011.勝負の行方
さてさて……勝負を受けてしまったからには勝たないといけない。僕の本業は三塁手。リトルのころにピッチャーはやったことがあるとはいえ、覚えている変化球はカットボール気味のスライダーとチェンジアップだけ。だったら打つ方がいいか。
「で、どっちにするん?」
「打つ方でお願いします」
「お前野球やったことないやろ。未経験者にあいつの球は優しくないで」
「一応、転校前の学校ではソフトボールやってましたので」
ひとまず、僕はその場でストレッチを始める。前の高校のソフトボール部の時のだけど。
「ね、ねぇ……大丈夫なの?」
「あ、うん。多分。球速が少し違うと思うけどカットくらいならできるよ」
突如、勝負とかいう展開になったから、高畠さんは僕の方へ歩いてきて少し訳が分からないというような顔をしながら話しかけてきた。
「でも、あのスキンヘッドさんが声かけてるの、あの人なんだけど……」
といった高畠さんが指さす先には、練習着を着て投球練習する1名の投手が。身長は僕と同じくらいだが、筋肉量がすごい。遠目で見てもガッチガチだ。鍛え上げられた身体から放たれるストレートはさぞ重いのだろう。と、想像していたら……。
彼は振りかぶると、上からではなく、横からボールを投げ、その球は捕手の目の前でストーンと下に落ちる。
「さ、サイドスローなのか!?」
「さ、さいどすろー? それになんか球も変化したような……」
「……多分スプリットだと思う。手元で落ちる変化球だよ」
さらにもう1球見てみる。今度は握りでも分かったがスライダーだった。手元で鋭く曲がるボールは、少し変化して捕手のミットに収まる。どうやらカットボール気味みたいだ。
「うわぁ……また変化したよ」
「ストレートもあるだろうし、しっかり見ていかないといけない感じだろうね」
準備運動を終えた僕は、軽くダッシュをしてから借りたバットで素振りを始める。もちろん危ないので高畠さんには離れてもらってる。
「……左打ちなの?」
「そうだよ。左利きだもの」
箸とかは右で持っているから間違えられやすいけど、僕は左利き。箸は右利きの祖父に教えてもらったので、書道をするときとか箸を持つときとかは何故か右で扱うという癖がある。それに世の中には右利きの生活用品が多いから、何かと利き手じゃない右手を使うことも多いんだ。
「あ、また違うボール投げた」
「え?」
「さっきと違って、ちょっと浮き上がってから斜めに落ちた!」
「……カーブ系?」
今のところわかってる球種は全部で5種類。ストレート・カーブ系、スライダー、そしてスプリット。球速はまあまあだけど、ここまで球種が多いと狙う球をきめておいても少し厳しいかもしれない。
ソフトボールの変化球とは少し違うし、球の大きさも違うからちょっと不安ではあるけど久しぶりの対戦を楽しもう。
……会長のためにも勝たないと。
〇 〇 〇
それから10分程度が立った。このためだけに白線でバッターボックス周りの線がしっかりと直され、レギュラーだという9名の野手が全員守備位置につく。スキンヘッド先輩は三塁手のようで、左のバッターボックスに入る僕と目が合う。
スキンヘッド先輩を含め、主審と捕手の方に「よろしくお願いします」と一言言いながらヘルメットを抑えながら軽く一礼してバッターボックスに立つ。
「勝負は2打席、ヒット以上でえーと……」
「五十嵐です」
「五十嵐の勝ち、2打席抑えれば野球部の勝ち」
「わかりました」
マウンド上でも、投手の彼が帽子のつばを抑えながらこくんと頷いている。高畠さんはバックネット裏に移動したらしく、どこから持ってきたのかはわからないけど応援用のメガホンをどんどんやってお祭り騒ぎだ。
「それでは、プレイボール!」
そう主審の声がグラウンドに響き渡り、僕と野球部の勝負が始まった。初球、振りかぶってから先ほども見せたサイドスローで第1球がアウトコースいっぱいにきまった。曲がらなかったからストレートだ。球速は130キロ中盤といったところ。あのスキンヘッド先輩が自慢げに「背番号1にしようか考えてる」と話すだけの実力はある。
