012.違いと違い

 僕たちが野球部全員とスキンヘッド先輩のご友人たちに署名をしてもらってから数日が経過するころには、僕たちがやっていることは校内全体に知れ渡っていた。

 スキンヘッド先輩が言ったのかどうかはわからないが、この活動の目標も同時に知られており協力者も出てきている。

 そのおかげもあってか、署名活動はいたって順調だった。


「うんうん、これで全校生徒の約6割に署名をもらえたわけだね」

「それに加えて西岡があたってくれたOBやOG,地域の方々のも含めれば十分といえるんじゃないかな」

「ざっと下手な武将の手勢よりも数は多いんじゃねえの?」


 3階の”蒼空ラウンジ”は今日も僕たちの集会場所になっていた。6月になってからすでに3回目だけど……大丈夫なのだろうか。


「そろそろこれを顧問に提出してもいいんじゃないの?」


 という峰岸さん。それについては僕も同じ意見だ。あらかた部活も周ったし、6割の署名が得られたならこれで十分なはずだ。


「そうだな。だから、今日の放課後にある委員会のあとにある生徒会の時間にこれを提出しようと思う。それでここにいる全員に出席してもらいたいんだ」


 なるほど。それを伝えたくて僕たちを集めたんだろう。おそらくだけど「協力者」って感じで紹介するんだろう。


「それで、何時からあるの?」

「16時からだ」

「4時からかぁ……駅前スーパーの特売間に合うかなぁ」


 ……一人判断基準が主婦の人いるんですけど。


 〇 〇 〇


 放課後、普段なら委員会は関係ないから帰っているところだけど、今日は違った。自分たちのクラスは保健委員会が使うため峰岸さんたちと一緒にまた蒼空ラウンジで時間をつぶす。少ししたら終礼の時間が遅かった恵介もやってきていつも一緒に帰っている4人が揃った。


「そういえば西岡はどこ行ったんだ?」

「西岡は図書委員会でしょ?」

「あ、なるほど」


 図書委員かぁ……中1の時は図書委員だったなぁ。確か試験期間になると自分のシフトの時は仕事せずに試験勉強してたっけ。正直自習室よりも図書室の方が居心地がよかった。


「……大丈夫だと思うか?」

「さぁね。でも会長のことだから大丈夫なんじゃないかしら?」

「うん! 奏ちゃんならなんとかなーる!」

「しっかりと署名もそろえたしね」


 なんで顧問の先生が反対したのかはわからないけど、これだけ署名があって、校則にもしっかり明記されているのだから受け取らないわけにもいかないだろう。何事もなければいいけど……。でもあの完璧主義の会長が大丈夫というなら大丈夫。そういう気がしている。


「それで、ボクたちって何すればいんだろ?」

「座ってればいいのよ。多分だけど」


 何かしら聞かれることはあるかもしれないけど、それも会長がすべてはじき返しそう……。


 なんて話をしていたらあっという間に時間が過ぎて16時になった。それじゃあ生徒会室に行こうという話になって腰を上げたと同時に生徒会の役員の人が迎えに来てくれた。どうやら会長が呼んできてくれと案内してくれてる人に頼んだらしい。


 その人に連れられて入ったのは会議室。生徒会室のすぐ横にある部屋でたまに職員会議などにも使われている部屋だ。部屋はまだ明るく、壁にはスクリーンが設置されていた。


「……会長、いらっしゃったみたいですよ」

「む、そうか」

 

 僕たちが入室すると、打ち合わせをしていたのであろう会長が僕たちのところまで来てくれた。手にはこれから会議で読むのであろう資料が何枚も握られている。それだけ熱が入っているのだろう。


「すまないな、来てもらって」

「大丈夫だよ~、あとで奏ちゃんの手料理作ってもらえば♪」

「それでいいのかお前は……」

「それでいいなら作りに行くと約束しよう」

 

 高畠さんの要望に苦笑いした会長は「それじゃあ」と言って再び打ち合わせしていた生徒会役員のところに戻っていってしまった。


 それから数分と経たないうちに会議室では生徒会が始まっていた。今回は専門委員会の委員長たちや生徒会顧問の先生に加え教頭先生の姿も見ることができた。いわゆる生徒総会というやつだ。

 最初は各委員会が今日の委員会で話し合って決まったこと、今後の活動についてなどを順番に発表していく。四葉高校は委員会の活動も比較的活発で、様々な案や意見が飛び交っていた。問題の生徒会顧問の先生も積極的に発言していた。

そのサイクルが全部終わった後、とうとう生徒会の活動方針の話になった。


「それでは、最後に生徒会の今後の活動方針についてだが……。以前も話した通り、我々四葉高校が主体となって、上四葉駅の南口のロータリーに花壇を設置しようと思う。これは、我らが四葉高校が中心となってこの四葉町ボランティア活動を通じて……地域にさらに活力を与えよう、っていう活動の一環だ。以前の生徒会で提案したが顧問の鶴橋先生から考え直せと言われたので私なりに考えました」


 そう言って会長が示したのはとある資料。そこにはこの前僕たちで集めた署名の数と、全国で会長の考えと同じ活動をしている高校の数だった。


「このように、全国の高校では地域活性化の一環として全校を通してボランティア活動の参加、地域の祭典への出品、出店などを行っており……」

「前回も言っただろう。通院してる人がほとんどで激しい運動を禁じられている者が多いはずだ、と。残りの生徒も大半は部活動に所属している。人員的にも、現実的にも達成はできないと」


