8. 場末の酒場に隠された秘密の☆プリンセス☆ ~ヤツの好感度を上げろ~
よくある「西洋風ファンタジ~」な感じの二階建ての建物。
の中。
ログハウスみたいな板張りで包まれたバーカウンターの中で。筋肉ムッキムキの、白いシャツにベストをつけた色黒のハゲてる髭が、ひたすらに無言でグラスを磨いている。
よくある典型的~な感じの酒場に俺はいた。
あれ? この建物いつもの酒場じゃない?
ほかのPTメンバーが休憩をしている間、やることもないので早めにログインした俺が一人で歩いてたら恒例の酒場が視界に。
どうしてローグダンジョンの休憩エリアにこんな建物が? あのムッキムキのバーテンもいつも見るぞ。ついでにあの——
コッコッと。
きったねぇワックスの剥げた木の床の上を器用に。相変わらず嘔吐物を見るような冷え切った視線をした胸のクソでかい店員が、無駄に高いヒールの音を鳴らしながらすげえ嫌そうな顔でやってきた。
「ご注文は?」
はいきた~。いつものクソ店員です~。
「キャラデリですか?」
おきまりですか? みたいな口調で聞くなよ。
俺はとりあえずおきまりの
ら、すぐにマッハのような残像を残して1秒で目の前のテーブルにノーモーションで叩きつけられた。死ぬ。
「え? 何? なんでまたここに酒場があるん?」
「出張所だ」
ケツのクソでかい店員が、緩くウェーブのかかったブロンドの髪をかき上げて無表情に答えている。
「ローグダンジョンの途中、パーティ編成をやり直したい計画性のないクソどものためにわざわざ作ってやってるんだ」
ありがたいことです。
「ついでに情報交換所も開いてる。何かしら不明な点はカウンターにいるプリンセスにでも話を聞け」
俺はバーカウンターを見た。
いつもどおりの豊満な
「話は以上だ」
そういって、胸のクソでかい店員はヒールの音を鳴らしながらまたバーの奥へと去っていった。
え? 何?
プリンセス? 何?
「ローグダンジョンについて聞きたいことはあるか?」
バーカウンターの手前。
つるっぱげで色黒でムッキムキ。そのくせもみあげからあごまで全部貫通してるわりには恐ろしく整えられた髭をしたおっさん(いやよく見たら多分若い)が、席に座った俺にグラスを磨きながら話しかけてきた。
と思ったら。
キュイ~ン☆
突然グラスを拭くムッキマンを囲むような謎の青白い枠が出てきた。
そしてその枠の下に謎のウインドウが表示。
→ 【アイテムの活用方法】
【ローグダンジョンの上層階】
【他のプレイヤー情報】
【プリンセスにアプローチ☆】
え? 何? なんなの?
最後のプリンセスにアプローチ☆ってのはなんなんだ?
俺は無言で、そのままデフォルトのアイテムの活用方法を選択した。
「ローグダンジョンでは未鑑定のアイテムも出てくる。鑑定することでその装備がどういう能力を持っているのか詳細がわかるようになっている。一部には呪われていたりするものもあるから不用意な装備はお勧めしない。なお鑑定はバックパッカーの鑑定スキルを使用するか、このエリアのNPCに鑑定を依頼するといい」
ほう。ずいぶんとまともなNPCらしい回答をしてくる。近年稀にみる至極真っ当なゲームらしさに俺はちょっと感動した。
俺は次のローグダンジョンの上層階を選択した。
「ローグダンジョンの上層階はここまでの下層階に比べてよりハードになっている。罠や宝箱のトラップを回避するためにはアサシンの罠解除スキルを用意するといい。なお死人が出た場合はスキル継承を忘れないようにな」
素敵。すごいまともなNPCじゃない? あの店員AIを解雇してこれにしようよ。
俺は、さらに連続して他のプレイヤー情報を選択した。
「このエリアは、個別に生成されるローグダンジョンでは例外の、全プレイヤー共通のエリアとなっている。アイテムの交換をするもよし、PTを組みなおすもよし。攻略のための宿り木……ふふっ、バーという言葉の由来だな……。自由に活用することをお勧めする」
クソみたいなうんちく入れるところが模範的NPC~。
で、だ。
俺は。
残った選択肢のプリンセスへアプローチ☆を選択することはせず。だまってウインドウを閉じようとした。
が。
「ふふっ……」
グラスを磨いていた肌つやのいいベア~な髭をしたムッキマンが、突然。
軽く含むように、しかしながらまるであどけない少女のような笑いを浮かべ——
「Close your eyes...」
は?
俺は目の前に表示される謎の青白いウインドウを閉じるべく——
だが。
ウインドウが……!! 閉じない……ッ!!
「Open your heart...」
カーソルがッ!!! カーソルが動かないッ!!!!
