第3話 真のパーティの始まり

 と言う訳で、夜の部開始前になり、週一の全校朝礼のように全校生徒は整列する。全員が静かになったところで、ヴァンパイア姿のタルタ校長が登壇した。ひょろっとしていて痩せこけているので、割とコスプレも似合っている。


「え~、皆さん、昼の部お疲れ様でした。存分に楽しめたでしょうか? ハロウィンは楽しむ日です。夜の部も大いに盛り上がりましょう」


 校長はそう言うと景気よく右手を上げる。生徒達もそのアクションに呼応して一斉に歓声を上げた。次はリシィ副校長だ。学校を影で操っているとも噂されているメガネおばさんは、よくある魔女のコスプレをして現れた。

 色々と体型的にふっくらしているので、それも魔女っぽい感じで結構似合っている。童話に出てくる魔女って感じだ。


「さあ皆さん、いよいよお待ちかねの夜の部です。悔いを残さないように精一杯楽しんでくださいね!」


 普段は教育熱心で厳しめの副校長が、今日に限っては優しいまなざしで全校生徒に向かってウィンクをする。そのギャップから全校生徒に動揺が走った。まぁそんな感じでいい感じにざわつき始めたところでこの挨拶も終わり、いよいよ夜の部が始まる。

 運動場の中央付近に作られたキャンプファイヤーに火がつけられ、怪しい夜の雰囲気に生徒達のテンションも上がっていった。


 全校集会は西の空が赤く染まった時間に行われ、夜の部は日没と同時に開催された。まだ残照が残るその空を眺めていると、僕に目に懐かしい姿が飛び込んで来る。

 僕は思わず、一緒にいたザッパに声をかけた。


「このパーティーって学校関係者以外のお客さんも入っていいの?」

「何言ってんだ? 門は閉まってるだろ? 一体誰が……」

「ほら、空だよ」

「え?」


 僕が指を指すと、ザッパもその先に視線を向ける。日没を迎えて急激に暗くなっていく空の先からやってきたものは、無数のコウモリ達だった。


「うわっ、何だあれ? 気持ち悪っ!」

「そっか、ザッパにはそう見えるんだ……」

「え? 何言って……」

「あれ、エルトリアの人達だよ。あ、父が呼んだのかも。そっか、そう言う事だったんだ」


 僕はこの無数のコウモリの正体が分かる。だってずっと身近なものだったから。そうして、この事態に冷静なのは僕だけで、他の学園の生徒達は漏れなく上空からやってくるこの客人達に対して警戒するような素振りを見せていた。


「嘘だろ、コウモリの大群だぞ!」

「あんなの今まで見た事ない。なんで今日に限って」

「まさかここに降り立つなんて事はないよね?」

「折角これから盛り上がろうって時に……」


 生徒達がざわつき始めた時、いつの間にか父――理事長が壇上に現れる。そうしてパニックになりかけている全校生徒達を見渡した。


「諸君、安心し給え! これは全て予定されていた事だ!」


 そのたった一言で、生徒達の瞳から光が消え、パニックも収まった。僕の友達もみんな何も喋らなくなる。あの口から先に生まれたんじゃないかと思うくらいのレイスですらもだ。まるで、この場にいる全員が何かの暗示にかかったみたいに。

 いや、暗示なんて生ぬるいものじゃない。確実にかかる呪いのような――。


「まさか」


 嫌な予感を感じた僕は壇上でふんぞり返る理事長のもとに走る。けれど、もう少しと言うところでその姿は消えた。いきなり目の前から消えたので、僕はブレーキをかけてすぐに顔をぐるりと一回転させる。


「いない? なんで?」

「お前、まだ目覚めていないのか……」

「わあっ!」


 僕が顔を正面に向けたところで、目前に大きな黒いシルエットが現れる。僕の養父。そして偉大なるヴァンパイアの始祖の血を受け継ぐもの……。普段は見せないその本当の顔がそこにあった。赤い目、尖った耳、大きな口、そこから見える牙。