2球目。今度は内角を抉るカットボール気味のスライダー。思ったより曲がらないし、甘いからこれを狙うのもありかもしれない。守備位置は配球でもそこまで動いていない。だけど、今はサードが前に来たから流し打ちしにしたのを詰まらせるという作戦だったらしい。
3球目は高めに外れてボール。少し低い位置から高い位置に上がってる来る感覚はソフトボールに似ている。4球目は同じく外角にボール。
(ストレート投げてくるなら投げてきなよ)
(焦るなって)
帽子でよく見えないけど、そんなことを目で僕に言ってくる。ひとまず、この打席はストレートとスライダーを狙い球にして、それ以外はカットに専念することにする。後ろでは高畠さんが「行けるよー!」と高校野球のベンチのような騒がしさが辺りに響いている。
少し間があってから5球目。今度は真ん中に入ってきた。ストレート……じゃなくて、少し落ちている。スプリットだ。
既にバットは出てしまっている。なので僕はすぐにバットを下に持っていて、落ちてくるスプリットをすくい上げて、センター方面に無理やり持っていく。
「くっ……」
「よし」
しかし、球は思ったより芯から先の方にあたってしまい、フラフラっと打ちあがってしまう。僕が一塁へ走っている間にショートとセカンド、センターがその球を追って、最終的にショートが後ろ向きで捕球してアウトになる。
「お~惜しい」
「う~ん……」
最後のスプリット、ちょっと逃げて落ちた感じがする。つまりまっすぐ落ちてないってことだろう。
次の打席では気を付けないと。
〇 〇 〇
2打席目が始まる頃には、周囲に軽い人だかりができていた。どうやら高畠さんの声と、野球部と誰かが勝負しているっていうことが広まったらしい。高畠さんと仲がいいらしい数名の女子は同じくメガホンを持ってドンドンとやっている。
「頑張れー!」
「あ、うん」
盛り上がっているところ悪いけど、僕はそれどころじゃなくなっていた。この打席打てないと署名してもらえないんだ。だから何が何でも打たないといけない。
……この打席は、初球からしっかりと振っていこうと決めている。本当に打てないような球じゃないし、球筋はしっかり見える。
まずは初球。内角にストレートが来た。見逃してボールになる。2球目はこの勝負初めての球種であるカーブが外角一杯に決まる。少し縦に落ちてきたからドロップ系統のカーブボールだ。
……だったら、次に来そうなのはスプリットか高めにストレート。
3球目。読みが当たって高めにストレートが浮いてくる。若干ボール気味だったが、それを引っ張るものの一塁線に切れていく。打ち損じてしまった。一塁線の頭を超える打球を打ったはずだったのだけど。
4球目、5球目はいずれも外角にスライダーが来たので必死にカットする。ゴロを打たせるような球だったから、この投手は打たせていくタイプの投手なんだろう。
6球目。今度は内角にスプリットが来るけどそれはボールになる。意表を突かれたから手が出なかったけど外れてくれてよかった。7球目は外角にカーブが来て、それを慌ててカット。
次が勝負球なのだろうか。サインが少し長引いている。僕が投手なら緩急を利用してストレートか、打たせるために低めにスプリットかカーブ。
でも、さっきはスプリットを決め球にしてた。つまりそれくらい自信のある球――
そして、勝負の7球目。モーションに入ったと同時に右側のヒットゾーンが狭くなった。つまり内角に来る、投手から放たれたボールはちょっと浮き上がってから……カーブだ!
僕はそれに合わせて足を一塁側に踏み出して、内角のボールをバットに当てる。久しぶりに感じるボールが芯にあたる感触!
フルスイングで打ち返された球は、僕が一塁に到達したころにはライト側のネットに届いていた。
〇 〇 〇
一方その頃、恵介と幸はというと。
「な、なんなんだこいつ! ファイターが一撃で倒されるだと!?」
「マスターもか!? 一体どこのプロゲーマーだ!?」
「そんなこといいから、早くかかってきなさい!」
「はぁ……ダメだこりゃ」
eスポーツ部との勝負で、幸が部員たちをまとめてフルボッコにしていた。
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