第6話 信虎に届いた文

 「信虎様、甲斐から文が届いております」


 と優し気な声で信虎に手紙を渡すのは信虎付きの小姓、鳥丸。


 武田家前当主の武田信虎が今、身を寄せているのは甲斐国の隣国にあたる

駿河国の中心、駿府だ。

 この駿河国は武田家と同盟関係にある今川義元が治めるところである。


 「礼を言う、下がっておれ」


 信虎が許可を出すと小姓の鳥丸は控えの間へと下がっていく。

言っておくが鳥丸は信虎の家来ではなく今川家の家臣である。

つまり、今川義元から信虎の世話をするよう命じられているのだ。


 (甲斐から文が届くのは初めてだな・・・)


 どのような内容なのか、ゆっくり開いて読み始める信虎だが、

今川家にとって見れば飯を食うだけの居候に過ぎないはず。


 それでも留め置くのだから、義元という男は相当律儀なのか。


 ・・・いや、そうではない。義元は武田晴信に対して貸しを作ったのだ。


 つまり、いつかは返済する時が来る。だが、これはまだ少し先の話なので

ここまでとしておく。


 さぁ、話を戻そう。甲斐国から届いた文の内容である。


 “父上、息災であられますでしょうか。

父上のことですから心配していないとは思いますが、

近況報告をと思い文を認めた次第です“


 (晴信め、わしは心配でならぬわ)


 信虎はそんなことを思いながら読み進める。


 “先日、評議の在り方を変更し重臣一同で議論し合うこととしました。

新しく定めた規則をもとに評議を行ったところ、様々な意見が飛び交い

とても意義のある評議となりました“


 ここまで読み進めた信虎は小さな声で呟く。


 「何も心配はいらぬようだな」


 信虎は何よりこの報告を読んで安堵した。

なぜなら、信虎を形式上追放したということは信虎時代との違いを

明確にしなければならないからだ。


 それがしっかりできているかどうか信虎は心配だったのだが、

できているのなら言うことはない。


 (さすがは晴信だ。家臣の言うことを聞かぬわしとの違いを見せ、

それでもって家臣団をまとめる。心配したわしが馬鹿だったな)


 手紙をゆっくりと閉じた信虎は薩垂峠さったとうげの向こうにそびえる

富士山を望みながら心の中で語りかける。


 (晴信よ、平和な世を築いてくれ。頑張るのだぞ)


 さぁ、その思いは晴信に届くのであろうか。



 「皆の者、よいか。議題は一つ、いかにして領国を豊かにするべきかだ」


 お待ちかねの評議内容に移ろう。


 私が議題にあげたのは他国と戦うのに必要な国力をいかにして蓄えるか、

その方法についてである。


 その前にこの評議に参加する15人の重臣を軽く紹介しよう。


 板垣信方・・・物静かな武将

 甘利虎泰・・・大声だけで敵が恐れおののく猛将

 飯富虎昌・・・武田家随一の猛将、「甲山の猛虎」

 上原昌辰・・・文武両道

 駒井高白斎・・・経験豊富な老将

 穴山信友・・・一門衆、商いに精通する

 横田高松・・・忠義ならだれにも負けない

 曽根虎長・・・所領の経営に長ける

 諸角虎定・・・とにかく顔がいかつい猛将

 金丸虎義・・・容姿とは裏腹に内政型

 勝沼信元・・・外交に長ける

 加藤虎景・・・目立たないが努力の男

 小山田信有・・・戦場での活躍が光る

 楠浦昌勝・・・洞察力に長ける

 武田信繁・・・晴信の弟、陰ながら晴信を支える


 

 これらの武将の多くは戦場での働きを主としているが、

それと同時に自らの所領を管理する立場でもある。


 よって、皆がある程度領国運営に精通しているのだ。


 さぁ、評議が始まった。

真っ先に手を挙げたのは商いに精通する穴山信友。


 「申してみよ」


 「ここはやはり関税を軽減させることで商いを発展させるべきかと」


 「なるほど」


 確かに東海地方から関東以北に行く者たちが甲斐国を経由してくれれば、

領内は賑わい収入も増える。


 だが、それに反論したのは顔がいかつく声も渋い諸角虎定。


 「しかし、いくら安く通れるとはいえ甲斐国は悪路が多い。

戦場にいくのも苦労するのですから商人がわざわざ通りましょうか」


 確かにそれもそうだ。少々高くても東海道の方は道が整備されて通りやすい。


 このようにいくつもの案が出ては消え、出ては消えを繰り返したが、

それを転換させたのは老将、駒井高白斎の一言だった―

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