第4話 ヴァンパイア達の狂宴

 父が僕をこの学園に転入させたのは、この一連の流れの中にあったのだろう。何をいくら試しても目覚めなかったのは、周りに人間が1人もいなかったから。きっとそう考えたんだ。

 でも僕は初めて人間と触れ合って、人間を知って、とても大切な存在だと思えるようになった。きっとこれは父が望んだ結果じゃないはずだ。


 そして僕も、父や他のヴァンバイア達が今目の前で起こしている凄惨なパーティを受け入れる事は出来ない。見ているだけじゃ、やがてみんな死んでしまう。

 僕はすぐに父、厳しい表情を浮かべるヴォルゲン伯爵に向き合った。


「こんな事今すぐ止めさせてよ。ここには僕の友達もいるんだ」

「人間は我らの食料だぞ。入れ込んでどうする? 転入させたのは失敗だったか」

「ああ、失敗だよ! 止める気がないなら僕が止める!」


 僕はすぐに走り出した。もしかしたらまだ理性が残っているヴァンパイアがいるかも知れない。話が通じれば止めさせる事も出来るはず。まずは彼らを探す事にした。

 長年住んでいたとは言え、全ての住人を知っている訳じゃない。1000人近い住人の中で、顔や名前を把握出来ているのはその中のほんの一握りだ。その中から1人でもいい、味方がいて欲しい。


 阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される中、僕の目が身覚えのあるシルエットを捉えた。しかもそこには知り合いが集まっている。それが分かった瞬間、足は無意識の内のその方向に走り出していた。


「クナルおじさん!」

「ああ、坊っちゃん。今宵はいいハロウィンナイトですなあ」

「良かった。僕の話を聞いてくれ」


 クナルは中年太りでいつもニコニコしている気のいいおじさんだ。街にいた頃はよく世話になっていた。彼はこの状況でもその頃と同じようにニコニコと笑っていて、僕を安心させてくれる。けれど、よく見るとその口元には鮮血が滴り落ちていた。


「え? その口の血……」

「ああ、降りた時に美味しそうなのがいたんですぐに頂きました。いや~、やっぱ人間の若者の血は新鮮でいいですな!」


 クナルが戦利品のようにドヤ顔で見せてくれたのは、血を吸いつくされて無残な姿になった……シーリスだった。お嬢様言葉の普通の少女はもう何も喋らず、命の灯も消えている。そんな干からびた友達の姿を見て、僕は絶叫した。


「うわああああ!」

「何大声出してんだい、みっともない。あんたは昔からそうだねえ」

「アーシャおばさん?」


 聞き慣れた声に振り向くと、そこには同じく街でよく交流していた顔なじみのおばさんがいた。ちょっと説教臭いのがたまに傷だけど、クナルと同じく気のいい世話好きのおばさんだ。

 でも、それはあくまでも街にいた時の姿。人間を前にした時の彼女は、やはりヴァンパイアの本性を遠慮なくさらけ出していた。


「あんたもやりなよ。ヴォルゲン様の能力でみんな素直に吸われてくれる。こんな楽な食事、ご馳走はないさね。ハロウィン最高!」


 彼女はそう言いながら首元に牙を立てる。無抵抗で吸われるままになっていたのは……ハンクだ。さっきまでふざけあって笑い合っていた友達が、みるみるただの物体になっていく。簡単に人の命を奪ったヴァンパイア達は陽気に笑い、この状況を喜んでいた。

 やはり、ここには人の血を吸う事が生きがいのヴァンパイアしかいないようだ。


「そうだよね……。2人共生粋のヴァンパイアだった。よく分かったよ」

「あんた、まだ人間のままなのかい? この状況で目覚めないなんて難儀だねえ……。じゃあ試しに飲んでみるかい? まだ探せば無傷の人間もいるだろ」

「止めてくれよ!」


 僕はその場にいられなくなって思わず走り出す。前をよく見ていなかったので、すぐに誰かとぶつかった。


「いってーな!」

「ごめん。て、アニルの兄貴?」


 僕はその顔を見て思わす立ち止まる。彼とは顔見知りで、街では一番の若者だ。しかもさっき出会った2人と違って元人間。血を吸われた事で眷属になった、ある意味僕の先輩と言える存在だ。街にいた頃はアニルともよく喋っていた。よく気も合って色々と悪さもして、年の離れた兄のように慕っていたんだ。

 彼ならもしかしたらと、僕の心にも希望の火が灯る。


「お前よお、こんな場でもまだそんな顔してるんだな。もっと楽しめよ」

「えっ? だって……」

「あ? 俺はもう吸血鬼だぞ。まさかお前、まだ血を吸ねぇのか?」


 アニルはそう言うと、さっきまで吸血していたらしい人間を投げ捨てる。僕はそれを目で追った。バサリと地面に叩きつけられたのは、図書室の主のメガネ少女、リリ。


「まぁ俺は下っ端だし、こう言うチビガリで我慢したけどな。お前は領主様の息子だ。何でも選び放題だろ?」

「う、うわああああ!」


 目の前で知り合いがどんどん無残な姿になっていく。絶えきれなくなった僕はその場からも逃げ出した。学園で惨劇が起きていると言うのに、大人達は姿を表さない。担任のマイク先生も、学年主任のザンキ先生も、保険医のエリザ先生も、校長も、副校長も――。これは、生徒達のように先生方も心を操られているのだろう。

 学園の門は閉ざされ、各建物の扉にも鍵がかかっている。生徒達は理事長の能力で心を封印されている。つまり、助けないんて来ない。


 僕はまだ無事な生徒を探す。正気を失っていても、見つける事が出来れば助けられるかも知れない。多分父の能力は一晩の効果しかないはず。助け出して夜が明ければまた元に戻れるはずだ。


「まだ、まだどこかに……」

「何を探している?」

「と、父さん?」

「私はずっとお前を見ていた。1人では何も出来ないのが分かっただろう? 逃げられやしないぞ。いい加減に覚悟を決めろ」


 父はそう言うと、失神状態の少女を投げつけてきた。何とか受け止めて、その顔を確認する。


「レイア!」

「お前はそれがお気に入りだったようだからな。キープしておいた。吸うなり眷属にするなり好きにしろ」

「どっちも嫌だ!」


 僕は彼女を抱えてその場から逃げ出す。女子1人を抱きかかえて走っているのに、不思議と重く感じなかった。体の内側から力が湧き出てきていて、普段の何倍もの速さで足が動く。異常事態を体験した事で、僕の身体が変化してきているのだろうか。

 ただ、当然のように実力者の父にあっけなく回り込まれてしまう。


「いらぬのなら返せ。代わりに私が頂こう」

「やめっ……」


 目にも止まらない素早さで、レイアはあっけなく奪い返された。そうして、その透き通った美しい首筋に父の牙が突き立てられる。その瞬間に一瞬だけ目を見開いた彼女はうっとりとした表情を浮かべながら、そのまま美しく絶命した。

 レイアの血を吸い尽くした父は、無造作に亡骸を投げ捨てる。


「やはり眷属には出来なかったか……お前の母親だけだ、我が血の洗礼を受け止められたのは」

「う、うおおおおおお!」


 レイアを助けられなかった事に耐えきれなかった僕は、腹の底から大声を出した。心の中が人間を餌としか見ていないヴァンパイア達への憎しみで満たされていく。湧き上がる怒りを抑えきれずにその感情に身を任せた時、ここで僕の意識は途絶えた。

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