013.勉強疲れを……


 1学期の期末考査が終わり採点日が訪れた。中間考査よりも数教科多かったし日程も長かったせいで疲れてしまった。最近いろいろあったし……。


 そして、その期末考査で身体に溜め込んだストレスを発散するべく僕は高畠さんに連れられて広島の市街地にやってきていた。ちなみに恵介と峰岸さんは病院に定期検診を受けに行っていて、会長と西岡君はアドバイザーの活動をしているらしい。なので必然的に僕と高畠さんで遊びに行くことになったのだ。


「どうしてサッチーたちは貴重な平日の休みに定期検診を入れちゃうかなぁ……日頃のストレスをテスト休みに発散させるのは学生の特権なのに」

「ま、まあそこは人それぞれだと思うけど……」

「ちなみに私は来週の平日、しかも午後に定期検診を入れちゃった。間違って、ね?」


 うん、なるほど。要するに授業をサボる口実になるからそこに定期検診を入れた、と。しかも四葉高校は病院関係で早退、遅刻した場合は早退と遅刻の扱いにはならないのを利用しての行動と思われる……。


「それで、広島まで来たけどここからどうするの?」

「う~ん、どうしようねぇ。ボクが行きたいのは宮島水族館だけだから……そこは午後行けばいいからね。どっか見たいとこある?」

「見たいところかぁ」


 現在時刻は11時。珍しく高畠さんが遅刻しなかったから時間がある。それに広島には市電があるから行動範囲もまあまあ広い。こっちに来てから2か月くらい経つけど未だに広島市街には来慣れてないからどこに何があるか知らないんだよね。


「特にないかな」

「そっか。じゃあ早めにお昼ご飯でも食べにいこっか。あ、でも……」

「でも?」

「ぶっちゃけここで食べるよりも上四葉に戻って茜屋で食べたほうが安上がり……」


 ……確かに。


  〇 〇 〇


 一旦電車に乗って上四葉に戻った僕たちは駅前の定食屋、茜屋で昼食を取って宮島を目指すことにした。ちなみに僕はカレイの煮つけ定食、高畠さんは迷わずオムライスを注文していた。なんでもここのオムライスは週に1回は食べたくなる中毒性があるやらなんやら。そんなことを駅に着くまで延々と話された。


 腹ごしらえが済んだ僕たちはまたすぐに駅に戻って宮島口駅へ。そこからは宮地まフェリーに乗って厳島神社で有名な宮島に渡る。東京で水上バスとかに乗ると高かったからフェリーもさぞ高いのだろうと思ったけど全然そんなことはなかった。(ちなみに宮島フェリーはなぜか青春18切符で乗れますby作者)


「宮島かぁ……厳島神社以外何があるか知らないなぁ」

「ふふふ……五十嵐くん、宮島は厳島神社だけじゃないのだよ。まずここの名物は何といっても牡蠣! 良心的な値段で大きくて新鮮なの食べれるよ」


 へぇ……いわれてみればここら辺は牡蠣が有名な気がする。まあ僕は貝が苦手だから食べれないんだけどね。


「次に宮島にはかわいい鹿がいっぱいいるよ!」

「……鹿がいっぱいって奈良だけじゃなかったんだ」

「いや結構有名なはずなんだけど」


 東京都民の多くは鹿と言えば奈良っていう印象なんだよね。修学旅行で奈良公園行くところが多いからかもだけど。実際に僕も修学旅行先の奈良公園で制服の裾を鹿に齧られて旅行中獣臭くなったのを覚えてる。


「そんなことあったんだ」

「あれは中学校の制服のセーターが鹿せんべいと同じ色だったのが悪い」


 まあとりあえず私怨はそのくらいにしておいて、船の窓に目をやって瀬戸内海を眺める。東京に住んでいると滅多に見ることができない海が目の前に広がっているとやっぱ遠くまで来たんだなってなる。


 そんなこんなで宮島についた僕たちは真っすぐに目的地である水族館にやってきた。僕も久しぶりに水族館にやってきたので、何が見れるのか楽しみだ。


「そういえば高畠さんはよくここに来るの?」

「うん、ちょくちょく来るよ。この前は奏ちゃんとサッチーと一緒に来たし」

「へぇ」


 水族館の入り口から中に入ると、最初に大きな水槽が見えてきた。魚の種類とかはわからないけど、小さい魚たちが群れを成し水の中を泳いでいる。上からライトで照らされていて水槽全体がとても見やすい。水族館の通路が黒を基調とした配色なのはこのためなのかもしれない。


 奥に行くとエイとかのでかい魚が泳いでいるゾーンへ。自然界にもありそうな岩場や海藻などもおかれてるからより本当の海の中で魚を鑑賞している気分だ。


「いつ見ても水族館の水槽ってきれいだよねぇ」


 と高畠さんは独り言をつぶやきながら通路に展示されている小さい水槽とか魚の説明が書かれたボードに目を通している。僕はあまり暗い所で文字を見るのが苦手だからボードとかは水に水槽のレイアウトとかの雰囲気で何がテーマなのかをつかむようにしている。


 そんな感じで二人で見ながら進んでいくと、今度は直接海の生物と触れ合えるゾーンにやってきた。磯を模したところでは、ヒトデとか磯の生き物を間近で観察することができるスポットで、その奥のふれあい広場ではペンギンと触れ合える場所らしい。