一切の自由が効かなくなったカーソルが強制的に動きをもぎ取られたかと思うと、ギャルゲーのように湧き出た青白い枠を音をバキィッ! と音を立てて立ててぶち抜いた。
かと思うと、ものすごい確定演出みたいな回転をしながら目の前のムッキマンの額に矢印がビタァッ!! っと張り付いた。
「プリンセス」という名前が表示されていた。
俺はログアウトした。
「お前の言う通りやってもクリアできねえだろうがよ!」
再ログインした瞬間、突然飛んできた怒声に俺はびくつくように体を縮こませた。
いきなりなんなの~。
だが違った。
相手は俺ではない。なお幸い、突発☆ラブロマンスイベントはなくなっていました。
酒場の奥。
別のテーブルに集まる、10人弱はいるんじゃないかっていうような大所帯のPT。それがお互いに胸ぐら掴みそうな勢いで罵倒大会を開いていた。
「10階のために連れてきたやつ、速攻で蒸発してんじゃねえか!」
「おめぇの童貞よりもヘッタクソなタゲ取りのせいなんじゃねえんですの!?」
「なんだてめぇ!!」
鎧を着た戦士のような短髪の男が、対面に立つ金髪巻きロールのヒーラー♀の胸倉をつかんだ。
「ヒーラーが死人出して偉そうにしてんじゃねえぞ!!」
その勢いのまま全力で壁に押し付けようとした瞬間——
身をひるがえしたヒーラー♀が、逆に引き込んだ戦士の腕を巻くようにからめとり、勢いごと戦士の顔面を壁に叩きつけた。
酒場全体が、揺れるような衝撃が走った。
壁にめり込んだ戦士が、鬼のような形相でヒーラーをにらみつけていた。
「てめぇ……!」
「ほ~ら(笑)」
めり込んだ頭から手をはなしたヒーラー♀が、巻き巻きになった縦ロールをふぁっさ~と手でかきあげた。
「ごくふっつーのMAG寄りヒーラーにすら勝てないクソザコじゃありませんの(笑)」
ヒーラー♀が、めり込んだままの戦士を追撃するかのように全力で蹴り飛ばした。一瞬で、大柄の戦士がジョッキをなぎ倒しながらテーブルの上に叩きこまれた。
「せいぜい私抜きで10階まで行けばいいんですわ。絶対に行けないでしょうけど(笑)」
足についたほこりを払うヒーラーを、テーブルを囲んだ他のPTメンバー全員がにらみつけていた。
「この先、絶対にお前とはPT組まないからな……!!」
「NPCよりもド定番の捨てゼリフ、聞き飽きましたわ(笑)」
戦士がジョッキの中身を勢いよくヒーラー♀にぶっかけた後、その場にいたPTを引き連れて無言のまま酒場から出ていった。
一瞬で、静まり返ってしまった酒場。
しばらく。誰も何も話さない。
沈黙が続いた後、勝ち誇ったように仁王立ちしていたヒーラーが、PTメンバーが抜けていった入り口を見たまま
「なんっ……なんですの!!! クソですわ!!!」
修羅場~。
年末なのにこんな場所で乱闘さわぎとか心穏やかじゃなさすぎる~。
だが。
そんなことよりも。
こいつバ美・
説明しよう! バ美・肉美とは!
UNKO界きっての廃ヒーラーで、俺たちがのんびりエンジョイエリアでボスを狩ってる最中にもかかわらず何の遠慮もなく割り込んできては、ソロでエリアボスもろとも
可能な限り関わり合いになってはいけない人種である。絶対に視線を合わせてはいけない。
だが。
「ん?」
獣のような洞察力~。
俺は、とっさに床にある染みを数えながら酒場を出ようとした。
だが遅かった。明らかに怪訝な顔で、因縁でもふっかけてきそうな表情をしたヒーラー♀が俺のところへ歩いてきたかと思うと、全力でそらした顔面を覗き込むかのように体をねじって突っ込んできた。
「あなた、見たことありますわよね……?」
「いえ……人違いでは……」
どこにでもいる、ごく平凡なキャラデザのアサシンですし……。
「クソ運営のアサシンゲームでも、ご一緒でしたわよね……?」
「なんのことでしょう……」
「あの忍者とやらはお元気ですの?」
「誰の事やら……」
「クソハルさんのステータスは?」
「VIT極振り」
ぐわしっ! っとバ美・肉美から顔面をわしづかみされた。
「やっぱりお前ですわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!(笑)」
「違うッ! 今のは反則だッ!! やり直しを要求するッ!!!」
「ということで、PT加入希望のヒーラーを紹介します」
しょーたろーとハル。
無。表情。
酒場を出た外の広場。
休憩から帰ってきた俺たちのPTは、目の前で髪をかき上げるクソ金髪巻き毛ヒーラー♀を見たまま無表情で凍り付いていた。
「別に私は——」
バ美・肉美がため息をつきながら口を開いた。
「そちらのPTに入ろうと思ってるわけではありませんの」
そうなの? よかった~。
「加入してさしあげてもよいかを今から私がオーディションさせていただきますわ(笑)」
「なんだこの【放送禁止】は……!!(小声)」
唖然としたモブ子の奥、無言のまましょーたろーがズンズン突っ切ってきたかと思うと、俺の手を掴んでPTの中へ引きずり込んできた。
「……どうなったらこうなるんです?」
「いや……俺もよくわからなくて……」
本当にわからないの。このごり押しわからないの。
昔から変なペットになつかれる特性があったからかな……。
「あなた方もローグダンジョンをクリアして賞金を狙ってるんでしょう?(笑)」
「関係ねえだろ~☆」
ハルがあからさまに食いつかんばかりの表情でにらんでいる。
「おめえと仲良くする気はさらっさらねえからな~☆」
「クソハルさん……(笑)」
バ美・肉美が、あごに指をあてながら得意になったように口を開いた。
「そのクソみたいな語尾を見る限り、ローグダンジョンに入っても呪いは解けてないようですわね(笑)」
「……は?」
全員が、一気に。
バ美・肉美の言葉を聞いた瞬間、ハルへと視線が集中した。
まずいものを知られてしまった。
そんな笑い顔の中にも見て取れる表情のハルが、静かな怒りをたたえてバ美・肉美をにらんでいた。
ずっと感じていた違和感。ぬぐえなかった謎の不安感。
それの正体はこれか……!!
バ美・肉美が挑発するようにハルを指した。
「この先の上層階、断言して差し上げますわ。あなたは絶対に。このローグダンジョンをクリアすることができませんの(笑)」
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