1. 絆のVRMMOがお送りする新しいコンテンツそれはローグダンジョン

 よくある「西洋風ファンタジ~」な感じの二階建ての建物。

 の中。

 ログハウスみたいな板張りで包まれたバーカウンターの中で。筋肉ムッキムキの、白いシャツにベストをつけた色黒のハゲてる髭が、ひたすらに無言でグラスを磨いている。


 よくある典型的~な感じの酒場に俺はいた。


 俺の名前はヒロ。いたって普通のプレイヤーだ。

 プレイヤーであふれまくってるこの酒場で、加入できるPTが奇跡的にないかを探している以下略——


 俺は。

 そんな酒場でいつも以上に肩身の狭い思いをしていた。


 なんで~? なんで死ぬほど混んでる~?


 なんでこんな混んでるんだ? 年末で休みに入ったプレイヤーが参加してんのか? いつもよりも当社比2倍ってくらい混んでるぞ。

 この複数人座れるテーブル、いつもの混雑ですら俺一人で占有するのはメンタル的に死にそうなのに、この朝の通勤電車くらい激混みになってる中でそんな所業、人にめいわくをかけるのは生きてる以上当たり前ですなんていってた名言インド人ですら耐えられんぞ。


 だが、突然。

 俺は肩を叩かれた。


 無言で地蔵のように固まったままテーブルを見つめていた俺は、思わず顔を上げた。

 なんかむちゃくちゃ陽気な笑顔をした二人組の戦士ズが、俺の顔を強引に覗き込むように見てきていた。


 なんだろう新手の悪徳商法の勧誘かな? それとも立ち退きを求められてる?


「Looking for 2 more !」

「We need skilled Assassins !」


 え? 何? なんで英語~?

 とりあえずアサシンってのだけは聞こえた気がするぞ。


 だが壊滅的に英語力のない俺の耳を包み込むように、ゆっくりと謎の副音声が聞こえてきた。


「俺たちは慣れたアサシンを募集しているんだ!」


 おお……。翻訳されてる……。

 さすがVRMMO、勝手に翻訳してくれるなんてさすがだぜ……。


 俺は、冬場のチワワくらいにプルプルしながら、はにかむような顔で戦士ズを見た。

 満面の笑みで戦士ズが俺を見ている。


 俺はちょっと感動していた。翻訳にではなく、PTに勧誘を受けたという事実に。アサシンを限定して。


 初めてじゃないか? これは初めて、俺のUNKO人生の中で酒場でPTが組めるミラクルが年末に起きてるんではないか?


 俺は、ゆっくりと口を開いた。信じられない現象と、海外プレイヤーとの交流というマリアウォールくらい高い壁を前に、俺はなんとか頑張って表情を作りながら満面の笑みで口を——


「アイム——」


 戦士ズと俺の笑顔がそろった。


「アイムビッチ」


 固まった。

 俺も、戦士ズも。酒場の空気も固まった。


 アイム、ビッチ。


 なぜだ。なぜこんな意味不明な単語が俺の脳天から——


「……F**k」


 小さく吐き捨てるように口を開いた戦士ズは、ゆっくりと俺の肩から手を放し、人ごみをかき分けるようにテーブルを去っていった。なんか副音声が勝手に翻訳してくれてるけど訳さなくてもわかります大丈夫ですやめてください。死んでしまいます。


 でも俺はじめて生 F**k って単語聞いた気がする~。ちょっと感動~。


 そんな俺のVirsinが粉雪のように砕け散ってしまったテーブルに、何かが近づいてくる気配がした。


 いつも通りの、胸のクソでかい動くセクシャルハラスメントのような店員が、冷えたジョッキよりもさらに冷えた視線で俺の前にいた。


「お前はもう——」


 俺の前に叩きつけるようにジョッキを置いた。


「キャラデリしろッ!」

「いやどすッ!」


 ブチぎれてるような表情で吐き捨てたあと——


「よいしょ」


 突然テーブルをはさんだ椅子に座り始めた。


 はい? なぜ座る?