「父さん、ここは学園だよ! エルトリアじゃないんだ」

「ああ、そうだとも。知っているさ」

「じゃあどうして? こんなのみんなが見たら……」

「ああ、パーティは今から始まるんだよ。我々のための楽しいハロウィンパーティーがね」


 父はそう言うと、コスプレじゃない本物のヴァンパイアの正装でマントを広げて高笑いをする。空を覆い尽くしたコウモリ達は、地上に降りるとすぐに元の姿に戻っていった。僕もよく知っているその姿。15歳になるまで暮らしていた街のみんな。違いがあるとしたら、今日の彼らは目が血走って飢えたオーラを漂わせていた事くらいだ。

 僕はこの光景を見て戦慄する。今までに見せた事のない種族の本性を隠す気もなく全開にしていたからだ。


「父さん、いつもハロウィンになると街から誰もいなくなってたのって、みんなここに来てたから?」

「ああ、そう言う事だ。みんなこの日を楽しみにしていたんだぞ。なのに何故お前の血は目覚めん? 人と触れ合う事で飢えを覚えなかったのか?」

「僕は……僕は人間だよ!」

「そうか、ならそこで黙って見ているがいい。我々の食事風景を見れば目覚めるかも知れんしな」


 父、いや、理事長は人間の前で見せる仮の姿を捨て、本来のヴォルゲン伯爵としてエルトリアの民達に向かって軽く右手を上げる。


「さあ、年に一度のハロウィンパーティーだ。皆存分に楽しもうではないか!」


 その言葉と同時に、ヴァンパイア達はすぐに近場にいた生徒達の血を吸い始める。こんな姿、エルトリアにいた頃は見た事がなかった。みんな温厚でいい人達に見えていた。でも、これが人間を前にした本来のヴァンパイアの姿なんだ。

 エルトリアの領主でもある父は、多分この日のために仕込んできていたのだろう。僕をこの学園に転入させたのも、その本当の目的は――。



 僕が生まれたのは深い山に囲まれて人が立ち入る事を許さない、そんな場所にある。この天然の要塞のような場所にある小さな街、エルトリア。住人は全員ヴァンパイアだ。僕を除いて。


 僕はヴォルゲン伯爵の眷属の母から産まれた。普通、眷属は子供を産む事は出来ない。ただ、例外的に妊娠中に眷属になれば、子供が産まれる可能性はある。とは言え、普通は眷属化によって胎児は影響を受け、今までにその条件でまともに子供が産まれたと言う記録は一切なかった。

 そう、僕はヴァンパイア史上初の眷属から産まれた子供なのだ。それなのに僕にはヴァンパイアの力は目覚めず、ただの人間のままで育ってしまう。


 母は出産を終えた後にすぐに亡くなり、僕は屋敷の使用人達によって育てられた。執事のキーゼル、メイド長のシシリィ、メイドのリリナ……。街の住人達もみんな街で唯一の子供の僕に優しく接してくれた。

 それはもう、優しさに包まれた平和で幸せな日々だったんだ。


 幼い頃、僕は自分もヴァンパイアだと思っていた。だから多くの住人がそうしているように高い場所から飛び降りてコウモリになろうとしてみたり、たまに街に現れる獣を睨みつけて追い払おうとした。

 そしてその度に瀕死になって、彼らの輸血で命をとりとめていた。吸血鬼の血は万能薬の効果もあるみたいで、気がつくと僕は自分のベッドの上で目を覚まし、メイド長のシシリィから怒られると言うのが日常茶飯事だった。


 僕の身体を調べたキーゼルによれば、確かにヴァンパイアの能力は備わっているらしい。ただ、何らかの理由で目覚める事がないのだと。

 それが発覚した時から、僕はその血を目覚めさせるために様々な事を試される羽目になった。血を模したスープを飲まされたり、ヴァンパイアの歴史を学ばされたり、偉大なる真祖の墓標で瞑想させられたり――。


 ただ、そのどれもが期待されていた成果には結びつかず、ズルズルと時間だけが過ぎて15歳の誕生日を迎えてしまったのだ。

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