 会長が全国の高校の例を挙げて話している間に生徒会顧問の鶴橋先生が割り込んできた。おそらく前回も同じシチュエーションで言い負けてしまったのだろう。


「ですが、この活動はこの学校の生徒の意思でもあり、要望でもあります。その証拠にこのように全校生徒の実に6割の署名が集まりました。それ以外にもOBやOGの方々からの署名もいただいております」

「署名……そうか。最近校門前でやっていたのはそれか」

「そうです。これには生徒会役員だけでなく、私の大切な友達たちも協力してくれました」


 暗い部屋の中だったが、会長はこっちに顔を向けて僕たちを紹介してくれた。それと同時にその場にいる全員の視線がこっちに向くから僕たちはとっさに揃って頭を下げてた。


「しかし、署名が集まったからと言ってそう簡単にできるわけではないだろう?」

「それについては大丈夫です。すでに先日の部長会にて私の方から話をして、4つほどの運動部から協力を得ています。重い荷物を運ぶなどの激しい運動は我々生徒会と運動部の方々に任せ、種を植えるなどは運動制限などがかかっている者でなくてもできると思います」


 その意見に一部からは「なるほど」とか「それなら全校生徒がしっかりと活動に参加できるからいいんじゃない?」などの声も出てきている。さっきから教頭はうんうんとうなずいてばっかりで何も話してないのは気になる。


「しかしだなぁ……」

「他校ではすでに同じ取り組みが多数あります。現に広島県内の高校では2校ほど。確かにこの街は普通とは違います。命が一番軽くて、そして一番重い場所と言っても過言ではないでしょう。ですが、だからこそ我々が明るく元気に過ごせるためにも、住みやすく、そして明るい空気が流れる街にするということをしたいのです」

「……だが!」

「……ちょっといいかね」


 再び鶴橋先生が反論しようとしたところで、さっきからずっとうなずいてしかなかった教頭先生がさらに割り込む形で発言してきた。流石教頭先生、一言に重みがある。


「相沢さん、話はわかった。よくできている案だと思う。しかし、これをすぐにしたい理由は何だね?」

「はい。それには私がこの半年アドバイザーとして経験してきたことからです。私が担当した子は口を揃えてこの街はどこか寂しいって言ってました。彼らはやはり白い檻のような病室にいたきりです。でも、街の雰囲気が暗いと頑張って退院したいとも思えなくなります」


 ……ちょっと目をそらして話す会長は、過去の自分がそうだったかのように一つ一つ話していく。それを見ていると少し心が痛む。


「ですが、この街がきれいになれば、あの子たちも病室から早く出れるように頑張れると思いますし、何より私たちも毎日明るく、楽しく生活できます」

「なるほど。確かに街の彩というのは大切かもしれないな。それで、鶴橋先生、さっきから何か言いたげだが……これ以上何を反論するというんだね」

「は、反論などではなく……」

「じゃあなんだというんだね」


 少し横にデカい教頭先生の圧というのはすさまじいもので、一瞬場の空気が凍り付いてしまった。図体のデカさは正義のようだ。


「……私は、以前の学校でも生徒会顧問をしていました」


 そこから鶴橋先生が語ったのは以前勤務していた学校で起きたことだった。

鶴橋先生が担当していた生徒会には、また会長に似たり寄ったりの考えを持った生徒会長がいた。あるとき、やはりその会長も地域発展プログラムに目をつけてそれを公約にして実行しようとした。しかし、あともう少しというところでその人は亡くなってしまった。原因は突発的な心筋梗塞だったという。それは決して過労からのものではなく、あとで家族から元々心臓が少し弱かったのだと知らされたそうだ。


「私はその時に思いました。いや、気づいてなかっただけなのかもしれないが、生徒が教師より先に死ぬということはとても辛い! あってはならないことだ! ここに来てからも3人も私よりも先に旅立ってしまった!」


 それは教師をしているからこそ出てしまう魂の叫びだった。自分の教え子が一人、また一人と自分の前からいなくなっていってしまう。その光景はまさに恐怖だろう。僕もそれで最初に恵介たちから聞いた話を思い出して、少し心が締め付けられる思いをしていた。


「街づくりで花壇を設置する、発案は素晴らしいと思う! だが、やっぱり私はそれは君たちがいなくなる前兆なようにしか思えないんだ! もう私は生徒を失いたくない……君たちまでいなくなったら私は本当にどうにかしてしまうかもしれない!」

「……鶴岡先生」


 先生が言っていることは最もだった。この四葉町が”死街地”であるが故のこと。だけどそれは一人の教師ではなんとかなるものでもなく、責任を負うものでもないんだ。


「……大丈夫ですよ」

「え?」

「先生が心配する必要はないですよ。私たちはそう簡単には先生の前からいなくなったリしませんよ。それに、住んでるところが楽しければ、そう簡単に死にたい、なんて思いませんよ?」

「わかった。この件は次の職員会議で提案してみよう……」

「ってことは……」

「会長の案は採用ってことだね」


 僕が何気なくつぶやいた一言で、張り詰めていた空気が換気され、緊張から解けた時の独特な雰囲気が新たに部屋に入り込んできた。

 当然、僕たちも例外ではなくみんな揃って「ふぅ……」という安堵のため息をついていた。


「やったな」

「うん」


 まだ会議は続いているものの、僕と啓介はこっそり拳を合わせてうれしさを分かち合っていた。署名集めは強行軍だったから少し疲れたけど、今はかなりやりがいがあって楽しかったなと思えている。


「えー、では……次に」


 2分もすれば生徒総会もまた通常通りの進行に戻っていった。次のお題に対してまた委員長たちは意見を出し合い議論していく。そこに会長や鶴岡先生も交わりさらに議論は発展していく。


 いつもあまり表に感情を出さなそうな会長だったが、今日だけはとても楽しそうだった。



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