンって、考えてみたらすごいハードモードですよね……」

「普通は選択肢に入らないもんな……」


 賞金って怖いね!

 今このローグダンジョン、こんな感じの初心者が大量にいたりするんだろうか。


 だがこんなアホな状況になるのは全員わかったうえでのことだった。


 このローグダンジョンへ入るまでの間。

 アホみたいに長い待ち時間を使って、事前に俺たちが決めた作戦はこうだ。


 なんと。

 まことに遺憾ではあるが。わかりきってはいたが、この荒れ果てたPTにはヒーラーというGodが存在していない。そしてローグダンジョンという仕様上、ポーションの持ち込みが許されていない。自然回復だけを頼りに進めばまたオークを食うという倫理との闘いをする羽目になる。


 ので。


 少なくともアサシンを選ばずに戦士を選ぶという最初の選択だけは間違わなかった莉桜とかいうド素人を、突っ立ってるだけでも多少は役に立つVIT極のタンクに仕上げるということで一致した。


「足を引っ張らないようにがんばります!」

「LVあがったらバフ魔法とるよ~☆」


 両手の盾をチアガールみたいにぶん回す莉桜を見ながら、俺は何かしら「違和感」を感じていた。

 そう、本当に、何かよくわからないんだが、背筋にね? なんとなくね、感じる「悪寒」ってやつ? 第六感?


 何か見落としている気がする……。一体なんなんだ……?








 1階のボスは、黒いシルクハットを頭につけジャケットを羽織った、3匹の小さなファンシーな「ウサギ」たちだった。

 それぞれが手に、ステッキやら懐中時計やらたずさえ魔法攻撃を繰り出してくる。素早い動きでかく乱する、意外とちゃんとした、それなりに対策を考えさせられる至極まっとうなモンスター


 ので。


「ウサギは食料でよいな?(小声)」

「よい」


 俺たちはその死肉を焼いていただいております。


 ドン引きする戦士♀をはた目に、ハルを含めVRMMO(笑)に慣れ切った俺たちは、満腹値を満たすべく謝肉祭を繰り広げながら作戦会議を開いていた。


 俺はウインドウを見てぽつりと声をこぼした。


「あんまり前回と大差ないペースだな」


 すでに1時間弱が経過している。

 この調子で10階なんて目指せるのか?


「時間もそうなんですけど」


 インベントリにあるアイテム一覧を見ながら、しょーたろーが俺の声に反応した。


「人数増えた分、食料をどう確保するかだと思います」

「食料ねぇ……」


 小骨をペッ!


 ひととおり1階のフロアを全部回って大体わかった。

 前回のコンセプトが王道☆ウィザードリィだとするなら、今回はアリス・イン・ワンダーランドだ。絶対後でチェシャ猫とか出てくる気がする。だとしたら猫を食うという選択肢もあり得る……?


 だが、俺は何かが引っ掛かっていた。

 どうにもぬぐえない、何となくよくわからない違和感。


 ちらっと、部屋の隅に一人離れた、莉桜とかいう謎の初心者を見た。

 ぴったりハルとくっついていたのが、一人離れた場所に移動して全くあらぬ方向を見ている。何かしら一人でぶつぶつしゃべりながら身振り手振りをしていた。


 怖い~☆

 何? 幻覚か何かと戦ってる?


 でも聞くなら今しかないだろう。


「なあハル……」


 俺は、ウサギを焼くたき火の対岸にいる、一人離れてマシュマロみたいなクッションをお見せできないような表情でかみちぎっていたハルに声をかけた。食えるのかそれ。


「ちょっと聞いていいか?」

「どうした~?☆」

「その……」


 聞きづらい。


「なんで、あの莉桜ってのはこのローグダンジョンに入ることになったんだ?」


 マシュマロを食っていたハルの手が止まった。


「お前がローグダンジョンに入るってのは普通にわかるんだけど、お前が連れてきたあの莉桜っての、UNKOUnknown Onlineのこと何にも知らないんだろ?」

「さっき初めてキャラクリ作成したね☆」

「そんな初心者がわざわざローグダンジョンに入るってのは、何があるんだ?」

「ふふ……☆」


 マシュマロクッションを握りつぶしているハルが、表情だけが笑ったまま、困ったように沈黙した。


「思ったより、このダンジョンハードなんだね……☆」

「まあ……」


 前回、俺たちは1階でくたばったくらいですので。


「初心者がいるせいで迷惑かけてるんじゃないかな~ってことは、私たちもわかってるよ……☆」

「いや、別にそういうことで聞いてるんじゃなくて……」


 まあ多少はあるかもしれんけど。

 ただ、しょーたろーはともかくとして。俺やモブ子は別に効率厨ではない。そんな初心者が紛れ込んだせいでローグダンジョンで死んだからといって、いちいち目くじら立てるプレイスタイルだとは俺自身思っていない。


 ただ何かしら引っ掛かるのだ。

 しかも莉桜とかいうのだけではなく。なぜか。何かしら全く見落としている、そんな違和感。


「理由はちょっと、ね……☆」


 ハルが、手に持ったマジカル☆マシュマロを一気に飲み干した。


「年末、どうしてもやらないといけないことができちゃったのだ☆」

「やらないといけないこと……?」


 遠く、一人離れた場所にいた莉桜が、(幻覚との戦いが終わったのか)小走りにハルのほうへ走り戻ってくるのが見えた。


 ハルが莉桜に向かって軽く手を振った後、俺だけに聞こえるようにそっと、小さく声を出した。


「どうしても邪魔になったら、私たちのこと切ってもらって全然大丈夫だよ☆」

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