「ボク、ペンギン好きなんだよね~」

「じゃあふれあい広場行こうよ」

「そうしよそうしよ~」


 僕もペンギンと触れ合えるということで興味があったのでふれあい広場に急ぐと、そこでは数羽のペンギンが待ち構えてくれていた。看板を見るに、1~3歳くらいのペンギンがいるらしい。


「おお~……フンボルトペンギンだぁ~!」

「……よくわかるね」


 正直言って僕は種類とかはよくわからない。犬のトイプードルとチワワくらい外見に差があれば区別できるんだけど、ペンギンはほとんど同じような気がするんだよね。


ペタペタと歩くペンギンを見た後は、海洋生物が悠々と泳ぐ水槽を見て回り、イルカショーを見てからみんなにお土産を買って帰ることにした。

なかなかポップな感じに描かれたペンギンのキャラが挨拶するぬいぐるみを高畠さんは気に入って2つも買っていた。あとで峰岸さんにもあげるらしい。


 そして、最後に僕たちは宮島と言ったらここという場所、厳島神社にやってきていた。時刻はすでに夕方。太陽も少し傾きかけていて、もうちょっとで一日が終わるということを僕たちに知らせている。


「う~ん、楽しかったー」

「そ、そうだね……」

「これでまた明日からの憂鬱なテスト返しも頑張れそうだよ」

「高畠さんがそうならよかったよ……」


 ダメだ、海見てるとペンギン連想してそこからあのペンギンがまた浮かんでくる……。どうしたものか。


「はい、そこ!」

「え?」


 あのペンギンを引きずっていると、横合いからびしっと高畠さんの指が向けられていた。なんかありました?


「キミはどこか遠慮気味だよね。サッチーとか奏ちゃんのことも、私のことも名字呼びだし!」

「遠慮とはまた違うかな……僕はほら、まだみんなとすごした時間は少ないし、ちょっとまだ馴染めてないし」

「そんなことないと思うけどな~……」


 実際、まだ馴染めていないところはある。自分と違う境遇、自分とは違う人生の歩み方をしている人との壁というのは思ったよりも厚かった。それに、僕が来る前までの5人組が元々仲が良すぎたが故に下手に入りづらい。


「そういうことかぁ……じゃあさ、私だけでも名前で呼んでくれない?」

「え……?」

「なんていうのかな……やっぱボクも”高畠さん”って名字で呼ばれるより

“遥”って名前で呼んでもらった方がうれしいからさ」


 そう言い終わった高畠さんは再び海に視線を戻して黙り込んでしまった。ちょっと恥ずかしかったのだろうか、話さなくなってしまった。

 僕からもあんましゃべることはなく、10分くらい気まずい空気が流れていた。その間に太陽の位置はさらに落ちてきていた。水面に夕焼けが移り始めて、そろそろ帰らなければいけない時間になってしまった。


「ねぇ」

「……なに?」

「私、来週に定期検診って言ったじゃん?」

「うん」

「実はね……来週あるのは定期検診じゃなくて、”検査入院”なんだよ」


 その一言で僕は一気に現実に戻された。定期検診なら恵介たちもたまに行ってるそからわかるけど、入院するっていうことになっているとは思わなかったからだ。そんなに、症状が悪くなってきているのだろうか……。


「そんな大事じゃないよ、またいつもみたいに精密検査するために1日だけ入院するだけ……四捨五入でただお泊りするだけみたいなものだよ」

「そ、そうなんだ……」

「あはは、正直それだけでそんなに心配してくれるとは思わなかったよ」

「いや、だって……僕があんまりわかってないのもあるんだろうけど」

「そうだね。やっぱ慣れって恐ろしいのかな。ボクたちみたいに普段から検診とかを受けてる人からすると、検査入院くらいならもう”あ、そうなんだ頑張ってきてね”くらいで済ませちゃうんだもの」


 高畠さん曰く、四葉高校内だと検査入院くらいなら「ああなんだ、いつものことか」で済んでしまうレベルらしい。それを聞くと、確かに慣れというのは感覚を麻痺させて、ときにとんでもない価値観を生み出してしまうのだろう。


「安心して、入院した次の日の午後には帰ってくるから。なんならサプライズでも用意してくれてていいんだよ?」

「……わかったよ、いないときに返された答案もってくから」

「え、それは……やめておいてくれると……」

「ははは、冗談だよ」


 僕がやらなくても恵介がやろうとしていると思うし。僕がやるべきなのはもっとみんなに馴染むことだと思う。馴染んで、もっとみんなのことを理解して、楽しく生活できるようにしなきゃ。


「それと高畠さんのこと、遥って呼べるように練習しないと」

「なんなら本人で練習してみる? 今なら返事機能も付いてくるお得セット」

「さ、さて本当に帰ろっか! 今何時だっけ」

「逃げたなぁ……もう。今の時間は……18時22分?」

「えーと、最終のフェリーが18時30分」


 そうか、あと8分で最終のフェリーが出ちゃうんだ。あと8分で……。


「「はあああああっ!?」」

「待って、あと8分はやばいって!」

「厳島神社の奥の方だから急がないと本州までは泳いで渡らないといけなくなるよ!」

「急ごう、本当に急ごう!」

「あはは、なんで最後はこうなるんだろうねぇ」


 僕たちは急いできた道を折り返して大急ぎで桟橋へ急ぐ。高畠さん……遥はそんなに走れないから乗り遅れも一瞬覚悟したが、なんとか出航1分前に宮島口行きの最終のフェリーに飛び乗ることができたのだった。




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