第5話 晴信流の評議とは

 甲斐国は脆い。


 私の父、武田信虎がまとめたように見えるが、

これは見せかけと言っても過言ではない。


 いわば、生卵のような状態である。


 外部からの衝撃が少しでも加われば割れ目から黄身(即ち家臣)が

流れるように離反していくだろう。


 (それだけは絶対に防がなければならない)


 武田家当主の私、武田晴信は勝負手を打つことにした。


 とはいえ、外部からの侵攻を抑止するには限界がある。

ならば・・・



 「ええっ!広間に重臣を全員集めるですと!?」


 いつもは物静かな重臣の板垣信方が驚きのあまり声を張り上げる。

それもそのはず、これまで当主と主だった重臣4、5人で行っていた評議を

全重臣、合わせて15人ほどで行うと私が言い出したのだ。

 それもこれまでの奥にある部屋ではなく、目につきやすい広間で。


 「御屋形様!もし、その中に裏切り者がいたら何とするのですかっ!?」


 板垣信方と同じく主だった重臣の甘利虎泰も猛反対してきた。

信方と虎泰は二人合わせて「両職」と呼ばれる重鎮。

 この二人が反対に回ってしまったのだ。


 だが、私はこれくらい織り込み済み。両者を説得する自信があった。


 「信方、そして虎泰。これは確かに危険性を伴う、それを重々承知している。

だが、私は武田家の者たちを信頼しているのだ」


 私はきっぱりと述べたが、両職は未だに半信半疑な様子。

そこで、もう一押しすることにした。


 「もし、それで裏切り者が出たのなら、私は当主の座から降りる。

それくらいの覚悟で話をしているのだ」


 「・・・!」


 板垣信方、そして甘利虎泰の両職は晴信の決意に圧倒された。


 (御屋形様はそこまで我らを信頼されている。それを反故にはできない)


 信方は虎泰の方を向く。

すると、虎泰は深く頷いた。


 どうやら両職の二人も腹をくくったようだ。


 「わかりました。御屋形様のその覚悟に我々も懸けましょう」


 その言葉に私は頷く。

これは両職に対してでもあり、自分に対してでもあった。


 (よし、この二人を味方にできたのは大きい)


 そして、私は弟の武田信繁や重臣の飯富虎昌とも話をして了承を得た。

つまり、主だった重臣全員から了承を得たのである。


 そして、翌日のこと・・・


 「皆の者、よく集まってきてくれた」


 躑躅ヶ崎館内の広間に重臣一同を集めたのだ。


 前方の一段高い所に私が構え、さらに板垣信方・甘利虎泰が両脇に構える。

それ以外の重臣は真ん中を開ける形でコの字型に座った。


 広間、とはいっても重臣全員が集まると意外と狭いものである。


 「議題についてはこれから言い渡すが、その前に評議の規則を言い渡す」


 私が今日の評議で重点を置いているのは議題ではなく、むしろ進め方なのだ。


 「一つ、発言したい者は挙手をすること。

二つ、私が挙手をした者を公平にさすから、さされた者だけ発言すること。

三つ、ここにいる者は誰でも挙手できること。

四つ、皆の意見をもとに私が決断を下すこと。

五つ、私の決断に異議が申し立てる場合には評議参加者の半数の

同意を得ること。

六つ、申し立てがあった時には評議を継続すること」


 「以上が評議の六か条である」


 私の決めた規則に重臣たちは静かに耳を澄ませながら聞いている。

重臣らの表情からは納得している様子が窺えた。


 さて、一回目の評議で晴信はどのような議題を出し、

どのように決断をするのか―


 そして、忘れてはならないあの男―武田信虎はどこにいて、

晴信のことをどのように思っているのであろうか。

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