 こんな展開見たことないぞ。


「はぁ……」


 ひとしきり深いため息をついた店員が、残飯に群がるハエを見るような視線(最近だいぶ慣れてきました)で俺を見つめてきた。


「知ってるか? お前たちアサシンのために実装したギルドウォーはもう、参加者も減ってしまって閑古鳥が鳴いてるんだぞ」


 知らんがな。


「PvPぐらいしか活躍の場がないくせに……。一体お前たちは何がしたいんだ?」


 俺が知りたいわ。

 というか何の愚痴なんだこれ。なぜ俺はF**kとか言われた直後にこんな酒場の店員AIから愚痴をきかされなければならんのだ。そもそもそんな文句は俺のほうが何百倍も言いたいのであって。街宣カーが実装されたら無言で運営の入ったビルに突ってもいいくらいであって。


 そんな混迷きわまる俺の顔をよそに、座り込んだ店員がよいしょ、といいながら、その巨大なたわわに実った胸をテーブルに乗せて(なんで? 肩こり対策なの?)再度深々とため息をついた。


 とりあえず、もう少しだけ意見を聞いてあげよう。


「だが喜べ。なんとこのたびこのUNKOUnknown Onlineは、お前らクソプレイヤーにとっても朗報となる素敵なカウントダウンイベントを用意してあるのだ」

「はぁ」

「そそり立つクソ・オブ・ジ・UNKOであるお前のようなアサシンにもぜひ知ってほしい。ちょっとエールでも飲みながらあそこでも見ていろ」


 そういって、胸のクソでかい店員はバーカウンターあたりに視線を移した。


 パパッと青白い光がちらついた。

 酒の立ち並ぶバーカウンターの上、シェイカーを振るナイスガイなマッチョハゲの上あたりをライトニングのような光が走った。


 雑談でざわついていた店内が、一気に静まった。

 かと思うと、巨大なモニターのようなウインドウが現れて何かを表示し始めた。


『は~い! みなさんこんにちは~!』


 なにこれ~。


 なーんもない背景の味気ない画面の中から、なんかよくわからない地雷系アイドルみたいな感じの二人組が現れて手を振っている。


『いっつもUNKOを遊んでくれてありがとう! 広報担当のジャンボだよ~!』

『ロトだよ~!』


 公式でUNKOって言いやがった。

 っていうか前回の銀髪ゴスロリイーモゥといい、運営はこういう路線が好きなプロデューサーでもいんのか?


『今日はなんと! 新しい広報があります!』

『イェ~イ!』


 さっさと進めろ。


『このたびUNKOはなんと! 全世界で同時接続者数1000万人を記録しました!』

『やったね~!』

『なんとこれ、クリスマスの記録なんだって~!』

『すご~い! みんなほかにやることないのかな~?』


 殺すぞ。

 なんだろうこのよくわからないテンション。やめてもらえませんか。


 そして謎の同時接続1000万人。すごいのかすごくないのかいまいちよくわからんが、よくこんなクソゲに1000万人も同時接続したもんだな。


『そこで! 今回運営は、新しく実装したローグダンジョンで記念イベントを行います!』

『おお~!』

『なんと~! 年末! 大賞金やまわけ大会!』


 右のほうにいた、もう本当に名前適当につけたでしょっていうようなジャンボとかいう地雷系アイドルが、なんかよくわからないフリップを画面の外から持ってきて見せてきた。


『明後日! 今年の終わり日本時間23:59までの間に、ローグダンジョンをクリアしたプレイヤーへなんと100名! 先着順で賞金が手に入ります!』

『おお~!』

『総額でなんと! 100万ドル!』


 ドル。

 ドル払いッ! USドルじゃなかったら笑う。


『ロトは賞金入ったら何に使う~?』

『そうだね~』


 茶番が始まった。


『親の介護費用を準備するかな!』


 お前いったい何歳だよ。会話と外見のバランスが脂肪吸引後のダウンタイムくらいぶっ壊れとるわ。


『それじゃみんな頑張ってね! 年末年始はローグダンジョンで人生を浪費するんだよ!』

『お前らにも不幸があらんことを~☆』


 そういって二人の地雷系アイドルが映っていた青白いウインドウは、クソみてえなPR動画とともに閉じて消えた。

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